第59話 訓練開始
試してみるとは言ったものの、何から始めたらいいのだろう。
仕組みは理解していても、人に教えたことなどないから正解がよく分からない。
「おはよう、アル」
「おはよう」
次の日、朝食を食べに食堂へ向かうと、アルの姿があった。
挨拶を交わすが、特に嫌な顔をすることも無く返事を返してくれる。
昨日のことで、要らぬ世話を焼いてしまった気もしていたのだが、少なくとも顔に出るほど気に留めた様子は無いようだ。
「昨日の話だが、いつ頃試すんだ?」
「ああ、そう言えば決めてなかったね。アルの都合のいい時で大丈夫だけど」
「なら、今日やろう」
即答だった。
もう少し、気持ちの問題とかがあるものと思っていたのだけれど、意外に思い切りが良い方なのだろうか。
「随分気が早いね」
「正直、出来る気がしないから、長引かせてもやもやしたくない」
「ネガティブかよ」
あっさり決めるものだから、男前なのかと思っていたのに。いざ蓋を開けてみれば、全然前向きな理由じゃなかった。
自己評価は高くないけれど、行動力はあるということか。
それって危なくない?
変に自滅したりしないといいんだけど。
「じゃあ、これ食べたら玄関前に集合しようか。適当に人がいないとこ探して練習しよう」
「分かった」
約束を交わして、後は食事に集中する。
何となく隣合って座りはするものの、まだ仲良く歓談するするほどの仲ではない。
それでも、喋らないからといって居心地が悪いわけでもなく、意外と相性はいいのかもしれないと密かに感じていた。
♢
食事を終え、準備を済ませた私達は、人気のない平原へと来ていた。
森林に近く、街道から少し外れた所にあるこの場所は、練習場所にはもってこいだ。
この時期、警備目的以外に森に近付く人もいないだろうから、人が来る心配もない。
別に、危ない魔法を使う訳でもないのだけれど、万が一に備えることは重要である。
「それじゃ、始めようか」
「杖とかは用意しなくて良かったのか?」
「あー、アルには必要ないかな。魔力容量が少ない人にはおすすめだけど、その点アルは平均よりかなり多い方だと思うし」
今まで会った中で、特に魔力容量が多いのはフェリクスさんくらいだったが、アルもまた引けを取らないくらい魔力に満ち溢れている。
本音を言うなら、ただの剣士で終わらせるのは勿体ないくらいだ。
「魔力容量が多い……?そんなことが分かるのか?」
「うん。感覚的な話になるから、説明はまた今度するよ。とりあえず、訓練を先にやっちゃおう」
「分かった。って言っても、俺は何をすればいいんだ?」
そう。問題はそこだ。
自分が教わった時と別のアプローチをしなければならないので、正直上手くいくのか分からない。
まあ、なるようになるか。
「まずは、イメージをちゃんと掴むところから始めようか。そこが一番重要だからね」
私は、目の前に一つの球体を作り出した。
ゆらゆらと宙に浮かぶそれは、全てが水でできている。
「アルには、これと全く同じものを魔法で作り出してもらおうと思います。なんで、よく観察して、実際に触ったりしながら、情報を頭に叩き込んでみて。ただの水だし、触っても形は崩れないから、手突っ込んじゃって大丈夫だよ」
「分かった」
イメージを元にする以上、実際の感触を頭に植え付けることが重要だと判断し、体感しやすいよう初めは水魔法から教えることにした。
ただの水なら、形が把握できる程度には目に見えるし、触っても何の問題もない。
風系統だと目に捉えられないし、炎や雷系統は触ると大怪我をするので論外だ。
氷でも触れないことはないけれど、長時間触り続けるのは無理があるので、初めての訓練にはあまり向かないだろう。
アルは、実際に目の前の水を触りながら、様々な角度で観察し続けている。
嫌々やるのではなく、真剣な眼差しで、彼なりに覚悟を決めて魔法と向き合っているようだ。
頭が凝り固まっていた頃の彼を思うと、中々の変わりようである。私としては大変喜ばしい。
このまま、是非とも魔法が使えるようになってほしいところだ。




