第54話 和解
その日の夕方。
徐々に日が傾きはじめ、次に鐘の音がなる頃には街の門が閉まるだろうという頃。
夕食にはまだ早く、かと言って今更街に出てすることも無し、部屋でゆっくりする他なかったところに、扉をノックする音が転がり込んだ。
「アルノエルだ」
聞き慣れた声だった。
散々言い争いをした男のものである。
返事を一切してくれなかったので、期待はしていなかったのだが、あれだけ騒ぎ立てた割に素直なものだ。律儀な性格と言えよう。
部屋に入るよう促し、扉が開かれた先に待っていたのは、意外にも申し訳なさそうな顔をした男の姿であった。
あの時の威勢はどこへやら、心做しか身体が縮こまって見えるほどで、数少ない彼との面会の中では初めて見る姿でもある。
「ここ、どうぞ」
先程まで座っていた椅子を、彼に勧める。
残念ながら、この部屋に椅子とテーブルは一組しか置かれていない。
ベッドを椅子代わりに、彼と向かい合うように座るが、一向に喋り出す気配は見受けられないので、私の方から切り出した。
「さっきはごめんなさい。少しばかり、感情的になりすぎました」
「……いや、俺の方こそすまなかった」
そう言って、頭を下げた。
「その……どうにも苦手というか。魔法が使える人というのが、生理的に受け付けないんだ。本人を前にして言うことじゃないかもしれないが」
「まあ、何となく分かってましたよ」
今日の発言は勿論、宿で会った時も、忌々しそうな目で睨みつけられたのを覚えている。
彼の言動から察するに、何かしらの嫌な出来事があって、一種のトラウマ状態に陥っているのだろう。
「貴方にも事情があるんでしょうし、それは別に構わないんですけど、やっぱりあからさまに態度に出すのは良くないと思います。何の非もない人からしてみれば、不愉快極まりないですからね」
「───直したほうがいいって、頭では分かってるんだ。周りにも同じようなことを言われたことがあるし。でも、実際に相手を目の前にしたら、どうにも上手くいかなくて」
苦しそうに顔を歪める。
結局のところ、彼の本質はそこにあった。
生真面目で、良くも悪くも素直な性格で、誰かを傷付けることは良しとしない。
まるで漫画の主人公のような、そんな男だ。
だからこそ、彼の心に巣食う闇が、より一層際立っている。悪目立ち、とでも言おうか。
当然、直すべきではあるのだろうけど、一筋縄では行かないことは、火を見るよりも明らかである。
「直そうと思うなら、一番はやっぱり根本的原因を取り除くことでしょうね。たぶん、貴方の場合、嫌いだと思ってる内はどれだけ頑張っても顔に出ると思いますよ」
素直だからね。
それが原因で、今の今まで上手くいっていないのだろうし。
トラウマを克服するのは大変なことだけれど、性格を直すのもまた然り。
同じような苦労をする羽目になるのなら、少しでも精神的負担が減る方を選ぶのが、私としては得策のように思う。
顔に出ないようにしたところで、きっと彼は罪悪感を感じてしまうだろうし、それを続ければいつかは、彼の心が壊れてしまうかもしれないのだから。
ここまで話し合った以上、何か力になってあげたいのは山々だが、具体的な事情が分からないことにはアドバイスのしようがない。
しかしながら、私がそれを聞き出せるようにはならない気がする。
何せ私は、彼の嫌いな魔法使いだ。
ここから仲良くなるビジョンは、今の私にはまるで見えない。
「───ああ、そうだ。もう必要なさそうですけど、一応これ」
懐から───と見せかけた収納魔法で───書類を一枚取り出す。
「……?何の紙だ?」
「いわゆる証言書です。ダンカンさんにお願いして、書いてもらいました」
「は!?証言書って、お前、わざわざそこまでしたのか!?」
「だって、正直ここまで素直に謝ってくれると思わなかったから、保険にと思って」
いわゆる悪魔の証明で、不正が無かったことを証明するのは無理があるのだけど、無いよりはマシだろうと思って事前に用意しておいた。
彼の名前は伏せて、事情だけの説明で済ませておいたが、それでも快く書き上げてくれたダンカンさんは懐が深い。
これでもまだ文句を付けるようなら、いよいよもってお手上げだと考えていたのだが、蓋を開けてみれば予想と全く違った展開で、いらぬ心配だったようである。
「とりあえず、私が話したいことはそれくらいですかね。その書類も、信じるかどうかはお任せしますし、私からはなるべく関わらないようにはしておきますから、安心してください」
「……分からない。わざわざ書類まで用意したくせに、何でそこまで割り切れる?」
「理屈さえ理解できたら、大抵のことは飲み込めるからですよ」
勿論、腹が立たないわけじゃない。
嫌気が差すことだってままある。
それでも、状況さえ把握できれば、出来ることと出来ないことの区別がつくし、どうにもならないことには諦めがつく。
「まあ、考えた方としてはあまりおすすめしませんけど。半分心が死んでるようなものですから」
実際、私の心はおそらく死んでいる。
きっとどこかで、人として大事な何かを失ってしまった気がするのだ。
喜怒哀楽とはまた別の、大切な何かを。




