第73話 怒りの矛先
ひどい人だと思った。
腹立たしさも感じていた。
いとも簡単に、自分の命を手放そうとするその姿は、残酷でしかなかった。
暫くの間、俺達は言葉を失っていた気がする。
「今……何て?」
上手く回らない口を必死に動かして、やっとの思いで発した言葉は、すっかり張り付いた喉から絞り出したせいで音が掠れていた。
喉が渇く。
胸の鼓動が耳に張り付く。
俺は今、腸が煮えくり返っている。
「んー、理屈は分かるんだけどさ。そこまでしなきゃ駄目なの?」
「私もそう思うわ。そこまで言い切られてしまうと、何というか……寂しくなるわね」
その言葉に、残った二人も頷く。
怒るまではいかずとも、納得のいく顔をしている者は一人もいない。
「確かに、ただの人質代わりになるだけなら、わざわざ殺す必要はないと思います。でも、今の私と同じように魔法が使えるのなら、自分で言うのも何ですけど、放っとけば放っとくほど被害が拡大する可能性が高いです。それは、私の望むところじゃありません」
「それは……まあ、そうかもしれませんが」
「あくまでただの保険ですから、そうならないように対策は万全にしておきますし、そもそもそこまで深く考える必要もないのかもしれませんけどね。魔物相手に生半可な気持ちで挑むと、痛い目に遭うんだってことを身をもって経験してきたもんですから。だから、いざって時のために、皆さんにお願いしたいんです」
冒険者である以上、彼女の言わんとするところはよく分かる。
どれだけ用意周到に準備したところで、予想だにしないことが起こるのはままある事だし、一つのミスがそのまま死に直結することもある。
魔族の使う技に関しては、まだまだ未知数な部分が多い。
推測しようにも、身体の中は覗くことができないし、操られた側は意識がないので情報を握ることもできない。
最悪の場合、そもそも話を聞くべき人間が既に死んでしまっている。
加えて、反撃されることを避けるためか、魔族は敢えて抵抗する技術のない人間や、人の多すぎない集落を選ぶ。
そのため、比較的大きな街ではなく、今回のように周辺の村々から潰して回ることが多いので、結果として操られる人間も際立った特徴のない人達ばかりだ。
初めから普遍的であるならば、操られたからといって劇的な変化を遂げるわけでもないのだった。
それもまた一つの特徴ではあるものの、彼女のような人間には当てはめられない事例である。
つまるところ。
それだけ情報が少ない敵だからこそ、そのような言葉を口にしてしまう気持ちは理解できる。
でも、問題はそこではなくて。
「罪のない人を殺すよりかは、まだ自分一人の命で済んだ方がましですから」
───なんて。
まるで、そこら辺にいる誰かより、自分の命の方が遥かに軽いかのような。
沢山の命を天秤にかけたのなら、捨てるべきは当然自分の方とでも言うような。
当たり前のように、己を低く見積もってしまえることが、何よりも気に食わなかった。
理解はできても。
受け入れることはできなかった。
「───ふざけるな」
腹の底に沈んでいた本音が、口をついて出る。
思ったより声が出ていたのか、周りの視線が自分へと集まって、少しばかり居心地が悪くなった。
「ちょっと、こっち来い」
「え……?ちょっと、アル!?」
思わず、彼女の手首を強引に掴む。
そのまま、半ば引き摺りだすかのようにして、俺達は店の外へと飛び出した。
「びっくりした……どうしたの、急に」
握っていた手を話すと、心做しか跡が残っているように見えた。
ここを出るのにも、乱暴に扱いすぎてしまったと反省する。
「ごめん、痛かっただろ」
「ううん、大丈夫。こっちこそごめんね」
そう言って彼女は、申し訳なさそうな表情をする。
彼女の言う“ごめん”が、何を指すのかは聞くまでもなかった。
でも、それは間違っている。
「何で俺が怒ってるのか、分かるか?」
「え?」
「一つ勘違いしてるみたいだけどな。俺が怒ってるのは、やりたくもないことを頼まれたからじゃなくて、お前が簡単に死ぬのを受け入れてることが気に入らないからだよ。それに、自分一人でどうにかするのが当たり前だと思ってるところも気に入らない」
人の心には土足で踏み込んでくる癖に、自分はたった一人で生きようとする様とか。
俺には平然と救いの手を差し伸べた癖に、他人には手を差し伸べることすら許さない残忍さも。
何もかもが気に食わない。
結局のところ、本人にそのつもりが無かったとしても、俺は仲間として見てもらえていなかったことになるのだから。
「決めた。俺もお前に着いていく」
「え、でも」
「文句は言わせない。自分で自分を大事にできないって言うんなら、俺がお前の分まで大事にしてやる。絶対に死なせてなんかやらないからな」
正直、一緒に行ったところで何が出来るかも分からないけれど。
こうでもしないと、彼女はきっと、いつまでも一人のままだと思ったから。
「結構恥ずかしいこと言うね、アル……」
「え?……あ」
全身が熱くなるのを感じる。
自分が吐いた台詞を思い返した途端、その言葉の意味を理解してしまった。
何がとは言わないが、男が気安く言っていい言葉じゃなかったのは確実だ。
何がとは言わないが。
「顔真っ赤」
「うるさい」
「あはは。でも、うん。ありがとう」
皆にも謝ってこないとね、と。
そう言って彼女は笑った。
ここ最近、更新ペースが少し遅くなっていて申し訳ありませんが、いつもありがとうこざいます。
今日は、初めての別視点でのお話です。
次回からはまた元に戻ります。




