第41話 本部長
「……何だ、この馬鹿げた報告書は」
一通の書類を前に、まるで汚物でも見るかのような苦々しい顔で見つめる一人の男がいる。
彼の名前はアルヴァン。
冒険者ギルド、グランベール本部の本部長。
つまりは、この国における全てのギルドの頂点に立つ人物である。
白髪交じりの長髪を後ろで束ね、鍛えられた身体を貴族さながらのファッションに包み、彫りが深くも垂れ目の優しい顔立ちをしている。
どこかちぐはぐながらも、会えばたちまちに頭を垂れたくなるほどの威厳があり、また彼の人柄や仕事ぶりからも、上に立つ者として誰よりも評価の高い男でもある。
責任ある者として、常に冷静さを欠かさぬはずの彼が、このようにひどく顔を歪めることは長い人生の中でもそう多くはない事だった。
それほどまでに、一枚の紙に収められた報告内容は、到底信じ難いものだったのである。
「あの……配達員からの言伝ですが、証人がいるそうです。必ず必要になるだろうからと……」
書類を届けた職員が、あまりの空気に身体を強張らせながら、おずおずと口にする。
その言葉に、彼は一層顔をしかめた。
「……至急、その者を客間へ通すように。まだ返してはいないのだろう?」
「は、はい!今すぐに!」
慌てて出ていく職員を見つめながら、男は静かに息をついた。
その心境は複雑なようで、眉間に刻まれた皺は一向に無くならない。
「この馬鹿げた内容を、本当に証明するつもりなのか?ダンカンは一体何を考えているのだ」
彼の呟きは、誰に届くことも無い。
ただ静かに、虚空へと溶けていくだけであった。
♢
やはり、という他無かった。
誰もが分かりきったことを、予想通りと述べるのも馬鹿らしい話だが、私の魔法を知る者全てが思い描いた通りの展開になったと思う。
案内された部屋の扉を、職員が開ける。
一度中に入れば、そこには静かにこちらを見つめる男の姿があった。
誰と聞かずとも、その佇まいと身に纏う雰囲気を見れば、立場が上の者であることは容易に理解できる。
「よく来てくれた。遠路遥々、誠にご苦労。私が当ギルドの本部長、アルヴァンである」
静かに差し出された手を、そっと握り返す。
睨むでも無く、微笑むでも無く、これといった表情の無いその顔からは、考えを読み取るのは難しい。
強かな人だ。
私は、直感的にそう感じた。
何となく、私は彼に値踏みをされていると感じたからだ。
顔色一つ変えず、だからこそ何を思うのか分からない表情で、こちらが付け入る隙を与えないでいる。
さすが、本部の責任者を務めるだけのことはあるようだ。
「呼ばれた理由はとうに理解していると思うが、君が証人で間違いないか」
「はい。シオンと申します」
「ならば問おう。君は本当に、ここにある全てを証明することができるのかね?」
「勿論、して見せますとも。そのために、私はここまで来たのですから」
おそらく、これが普通の新人ならば、この空気に押しやられてまともに喋ることもできないのだろう。
重く纒わり付く威圧感と、一瞬で肌を突き刺すような、殺気にも似た何かが私の身体を突き抜ける。
その時、初めて理解したことだが、どうやら彼は表に出さないだけで、その実心の内は憤慨しているようだった。
報告書の内容が、本来有り得ないようなことばかりであるが故に、馬鹿にされたような気持ちになったのかもしれない。
或いは、支部長たる者が虚偽の内容を報告するなど言語道断だと、そう考えているのかもしれなかった。
それだけ、現実をよく知り、責任感に溢れる男ということなのかもしれないが、ただの推測であるので実際のところは分からない。
しかしながら、一つだけ言えることは、敢えてメンタルを潰しにかかるあたり、かなりえぐいというか、容赦のない人ではあるようだ。
実力云々を語る前に、この空気に耐えられなければ門前払いなど、既にこれが試験であると言われているようなものではないか。
それならば、こちらとしても、平然とした態度で応対する他ない。
「……ところで、本部長」
「何だ」
「どうにも顔がお疲れのようですし、失礼でなければこちら、お一つ如何ですか」
恒例の果物を一つ。
勿論、例の魔法で。
ただのパフォーマンスだ。こんなことは何でもないと、わざと見せつけるための。
「……まさか」
「申しましたでしょう?勿論、して見せますと。何なら、もう一つ如何です?」
更に一つ、果物を取り出したところで、ついに表情が少しだけ崩れた。
見事、勝利の瞬間である。
有難いことに、評価してくださる皆様のおかげで、もうすぐ100pt達成できそうです。
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感謝、感謝。本当にありがとうございます。




