第10話 平均レベルと異端児
このまま何も言わずにいれば、もう暫くの間は放置されてしまいそうな様子だったので、こちらから声をかけることにした。
「あの、すみません、終わりってことでいいんでしょうか」
「あ、ええ、構いませんが」
まだ少し動揺しているようだが、とりあえず意識は戻ってきてくれた。
うろうろと彷徨う視線は、何かを思い付いては打ち消すような戸惑いの色が見える。
「結果は何の文句もありません。もちろん合格ですが……貴方、有名な魔法師の一族と関係でもあるのですか?」
「魔法師……?いえ、全くありませんね」
今日この世界に来たばかりの身で、知り合いなどいるわけもない。
まともに会話したのはせいぜい、ラウルさんと受付してくれたお姉さんぐらいのものだ。
「なら、これだけの魔法をどこで?もしや、以前にも冒険者をしていたことがあるとか」
「いえ、それも無いです」
「は、破格だわ……」
有り得ないとばかりに狼狽える試験官。
破格なのは確かに自覚しているが、それにしても驚く基準が些か低いようにも思える。
まるで、高度な技術を扱っているかのような反応をしているが、これぐらいは慣れれば誰でもできるはずなのだ。
初心者としてのレベルの話ならまだしも、いち魔法使いとして驚かれるのはおかしい。
同時撃ちが原因か。はたまた呪文を唱えなかったからなのか。
その辺りの基準がまるで分からないが、どうやらこの世界の魔法技術は、前世ほどは発展していないようである。
平均的なラインが分かるまでは、同じような反応を山ほど見る羽目になりそうだ。
「ああ、魔法使い志望は貴方が最後だったわね……ちょっと待って、深呼吸だけさせてくれるかしら」
苦虫を噛み潰したような表情でそう言うと、かなりゆっくりとしたスピードで、一度だけ大きく深呼吸をした。
おかげで、だいぶ心が落ち着いたらしい。
肺に溜めた空気を出し切る頃には、凛とした顔付きに戻っている。
「失礼しました、次は僧侶の方の試験へ移りたいと思います。先に申し上げた通り、試験では補助魔法を使用していただきますので、皆様には手伝いをお願いできればと思います」
試験官の指示に従って、僧侶の試験が始まる。
基本的には、魔法使いと同じく、使用できる魔法の効果を見て合否を判断する方式だ。
僧侶の主な役割は、補助魔法や回復魔法によるサポートのようである。
この場合、僧侶に求められる技術としては、魔法の強度と持続時間が重要となるだろう。
強度とは、たとえば防御魔法における耐性の高さなどに相当する。
つまるところ、質の高い魔法をどれだけ長時間に渡ってかけ続けられるかが肝となるのだ。
一人一人見ていては時間がかかるため、同時に魔法を発動し、一定時間内で魔力の続く限りはかけ続けることとされた。
受験者は二人だけだったので、私は遠くから様子を見守り、試験は恙無く終えられた。
♢
試験終了後、私は再び街へと繰り出していた。
合格者の情報登録と、ギルドカードの作成に時間がかかるため、それが終わるまでの暇つぶしというわけである。
当分の寝床や食事の当てを探さないとならないし、調べたいこともあるしで、やるべきことは山積みだ。
全てをこなそうと思ったら、それなりに時間はかかるだろう。
私の用事が済む頃には、向こうの仕事も終わっているはずである。
事前に聞いておいた、この街でおすすめの宿屋へと向かっていると、道の途中で広場へと辿り着いた。
そこでは、数多くの露店が立ち並び、野菜や果物などの食材を売り出している。
お世辞にも、新鮮とは言い難い品質のものも交じっているが、そこは流通技術の問題だろう。
これだけ規模の大きい街であるにも関わらず、そこまで文明の水準が高くないことを思えば、当然の結果だ。
水系統の魔法を駆使し、チルドや冷凍の状態を保てれば品質の低下を防げるだろうが、全員が同じように魔法を使えるわけではない。
そもそも、先程の試験官の反応を思うに、流通技術として安定させられるほどの魔法が使えるのかも怪しい。
火の玉を三つ同時に出すだけで騒がれるのに、どうやって長距離運用に耐えられる冷却システムを構築できるというのか。
(……いや。よくよく考えたら、その程度の技術でも冒険者は務まるということだから……これはかなり朗報なのでは?)
冷静に考えて、私の魔法技術は、この世界では宝の持ち腐れになりかねない程のハイスペックであるようだ。
つまりは相対的に、仕事をする上でのリスクが減ることになる。
あまり熟考せずに決めてしまった割には、良い職業選択ができのかもしれなかった。
それはそれとして、この世界の現状はどのようなものなのか、この目で確かめてみたい。
「すみません、これいくらですか」
「それなら、一つ12ギルだね」
露店を見ながら、それとなく物の値段を聞いて回る。
おおよその物価は、調べておきたかったことの一つだ。
何にどれくらいかかるのかが分からないと、稼がなければいけない最低ラインが判断できない。
調べて分かったのは、銀貨84枚というのはかなりの値段だろうということだった。
売っている食材は、一番高くて銀貨三枚ほど。
それさえ、かなり大きなブロック肉を丸ごと買った場合の値段である。
一食一人あたり、どれほどの量を食べるのかは知らないが、調理して長期保存できるようにしたとしても、この大きさは大家族向けの量だろう。
それを考えると、宿代を差し引いたとしても、今の手持ちで当面は暮らせることになる。
これは大きい収穫だ。
それ以外にも、いくつか面白いことが分かった。
まず、この世界では魔物の肉を食用として売っていること。
陳列された肉の中に、一つだけ知っている名前があった。
────クレインボア。
最初にラウルさんが買取しているところを見た時に、この名前を言っていたのを覚えている。
こちらは他のブロック肉と比べて、同じ大きさでも銀貨一枚と比較的手頃だ。
家畜は育てるのに手間暇がかかる。
ここでは農作業や牧畜などは行っていないようだから、他の場所からここまで運搬するのに費用もかかるはずだ。
それだけ苦労がかかるのに比べると、クレインボアの肉の方が手に入りやすいということなのだろう。
味としては、未知の領域だが。
そしてもう一つは、魔石を売っているのを見つけたのだ。
聞くところによると、魔石は燃料としてとても重宝されているらしい。
魔石に直接魔法を撃ち込むと、魔力が無くなるまで効果を持続してくれる特性があるらしく、それを利用して明かりとして使用したり、薪の代わりにするのだそう。
ラウルさんが、買い取った魔石を一年ものと言ったのは、一つにつきそれだけの間効果を持続してくれるという意味だったのだ。
家庭に出回るのは、もっと小さく質の低いものが主で、私が売ったレベルの魔石は杖に埋め込んだりして使うそうだが。
そう考えると、魔石を売っただけで随分と稼げたのにも納得がいく。
お金について、今ある手持ちだけでも心配は無いことが分かった私は、目的の宿を探すためにその場を後にした。
昨日の夜のうちに書ききるつもりでしたが、寒さしのぎに布団に潜っていたせいで寝落ちしました。
布団は恐ろしい代物です。




