第68話 まるで檻のような
確認を取るべくギルドへと向かった兵士が、再び関門へと戻ってくるまでにさしたる時間はかからなかった。
「正式に許可が取れた。中に入っていいぞ」
「ありがとうございます」
門が開け放たれ、兵士が脇に控える。
私達は、道の真ん中を歩くようにして、ロランの街へ足を踏み入れた。
しかしそこに、大きな街特有の賑やかさはまるで感じられない。
冷たい空気が肌を突き刺し、得も言われぬ重苦しさが胸を締め付けていく。
まるで、首を絞められているかのような息苦しさ。
(今にも死にそうな顔)
ふらりと、どこからか水を汲んで帰ってきた女は、青ざめたような、やつれたような顔付きでひたひたと石畳の道を歩く。
さながら亡霊か。
生気がまるで感じられない。
魔族がこの国に現れたことは、何も今回が初めてではないと私は聞いていた。
特に、ここら近辺はとある理由で標的にされやすいらしく、漠然と街の人達は多少の耐性はあるものと勝手に考えていた。
しかしどうだろう。
もはや、誰もが外を出歩こうとすらせず、閑散とした街並み。
一縷の望みも持たぬ顔付きで、壊れたロボットのように日々の営みを続けようとする様。
いつ死ぬかも分からぬ不安に怯えながら、この街の人々は、死んだように生きている。
魔族という存在は、人類にとって絶望の象徴と何ら変わりないらしい。
「一応、避難勧告は出てるみたいですね。明らかに対応しきれてないみたいですけど」
「被害にあった村の位置が問題だな。どのルートを通るにしても、村から近い道を辿ることになる。逃げる奴は是が非でも逃げるだろうが、勇気の湧かない人間ってのは必ずいるだろう。護衛を付けるにも限界があるし」
「なるほど……道理で」
想像より酷く街が疲弊しているのは、状況の組み合わせの悪さが原因であった。
もはや生殺し。
確かな希望は無く、逃げることも叶わず、不安と恐怖にじわじわと蝕まれていく日々。
暴動が起きていないだけましだと考えるべきだが、それも果たしていつまで持つことやら。
「早く何とかしないとまずそうですね」
半分、独り言のように呟いただけの言葉であったが、それぞれの胸には響いたようだ。
空気がより一層引き締まる。
静かな街中を抜けて、見慣れた看板を掲げた建物の中へと入ると、それまでの雰囲気がまるで嘘のように、圧倒的な熱量が私達の元へと押し寄せてきた。
職員か冒険者かなど一切関係なく、あらゆる人材と資料とが入り乱れている。
加えて、あちこちに飛び交う声と声。
どうやら、現在このギルドは、作戦を練るための会議室と化しているらしい。
所々耳に入る言葉達は、やれ魔族がどうだの、人質がどうのと話し合っている。
「───おや、貴方がたは?」
一人の言葉に、その場に居た全員がこちらを見る。
突然の来訪に、不審な目を向ける者も少なくはない。
「先程、兵士に文書を預けた者だ。サイラースより要請を受けて、ここにいる」
「なるほど。どうぞ、こちらへ来なさい」
そう語る者の声音は、ここにいる誰よりも落ち着いている。
まるで、千年の時を生きる大木のように、どっしりと腰を据える一人の女性。
老齢ながらも、美しさと清らかさの滲み出た、聖母のような佇まいをした人物。
間違いなく、このギルドを統べる者に違いないだろうと、この時点で確信する。
「ご存知かもしれませんが、改めて。私は、支部長のエルヴァです。此度の呼びかけに応じていただき、感謝します」
「こちらこそ、名乗りもせず申し訳ない。俺達は『紅蓮の炎』と呼ばれている。俺がリーダーのフレイルだ」
「ええ、存じておりますとも。こうして顔を合わせるのは初めてですけれど、噂はかねがね。貴方がたに来ていただけて、頼もしい限りですよ」
重苦しい空気にまるで合わない、しっとりと柔らかい微笑みを浮かべて彼を見る。
その視線が滑るようにこちらへ向いて、何かを見透かしたような面持ちで私を見た。
「それで……文に書いてあったのは、貴方のことで間違いないのかしら。魔法について詳しいとのことですけれど、この中で一番力がありそうなのは貴方ね」
「文書の内容までは存じ上げませんが、間違いないかと思います。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません、私はシオンと申します」
「いいえ。ご丁寧に、どうも。時間がありませんから、単刀直入にお伺いしますが───貴方の魔法で、魅了が防げるというのは事実なのかしら?」
辺りがざわついた。
まさか、と疑うような目付きで、数多の視線が私に突き刺さる。
それだけで、私がこれから行おうとしていたことの異様さが伝わってくるようだ。
この仕事を無事に終えることができたなら、良くも悪くもあちこちから目を付けられることになりそうだが、それはこの際仕方あるまい。
「おそらく、可能かと。残念ながら、実際に魔族と対峙したことはありませんから、保証はできませんが」
「決め手に欠けるということね。私としても、100年余りと生きてきて、そのような魔法は聞いたことがありませんから……貴方を否定するわけではありませんけれど、信頼に足るかと言われれば、首を縦に振ることはできません。申し訳ない話ではありますが」
「構いません、仰る通りですから」
失敗すれば被害を拡大させるだけに終わる作戦を、そう簡単に飲み込むはずがないことは端から分かっている。
彼女の言うことは、何も間違っちゃいない。
───あと、こんな場面で絶対に聞くべきことではないので押し黙ったけれど、他の部分がやけに気になってしまった。
先に述べた時には、老齢と表現したけれど、それでもせいぜい60かそこらの年齢だとばかり思っていたのに。
───100年余り生きている?その風貌で?
(詐欺にも程があるだろう……)
一体何者だ、この人。
アルヴァンさんとはまた違った意味で、底の見えない恐ろしさを感じる人だ。




