第11話 意味が分からない
宿に着く頃には、だいぶ日が傾いていた。
部屋を確保してから、ギルドカードを受け取りに戻るつもりでいたのに、散策に時間をかけすぎてしまったようである。
どうしようか迷ったが、受け取りに関して何か言われた覚えはないので、引き取りは明日に回すことにした。
木製の扉をそっと開けると、温和な雰囲気を纏った女性と目が合った。
「いらっしゃい。部屋ならまだ空いているよ」
「本当ですか。一泊いくらかかりますか?」
「部屋代が200ギル。食事が必要なら、一食15ギルだよ」
「そしたら、ひとまず食事付きで一週間お願いしたいのですが」
とりあえず、お金を稼ぐための手段として冒険者になったはいいが、これから先のプランが全く立てられていない。
あくまで、私の一番の仕事は、この世界を救うことだ。
それすら、何をもって救いとすればいいのか、手がかりを一切掴めていない。
それ自体は、仕方の無いことだ。
この世界に来て、まだ一日と経っていないのだから、これから情報を集めればいい。
だが、まずはこの世界に慣れなければいけない。
右も左も分からない状態で、あちこち出回るのは時期尚早だ。
仕事も、まだ冒険者が最適とは限らないし、もう少し世界情勢を掴んでから考えた方がいい。
当面は、この街を拠点に動くのが賢明だろう。
「もう少ししたら食事ができるからね。後で部屋に呼びに行くよ」
「分かりました、ありがとうございます」
指定された部屋へ向かおうと、奥の方に見える階段へ目を向けると、ちょうど男の人が降りてくるのが見えた。
綺麗な銀色の髪に、艶めく紫色の瞳。
端正なその顔立ちは、誰もが美青年だと答えるだろう。まさに完璧と言える風貌だ。
スラリとした体つきをしているが、よく見ればきちんと鍛え抜かれているのが分かる。
美に関する価値観が日本と同じなら、確実に世の女性を虜にしている男だ。
年は、見た通りならだいたい同じくらいの年齢だろうが、日本人と違って外国人というのは大人びて見える人が多いから、その辺りは何とも言えない。
一瞬、男の人と目が合ったように感じたが、私のことは意に介さず素通りした。
「風呂桶を一つ借りたい」
「ちょっと待ってね……あら」
「どうかしたのか」
「ううん、一つ穴が空いてるのがあってね。もうだいぶ古いから、仕方が無いね」
そう言って、壊れていない風呂桶を彼に渡した。
素材を見るに、鉄でできている。
桶と言うより、たらいと言った方が正しいような見た目だ。
「良かったら穴、直しましょうか?」
「え?」
鉄でできているのなら、穴ぐらいなら直せるだろうと声をかけたが、何を言っているのかとでもいうような顔で見られてしまった。
「直すって、あんた……どうするの?」
「どうにかするんですよ。その桶、貸してもらえますか」
釈然としない返事に首を傾げながらも、風呂桶をこちらへと渡してくれた。
手にした桶を見ると、確かに劣化が酷く、穴が空いてもおかしくないような状態だった。
私は桶の形状を確認すると、その形に沿って隙間を作らないようにびっちりと、衝撃を内側に反射するようにして魔法障壁を張りつける。
全面に膜のように張れたことを確認すると、中の桶を一気に熱した。
その温度、1500℃超。
鉄をも溶かす温度だ。
中の桶はどろりと溶けだし、障壁の膜の中で眩くたゆたう。
全面を隙間なく覆ったのは、このためだった。
魔法と物理の両方を跳ね返す特性を活かせば、魔法障壁は鋳型として利用することもできる。
そのまま、内部を十分に冷やせば、穴の塞がった桶の出来上がりである。
「はい、どうぞ」
「まあ……本当に塞がってるわ」
直った桶を見て、女将さんは感心したようにそう言った。
ふと、何気なく横に視線をずらすと────例の美青年が、あからさまに睨みつけるようにして私を見ている。
思わず、顔には出さずとも戸惑ってしまった。
何故、こんなにも恨みがましい顔で見られているのか、それが分からない。
そんな目で見られるようなことは何一つしていないはずなのに。
ほんの少しの間、険しい目付きをされたかと思うと、彼は足早に立ち去ってしまった。
「あの……先程の男性に睨まれてしまったんですけど、私、何か怒らせるようなことしましたかね?」
あまりに不可解だったので、思わずそう尋ねてみると、女将さんは複雑そうな顔をした。
「ああ……彼は少し、気難しい性格みたいだから。気にしないであげてね」
それなりに付き合いがあるらしく、彼女は気遣うようにそう言った。
気を悪くしたわけではないので、それは構わないのだが、理由だけは気になる。
また顔を合わせる機会はあっても、それを聞けることはこの先一度も無さそうだけれど。




