第61話 祝杯のエール
とある店内にて。
大勢の客で賑わうその店は、所狭しと並べられたテーブルを数多の人間が隙間なく囲み、あちこちで笑い声が飛び交っている。
その賑やかさたるや、まるで居酒屋に来たかのようで、実際この店は昼間から酒を扱う、酒飲みばかりが集まる店だった。
フレイルさん達と初めて出会ったこの店は、今や私にとって定番のお昼所と化している。
そもそもこの世界、昔と一緒で一日二食が基本のため、この時間に酒や食事を楽しむのは大抵が冒険者ばかりだ。
裕福な家もまた、三食を基本とするところもあるようだが、冒険者の場合お金に余裕があるというよりも、三食きっちり食べないと身体が持たないからである。
その点、この店は非常に冒険者向きだ。
比較的量が多く、値段もリーズナブルで、何より一番に料理が美味しい。
店の中が大層騒がしい点だけは、人によって好みが分かれるところだろうが、これだけ多くの人が訪れることには十分納得がいく。
ギルドから近い距離に店があるという点も、客を呼び寄せる理由の一つだろう。
「今日は私の奢りだから、好きに食べてね」
「いや、さすがに全部払ってもらうというのは気が引けるんだが……」
「お祝いされる側に払わせるわけないじゃん。いいから好きなの食べなさい」
めでたくも、訓練は無事成功に終わったので、お祝いを兼ねて食事を食べにここへ来た。
遠慮しがちなアルに代わって、適当に料理を頼んでいく。
注文を終えると、いの一番にエールが運ばれ、同時に簡単なつまみもテーブルに置かれた。
「それじゃあ、乾杯!」
「乾杯」
コツン、とお互いのカップをぶつける。
木でできた容器は、グラスのように軽快な音は立てないが、これはこれで味があって良い。
乾いた喉をエールで潤し、つまみを頬張ってはまた流し込む。
あまり女性らしい仕草とは言えないが、今更気を使うような相手などどこにもいないので、特に気にすることは無い。
───アル?
それこそ、言わずもがなだろう?
(正直、アルの方が私よりよっぽど品があるんだよね)
まるでワイングラスでも傾けているかのような優雅さで、彼は静かにつまみとエールを堪能している。
元が貴族だからか分からないが、礼儀や仕草はとてもきちんとしていて、一つ一つの動作が絵になる男だ。
カッコイイというより、美しいという言葉がより似合う男でもある。
「……食べないのか?」
「食べるよ」
考え込んでいたからか、思わず見つめてしまっていた。
差し出されたつまみを、黙々と頬張る。
相変わらず、会話らしい会話はないのだが、寧ろこの空気感こそ私達らしい関係のような気がしてきた。
家族のような、長年連れ添った夫婦のような、ただ一緒にいるだけで時間を共有出来ている感覚に浸れる相手。
ある意味、恋人よりも特別な存在だ。
(不思議なもんだな)
最初の頃は、一生仲良くなれないと感じていたのに、こうも印象が変わるとは思わなんだ。
向こうが私の事をどう思っているか、それは知る由もないけれど、嫌われていないのならそれでいい。別に、恋愛感情を抱いているわけではないのだし。
そう考えていたら、今度は私が彼に見つめられていた。
私が視線に気付くと、彼はばつが悪そうに目を背ける。
「どうかした?」
「……いや、実はちょっと、考えてたことがあってな」
目を合わせず、言い出しにくそうに呟く。
周りがうるさいので、耳を澄ませなければよく聞こえないほどだ。
何かを伝えるように口が動くが、同時にどこかのグループが一斉に歓声を上げ、彼の音は掻き消されてしまった。
「ごめん、聞こえなかった。なんて?」
ずい、と顔を近付けて尋ねる。
ただ聞き取りやすいようにと、彼の口元に耳を寄せただけで、特に深い意味は無かったのだけれど、どうやら驚かれてしまったようだ。
いかにも、条件反射といった感じで、後ろに仰け反られてしまった。
後ろの人にぶつからなくて良かったと思う。
「あ……ごめん」
「ああいや、こっちこそ。この方が聞き取りやすいかなと思って、つい」
普通に考えて、女が男に気安く寄るべきでは無かったなと、心の中で反省した。
まして、好きでもない女に不躾に近寄られても、対応に困るだけだろう。申し訳ないことをしたな。
「驚かせてごめん。それで、さっきはなんて?」
「ああ、その……シオンさえ良ければなんだが、これからも手の空いてる時に魔法を教えてもらえないかと思って」
「……アルが?魔法を?」
「駄目か?」
「いや、教えるのは全然構わないけど、そうじゃなくて───大丈夫なの?」
使えることが分かれば、多少は前向きになれると思ってしたことだったけれど、常に向き合い続けるというのは辛くはなかろうか。
「いつまでも逃げ続ける訳にもいかないだろう。それに、どうせなら父や兄を見返せるくらいになりたい。それが一番前向きに生きていける気がする。シオンなら、アイツらなんかに負けないくらいの魔法が使えるだろ?なら、師として仰ぐにはもってこいの人材じゃないか」
「──うは」
言いやがったな、こいつ。
そこまで言われたら、後になんて引き下がれないじゃないか。
私は、死ぬほど負けず嫌いなんだよ。
父親がどれ程の腕前かは分からないけれど、仮にも破滅の魔女と呼ばれた私が、どこぞの馬の骨に負けるわけにはいかないもの。
「いいよ、やってやろうじゃん。アルも、やるからには覚悟しといてよ」
「ああ、望むところだ」




