第65話 厄介事
昼頃には、さすがに多少の落ち着きを取り戻したようで、ギルドもいつもの姿に戻っていた。
───正確に言うと、誰も彼もが不安げな顔付きをしていて、いつも通りとは到底言い難いのだが。
少なくとも、不自然に人だかりができたりということだけは無くなっていた。
「こんにちは、リーリアさん」
「こんにちは。シオンさんは、もう張り紙はご覧になりましたか?」
「はい、魔族が現れたとか」
「ええ。実は、その件に関して、支部長が聞きたいことがあるそうなのですが、今お時間御座いますか?」
「私に……?ええ、時間は空いてますけど」
「ありがとうございます。そうしましたら、支部長に取り次いできますから、少し待っててもらっても構いませんか」
(何の話だろう……?全然想像が付かないな)
何事かという顔でアルに見つめられたが、首を横に振って答えられないと示した。
今回ばかりは、特に何かした覚えはない。
「お待たせしました。いつもの客間でお待ちしてるそうですので、二階にお上がりください。お連れ様も一緒にどうぞ」
その言葉に見送られて、二階の客間に顔を出すと、見慣れた顔ぶれが肩を並べて座っていた。
どうにも縁がありすぎるというか。
このような事態であれば、真っ先に呼ばれるのも道理かと納得しつつ。
「こんにちは、皆さん」
挨拶をした。『紅蓮の炎』の皆に。
「よう、シオン。元気そうで何よりだ」
「フレイルさんも。あんまり、和気藹々とできる雰囲気じゃないのが残念ですけど」
「まったくだな」
さらりと輪に混ざり、空いてる場所へと腰掛ける私と、茫然と立ち竦むままのアル。
忘れていたわけではないけれど、そういえば彼らは、れっきとした実力者の集まるパーティーであったな。
普通ならば、こうして気軽に接したりなどできないのかもしれない。アルのように、礼儀正しい人間は特に。
彼らだけならまだしも、この部屋にはダンカンさんも既にいる。
ここ最近、お偉方や大先輩である彼らと何度も席を共にしていたせいで、私の感覚はだいぶずれてしまったようだ。
「よく来てくれたよ、シオン。そこの君も、空いてるところに座ってくれ」
「は、はい!」
ダンカンさんの呼びかけで、ようやく気を取り戻したようで、私の隣に腰掛けた。
未だ、緊張の色を滲ませたままであるが、こればかりはしょうがない。
「何か、聞きたいことがあると伺ってきましたけれど。魔族に関係することですか?」
「ああ。一つ聞きたいんだが、シオンは状態異常を治すための知識や、魔法の心得はあるか?」
「状態異常ですか」
怪我や病気の類とはまた別物ということか。
魔族に関係するということは、身体に異常をきたすような技を使ってくるということだろう。
例えば、麻痺。あるいは毒。
幻覚なども考えられるか。
何にせよ、日本の医療技術で対応できる範囲でなら、治せないこともない。
「一応、あるにはあります。さすがに何でもとはいきませんけれど」
「その中に、魅了に効くものは?」
「魅了……?」
「まさか、現れた魔族ってヴァンパイアのことだったんですか」
「ヴァンパイア……?」
知らぬ単語が続々出てくる。
いや、それ単体での意味合いなら分かるけれど。
魅了が実際にどういう技なのかとか、ヴァンパイアがどういった魔物なのかということを、私は知らない。
先程は、アル一人が置いてけぼりを食らっていたが、今度は私が同じ思いをする番だった。
「すみませんけど、そもそもヴァンパイアって何ですか?」
「え?シオン、ヴァンパイア知らないの?」
「さっきは、魔族すら知らないって言ってたんですよ」
「えー!何か意外だなあ。勝手に博識だと思ってたよ、俺」
「間違ってはないと思いますけど、ちょっと知識が偏ってるみたいです」
(褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだよ)
この世界における常識をまるで知らない、という意味では間違っている訳でもないので、そこは突っ込まないでおくが。
目の前で話のネタにされるのは複雑な気分だ。
モーリスさんの食い付きぶりからして、魔族がかなりポピュラーな存在だということだけは分かっても、他に情報がない私には理解のしようがない。
───というかだよ?
ここで助力を求められる時点で、またぞろ嫌な予感がしてくるのだけれど。
(厄介事ばかり舞い込んでくるなあ)
どうやら私は、平和な世界では到底生きさせてもらえないようである。




