第16話 一つ目の魔物
思わず、息を飲んだ。
並び立つ木々にも劣らない程の背の高さ。
圧倒的な重量。
────そして何より、今までのどの魔物よりも濃密な魔力の気配。
間違いなく、今まで出会ったどの魔物より一番強い。
少しでも気を抜けば、重くまとわりつくような威圧感にあっという間に押し潰されてしまいそうだ。
(しかしまあ、大きいというか……確か、神話にこんな見た目の神様がいなかったっけか)
記憶が正しければ、ギリシャ神話に単眼巨人の一族が登場したはずだ。
天空神ウーラノスと、大地母神ガイアの子供たち、キュクロープス。
より一般的に呼ばれているのは、英語表記である『サイクロプス』の方であろう。
卓越した鍛冶の技術を持つとされる下級神である。
或いは、怪物として描かれたキュクロープスも存在する。
ギリシャの長編叙事詩『オデュッセイア』に登場する、ポリュペーモスを筆頭としたキュクロープス達だ。
粗暴な人喰いとして描かれるそれは、神としての側面より強く、サイクロプスのイメージとして世にこびり付いている。
怪物という意味合いでなら、目の前の魔物もその例に漏れないが、どうもそれだけとはいかないようだ。
魔物の手には、巨大な三叉槍が握られている。
そこから連想されるのは、キュクロープス達が造り捧げた強力な品々の一つのうち、ポセイドンに贈られた三叉の矛、トリアイナ。
神としてのキュクロープスの象徴。そう取れなくもない。
魔物である以上、怪物として存在していることは紛れもない事実だが、偏に語れるものでもないということだ。
(ギリシャ神話なんて、この世界には関係ないことのはずなんだけど……)
何故だか、妙な違和感がする。
ただそう在るものとして片付けることもできるが、ゲームの世界でもないこの星で、前世の知識とここまで類似するというのは偶然の一言で済ませていいものではない気がする。
しかし、そんな私の思考は、直後に起きた出来事によってかき消されてしまった。
魔物が、手にしている三叉槍を高々と掲げた次の瞬間、眩い光に視界が支配され、遅れて凄まじい音が鳴り響く。
それが雷であることは瞬時に理解できたが、障壁によって弾かれたせいでほんの一瞬の間、辺りは何も見えなくなった。
時間にしてほんの数秒。
それだけでも、十分に致命的だった。
直に光を浴びて、周りの景色が鮮明に映らなくなっていた私の目は、次の動きを上手く視界に捉えることが出来なかったのだ。
直後、衝撃が走る。
猛烈な勢いで障壁にぶつかった何かが、そのまま障壁ごと私を弾き飛ばした。
何が起こっているのか分からないまま、私は後方にそびえ立っていた樹木に激しく叩きつけられる。
いくら障壁が壊れずにいようと、それごと飛ばされてしまってはどうしようもない。
全身を覆う痛みで呼吸ができず、立ち上がることさえ出来ないまま地面に転がった。
痛い。
それはもう、めちゃくちゃ、とんでもなく痛い。
もろにぶつかったためか、背中から腰にかけての全てが痛みを訴えている。
すぐに起き上がった方がいいのは分かるが、身体が言うことを聞いてくれない。
為す術もなく空を見つめていると、巨大な影が視界を遮った。
────ああ、あいつかと、ぼんやりとした頭で私はその姿を視認した。
私の真上では、三叉槍の矛先がぎらりと狙いを付けている。
おそらく、先程勢いよく飛ばされたのもこの武器が原因だ。
今から何をするつもりかなど、考えるまでもなく分かってしまう。
魔物はそのまま、私目掛けて三叉槍を真下へと振り落とす。
鋭い穂先に貫かれるということはなく、障壁が攻撃を受け止め続けるが、あまりの力にほんの少しだけ地面にめり込んだ。
さっきのことといい、馬鹿みたいに力が強すぎる。
全ての攻撃を弾き返すようにできているのに、それを超えて圧倒されるなど、まさに化け物だと言わざるを得ない。
障壁が壊れずにいてくれるだけ、まだましというものだ。
(────化け物仲間ってことか)
これっぽっちも嬉しくない事実だ。
このままでは埒が明かないので、そろそろ何とかしなければならない。




