第48話 試験終了
ロックイーターは、力なく横たわったまま、ぴくりとも動かない。
その口からは、血がどろりと流れ出ている。
ただ一人、この私を差し置いて、他に状況を理解できている者は誰もいなかった。
初めてダークウルフを倒した時と同じ方法で、内側から攻撃することで魔物を仕留めたのだけれど、威力を抑えたことにより外皮が弾け飛ぶことは無かったため、一見して何が起こったのか分からない状態になっている。
爆発音も、くぐもっていてはっきりと聞こえたわけではないし、聞こえたところでどうにもならないだろう。魔物の体内が爆発したなどと、この世界の人達は思い付きもしなさそうだし。
この手の、硬い殻などで守られているタイプの敵というのは、対処法も決まってくる。
硬い部分をいくら叩いたところで、体力を消耗するだけなのだから、必然硬くない所を狙わなければならない。
例えば、ロックイーターの場合なら、頭。目。手足。腹など。
上手く隙を突けるのなら、口の中なども柔らかいのでダメージを与えやすい。
噛む力は凄まじいものの、身体が重いことも相まって動きは物凄く鈍いらしいので、不可能ではないだろう。
ただ、リスクの面を考えるならば、頭を潰すのが一番確実ではあるが。
「そこまで警戒しなくても、もう終わってますから大丈夫ですよ」
「え……?し、しかし」
「大丈夫ですって。ほら」
既に倒したことを証明するべく、魔物へと近付き、ぺちぺちと軽く叩いて見せる。
その光景に、試験官達は一瞬青ざめるが、それでも動かぬ様子を見て、ようやく私の言葉が本当であると認めたようだった。
「何が起こったのかさっぱりなんだが……」
「俺もさっぱり分からん」
本来ならば、戦闘の様子を見て合否を判断しなければならないのだが、一瞬で、視界に映ることなく魔法が行使されたとあっては、彼らにはお手上げ状態らしい。
「魔物の体内を爆発させました。解体してもらえれば、中はたぶん悲惨なことになってると思うので、お察しいただけると思いますけど」
「この一瞬で魔法を、しかも無詠唱で使ったというのですか?」
「そういうことです」
試験官は言葉を失い、それ以上何も言わなかったが、もし何かを口にしていたならば、例のごとく破格だのなんだのと言われていたことだろう。
ひとまず正気に戻ったところで、解体を手伝ってもらって、今回の試験は無事終了した。
♢
坑道をひたすらに戻ると、先に帰したはずの彼が私達を待っていた。
「まだここにいらしたんですか?」
「すみません、どうしても結果が気になったもんで……」
そう口にしながら、確かに身体は心做しかそわそわしているように見える。
鉱夫全員の生活がかかっているのだから、気持ちは十分に理解できるのだが、こんな薄ら寒い場所でひたすらに待ち続けるというのは、肉体的にも精神的にもきついのではなかろうか。
「お待たせしてすみません。ちゃんと討伐してきましたから、安心してください」
「こんな早くにですか?てっきり、見つからなかったもんだと思ってたんですが……」
私の言葉に、怪訝な顔付きでそう尋ねてくる。
あまりにあっさり倒したせいで、試験官すら思考が追い付かないくらいだったのだから、尚更疑問に思うのも当然だ。
その疑問に答えるように、解体したばかりの魔物の素材を彼に見せると、不安げな表情が一転して、喜びでいっぱいになる。
「なんと……有難い、本当に有難い……!ありがとうございます!」
一人一人、感謝の言葉を並べては、握手をして回る彼。
その握りしめる手の、何とも力強いことか。
ありったけの想いが、その手からひしひしと伝わってくるようだ。
誰かに、ここまで感謝されたことが、果たして一度でもあっただろうか。
私は、初めから魔法が使えたわけじゃない。
しかしながら、治療に成功して、いざ魔法が使えるようになったところで、誰かを幸せにしてこれたわけでもなかった。
私という存在がいて、喜ぶ者もいないわけでは無かったのだろうが、彼のように純粋な心持ちで生きる人間は、果たして何人いただろう。
私が生きてきた、欲望渦巻くあの場所において、そのような人物がいたとは到底考えられない。
だからこそ、ささやかな日常のために心から喜び感謝する彼の姿は、私には眩しくて堪らなかった。
そして何より、その慎ましい幸せのために、己の力を振るう事ができた喜びは、自らの胸を打つものだった。
私もまた、この巡り合わせに心から感謝する。
この世界に来てよかったと。
どこか申し訳なさそうな顔をした、あの時の女神様をふと思い出して。
ありがとうございますと、彼女になら届くような気がして、心の中で静かに想った。




