第70話 輸送係
脳がフル回転されている。
ぐるぐると思考が駆け巡る。
複雑な計算を当たり前のように処理して、私は私にしかできない作業を当然の如くこなす。
私の身体は遥か彼方、王都グランベールまで足を運んでいた。
「疲れた……」
住民の避難を頼まれてからおよそ半日。
ロランの街に着いて次の日に、私は仕事をこなすべくギルドへと訪れた。
街の人々には、現地の職員たちが声をかけて集まってもらい、私は私で目的地までの座標計算を済ませて、全員の準備が終わるのを待っていたのだが。
その時点で、避難しそびれていた市民達は、ちょっとしたパニック状態に陥っていた。
理由は簡単。
いざ逃げられると思って来てみれば、護衛が私一人しかいない状態で失望したから。
私自身、正確なことを言えば、護衛するためにお供するわけではないのだけれど。
勿論、そんなことが伝わるわけもなく、限界状態にあった人々は怒りと恐怖で暴動を起こし始めてしまった。
暴れる人間と、抑え込む人間。
紆余曲折あって、お互いに疲労困憊しながらも何とかその場を収め、疲れきった身体と精神を奮い立たせて避難する羽目になった。
もしこれで、魔法を使わずに移動することになっていたなら、早々に心が折れていたことだろうとしみじみ思う。
───集まった人々の中には、身内に病気で動けない者がいて、見捨てることもできないからと避難することを諦めている人もいた。
それでも不思議なことに、どのような言葉をかけたかは分からないけれど、職員の呼びかけに応じなかった者は一人もいなかった。
誰だって死ぬのは怖い。
しょうがないと思っていたって。
死んでも構わない、死にたいとすら思っていても。
死に対して、何も感じずにいられる人間など、そうそういるものじゃないのだ。
だからこそ、諦めきれない気持ちも心の奥底にはあって、僅かな希望を求めてやってきたのだとすれば、ほんの一瞬でも気持ちを踏みにじってしまったことには申し訳なさを感じるが。
(どうせ、言ったところで理解できなかっただろうしな)
そもそも、具体的な方法は職員にも伝えていないのだけれど、事細かに説明したところで理解できるような精神状態にはなかっただろう。
なにせ、この世界の人達からすればテレポートなど、冷静に聞いても意味が分からない代物なのだから。
───何はともあれ、無事に避難できたのだから良しとする。
ここに来るまでにも細かいトラブルはあったけれど、それはそれ。
「お茶が体に染みるわ……」
間食メニューとしてすっかり定番になった、果物とお茶の組み合わせを口に運びつつ、辺りを見回す。
重く冷たい空気が漂っていたロランの街と違って、ここは活気が満ち溢れたままだ。
距離の問題から、文書がまだ届いていなかった王都では、魔族の存在など誰も知らずに日々を過ごしている。
本来の目的地はサイラースだったのだが、先に避難していた市民達を受け入れるので精一杯だったようで、私達は他の街を目指さざるをえなくなってしまった。
その結果として、既に一度訪れたことのある王都ならば手間もかからないと、ギルド本部までやってきたというわけである。
そのついでながら、必要事項として事情説明をするはめになるというオマケ付きで、私の仕事はようやく一段落がついた。
そりゃあ疲れますわよ。
お茶も美味しく感じますわよ。
「ここにいたか、シオン」
───ふと、誰かが私の肩に手を置いた。
その声には聞き覚えがある。
「こんにちは、アルヴァンさん。その節は、どうもありがとうございました」
「うむ、礼には及ばぬ。早くも活躍しているようだな」
「はい、お陰様で。ところで、私に何か御用ですか?」
本部長自ら探し回るなど、余程のことだと思うのだが。
「ああ。援軍の件で一つ、頼み事があってな」
「送迎係ですか」
「送迎係だ」
心做しか、アルヴァンさんは満足げに言葉を返す。
その表情の意味合いは、何となく理解できた。
我ながら、察しの良さと飲み込みの早さは、それなりに誇れるものがあるらしい。
つまるところ、ここから向かうのではあまりに時間がかかりすぎるから、私の魔法で送って欲しいということだろう。
このまま運送業者として働けてしまいそうな程の使いっ走りぶりだが、事件の早期解決のためには避けて通れぬ道でもある。
「一度、ロランに戻ってもよろしいですか?」
「構わぬ。こちらも準備があるのでな。ひとまず、二日後にもう一度顔を出してもらえるか?それまでに人手を集めておくとしよう」
「承知しました」
───しかして、この時の私は、王都に訪れたことがさらに事態を深刻化させる理由になるなどと、露ほどにも考えていなかった。
果たして、誰が想像などつくものだろうか。
良かれと思って持ちかけた相談が。
あわよくば、王家の持つ力のほんの一握りでも借りられればと、本部長が駄目元で取っただけの行動が。
国のトップに立つお偉方に、最悪の可能性が存在することに気付かせてしまうなどと。
知る由もない。
今、この時の私には。




