第75話 諜報活動
ちょうど、村の真ん中にあろうかという一軒の家屋を、ぐるりと数多の人間が取り囲んでいる。
彼らは、紛れもなく人だ。
日がな一日、何をするでもなくその場に立ち竦むだけの、さながら彫像のような生活を送っていたとしても。
ただの人間であることに変わりはない。
「何やってんだろうね、あれ。絵面が割とホラーだけど」
「上から見ただけで分かるか」
「だよねぇ〜」
私達の現在の居場所は、村の真上、遥か上空。
大凡の町並みは分かろうかという位置に、障壁を足場代わりにして居座っている。
いくら事前に対策を練っているからといって、現場の状況が一切掴めていないままに突撃するほど馬鹿ではないからして。
諜報活動の真っ最中というわけである。
「さっきから思っていたんだが、これ、俺達の姿が下から丸見えじゃないのか?」
「その辺は抜かりなく。ちゃんと姿が見えないよう工作済だよ。なんなら、下に降りて確認してみる?」
「丁重にお断りしておく」
「だよねぇ〜」
何だか、そのうち口癖になってしまいそうな勢いで、同じ返しを二度もする。
あれだけ怪しげな集まりを見た後で、下に降りるという選択肢は普通無いはずだから、そうとしか返せないのが正直なところだ。
そりゃあ、そうですよね───と。
そんな気持ちでいっぱいの私である。
「んー、しかし。今思ったけれど、魔族が何体いるかとかちゃんと聞いてなかったよね」
「確かにな。何か問題でもあるのか?」
「いやね。漂う空気から察するに、二体は確実にいるなと思って」
「……そんなことまで分かるのか?」
若干、引いたような目付きで確認される。
どうにも、羨望の眼差しで見つめられるより、畏怖の対象として見られることが多い。
本当は、誰でも気付けるくらいのレベルで分かりやすいんだけどな、魔物の放つ気配って。
「前に、魔力量が分かるって話をしたと思うけど。あれと原理は同じだし、アルでもざっくりとした雰囲気だけなら掴めると思うよ?」
「シオンに言われると信用ならないんだが……」
「失礼な。いやまあ、気持ちは分からないでもないけど。魔物の気配を掴むのなら、本当に難しいことじゃないから。魔力の質が明らかに違うからさ」
「魔力の質……?そんなのがあるのか」
「普通は無いよ。強弱はあっても、人や物によって質が変わることは無いから」
魔力の源は、空気中に含まれる魔素である。
そして、名称が違うだけの話で、魔力と魔素は実際には同一のものだ。
要するに、魔素を取り込んだからといって、本来人や物によって質が変わるような代物ではないということだ。
その点、魔物の放つ魔力の気配はあからさまに異常であるので、他人の魔力を推し量るより遥かに分かりやすい。
魔族の場合、Aランクの魔物より更に気配が濃厚であるので、尚のこと違いを感じ取りやすいだろう。
「この辺り、凄い空気悪いと思わない?」
「ああ、それはあるな。冷たいというか、重たいというか、嫌にまとわりつく感じの」
「うん。それが、魔物の魔力の気配だよ」
「え?……まじか?」
「まじまじ。魔物と戦う時って、だいたい空気が淀んでて重苦しい感じするでしょ?」
そう言うと、思い当たる節が大いにあるようで、納得するように頷いた。
以前にも推測を立てたが、彼のように空気そのものの違いは理解していても、それが魔力によるものとは誰もが思っていないのだろう。
「それでまあ、本題はその先なんだけど。よくよく感じ取ってみると、気配の濃淡の違いとか、空気の流れみたいなものが不規則な感じがするんだよね」
「普通は、そこまで違いが出ないものなのか?」
「まあ、ブレが全く無いとは言わないけどね」
寧ろ、全てが均一の状態であるならば、複数の気配が重なっていたところで気付きはしなかっただろう。
「ここからじゃ、具体的なことは分からないけれど、少なくとも一体だけじゃないことは確かだと思う」
「それは───大丈夫なのか?」
不安なのか。
それとも、心配してくれているのか。
たったの一体相手にするだけでも大変なのだから、そう声をかけたくなるのも当然の話だが。
「大丈夫とは言いきれないけど、やるしかないよね。どっちにしろ、今回の作戦が通用しないようなら、その時点でお手上げだし」
逆に言えば、それさえ攻略できてしまえば、大抵のことは自分達だけでも対処できる気がする。
「とりあえず、アルはこのまま見張りしててくれない?私、あの建物の中を覗いてみたいんだよね」
「正気か、シオン?もしかしたら、あの中に魔族がいるかもしれないんだぞ?」
「いやあ、その可能性は低いんじゃないかなー。それだったら普通、内向きじゃなくて外向きに立つと思うんだよね」
周りを囲う人達は、皆一様に建物を見つめるようにして立っている。
侵入者を防ぐための見張りなら、家を眺め続けたところで何の意味も無い。
となれば、中にある物を守るための防壁ではなく、外に出さないための檻と考えるのが妥当だろう。
───果たして、ここまでするほどの何かとは一体何なのか。
もしかすると、それは。
(私の予想通りだといいんだけどね)




