第72 それぞれの役割
正直、己の体裁を考えずに行動するなら、わざわざ周りに合わせずとも勝手に討伐に向かうことはできた。
でもそれは、結果がどうであれ迷惑をかける行為であることに変わりはない。
協調性は大事だ。
少なくとも、社会に紛れて暮らしていくには。
「おかえりなさい。ご苦労様でした」
「いえ、大したことではありませんから。それより、大事なお話があるのですが」
「おや、何でしょうか?」
アルヴァンさんから聞いた話を、エルヴァさんに余すところなく伝える。
話が進むにつれ、彼女の表情は険しくなっていくばかりだ。
「王家側としては、今すぐにでも兵を差し向けたい気持ちでいっぱいでしょう。正直、いつまで待ってくれるかも分かりません」
「困りましたね……いつ偵察から帰ってくるかも分かりませんのに。万が一、ということもありますし」
それは、その通りであった。
魔族の目撃情報が上がってから、今日を含めておよそ8日と経っているわけであるが。
村までの行き来にかかる時間を差し引いても、村の偵察に2日から3日ほどかかっている計算となり、本来ならそろそろ戻ってきてもおかしくない日数ではあるのだ。
基本的に、持ち運べる荷物には限りがある。
特に、食事などの面から考えても、これ以上日程を長引かせるのは得策ではない。
今日明日にでも帰ってこなければ、敵方の手に落ちた可能性も考えられるだろう。
そうなってしまえば、村の様子を知ることもできなくなってしまう。
事態は一刻を争う。
「───エルヴァさん。一つ、相談したいことがあります」
「もしや、単独行動がお望みかしら?」
全てを見透かしたような物言いに、思わず虚を突かれる。
「……察しが良すぎやしませんか?」
「ふふ、褒め言葉と受け取っておきましょう」
くすくすと、いたずらな微笑みを浮かべるその様は、まるで無邪気な子供のようだ。
まさに、大人の余裕とでも言えようか。
このような状況で、心の内はさておいても、ここまで平静を保っていられる人間はそうはいないだろう。
「恐れ入ります」
「状況が状況ですもの。ある程度の察しはつきますよ。それに、貴方はもともと別の手立てがあってここへ来たんですものね」
確かに、私の本来の役目は別にあった。
他の人の気持ちを汲むことで、その役目は一旦破棄されることとなってしまったが、今こそは多少のリスクを負ってでも責務を果たすべき時だと考えている。
どうやら、エルヴァさんはそれを引き止めるつもりはあまり無いようだ。
「……おや、その顔。貴方も中々に賢しい人のようね?それなら特に言うことはありませんが、フレイルさん達とだけはよく話し合っておきなさい。その上で、相応の覚悟を持って立ち向かうというのであれば、私は引き止めたりは致しません。他の者には私から上手く説明しておきましょう」
「承知致しました。ご配慮いただき感謝します」
深く頭を下げて、その場を後にする。
案外あっさりと話が済んでしまったので、肩透かしを食らった気分ではあるが、断られずに済んだのは大きな成果だ。
実の所、本当は話し合いの結果に関わらず村に向かうつもりではいたのだが、認められているのとそうでないのとでは心の晴れようが違うというものだ。
できることなら、後ろめたくなるような事柄は増やしたくない。
全く気にせずに生きられるほど、図太い神経をしている訳でもないからして。
「すみません、ちょっと話があるので集まってもらってもいいですか?」
それぞれ、自分に与えられた仕事をこなしていた皆を呼び集め、邪魔にならないよう建物の外へと出る。
事前に許可を貰って、普段は食事処として営業している店の中へと案内した。
「急に集めたりして、どうしたんだ?話があるって言ってたが」
「実は、今回の事件で面倒な問題が起きてしまいまして。エルヴァさんには話してあるので、またおいおい説明があると思いますけど、急ぎで相談したいことがあるんです」
「なるほど、事情は分かりました。ひとまず、一からご説明願えますか?」
その言葉を皮切りに、先程と同じ内容を伝えていく。
彼らもまた、話を聞くにつれどんどんと渋い顔付きに変わり、その重みを噛み締めるかのように口を開かなかった。
暫くの間、沈黙が流れる。
「……どうにも、悪い方にばかり転がってくな」
「全くですよ。正直、頭が痛くてしょうがないですけど、こうなった以上はやれることをやるしかないでしょう?だから、その相談がしたかったんですよ」
「シオンは、先に村に向かうつもりでいるのかしら?」
「はい。成功するかは分かりませんけど、もともと使うつもりだった魔法を試してみようかと。エルヴァさんから許可はいただいてますし、私としては一人で向かうつもりでいます」
「俺達が着いてくのは駄目なの?」
「実力としては、とても頼もしいんですけど。相手にしたことがない以上、何が起こるのか分からないので、標的を自分一人に絞った方が対処がしやすいというのが本音です。万が一のことが起きた場合に、あまり人員を割きすぎるのも不利ですしね」
「それは、確かにな」
フレイルさんが唸った。
理屈としては理解できても、素直に頷くのは気が進まないといったところか。
その気持ちは分からないでもない。
危険な場所と知っていて、自分一人だけを送り出すことは、仲間を見捨てる行為であるとも取れることなのだから。
「頼りにしてないわけじゃないので、皆さんには他のことを頼みたいんです」
───まあ、実のところ。まだ見捨てるだけの方がましなくらい、嫌な役目を押し付けるつもりでいるのだけれど。
「もし、万が一。私が他の誰かに被害を及ぼしてしまうようなことになったら。その時は、迷わず切り捨ててほしいんです」
ただの人間として操られるだけならまだいい。
でももし。
人ですらなくなったら。
破滅の魔女として、利用されてしまったなら。
「少しでも危険だと判断したら、真っ先に殺してください」
罪のない誰かが傷付くくらいなら。
既に死んだはずの身を捨てるくらい、どうってことない。
誰かの欲を満たすために、他の誰かを殺すくらいなら、私はもう一度死ぬことを選ぼう。




