魔人
「ん、んぅ〜?はっ!僕は一体なにをっ!」
「おー、やっと起きおったか。」
手足が『拘束』されたケリーが目を覚ます。だいたい10分ほどだろうか。永遠と『洗浄』の魔法をかけ続けたので、あたりの地面は水と融合し、泥になっている。
「ぐっ、はなせ!殺すなら殺せ!」
ジタバタと暴れるケリーに『静寂』の魔法をヒルシスさんがかけた。
一瞬で力が抜け、死んだような状態になる。圧倒的な相手に対してはこんなにも大きく効果が出るのか。
「のう、ケリーとやらよ。この結界を解いてはくれんか?」
「だ、ダメだ!これは母さんの命がかかった魔法なんだ!」
小さな声であるが、はっきりと事を言うケリー。
『静寂』の魔法は体のみの神経を鈍らせ、頭の回転をそのままにする超高位の魔法である。
やはり、獣神様はただのおっさんではない。
「困ったのう。おぬしは殺させんと小僧が聞かんし。」
「……なぜ、俺を殺さない。殺せば直ぐに外へ出ることができる。なぜそれをしない?こんな悪人にどうして情けをかけるんだ!」
ケリーが話すたびに泥の水たまりが波紋を呼ぶ。木々が優しくざわめく。
父さんは今頃ピリーと戦っているのだろうか。
母さんは全て制圧できているのだろうか。
そう感じるほどに森は静かだった。
「君を殺せば本当の悪になってしまうからだよ。っていうのはただの偽善かな。でも父さんは喜ばないと思う。きっと俺の生還には喜ぶだろうけどね。」
「くそ、わけわかんねえ。」
「うん、僕もよくわかんない。けどさ、君が死んだら悲しむのは父さんだけじゃないと思うんだ。」
よくわからないという顔をするケリーに続ける。
「だって、君のお父さん、ケリーが結界に入った時すごく驚いてたよ?たぶん予想外だったんじゃないかな。それでね、ピリーさんの口元を見たんだ。契約内容が変わってるんじゃないかって。」
「オ、オヤジがそんなに甘いはずがない!俺たちのことを駒としか思っていないし、あの人は目的に手段を選ばない人なんだ!だから、契約の内容を変えているなんて思えない……」
俺はそっとケリーに近づき、拘束を解く。
しかし、『静寂』がかかっているので動くことはできない。指先ぐらいなら動かせるかもしれないが、特に今はないだろう。
「一応言っておくと、契約内容はケリー……君の降参だよ。」
「降参だって……?そんなことするわけないだろ!そんな規格外な強さを持ったバケモノをオヤジのところに送れるわけない!」
彼は気づいていないのだろう。
「ピリーはたぶん俺がリハンを追うことを優先するはずだと思ったんだろう。もし負けることがあるなら降参し、命だけでもあってくれと。ケリー、君はそんな父の思いを無駄にして命を散らすつもりなの?」
目を見開き、下を向いて地面と向き合ったケリーは静かに震える声でこう告げた。
「オ、ヤジ……俺の負けだよ。俺の負けでいいっ!だから、オヤジを助けてやってくれ!」
あ、いや、そんな責める気は無かったんだけど……。
「ふむ、何かあるのか。お前の父には?」
ケリーの背後にある結界がゆっくりと崩壊していく。いくつもの割れ目が走り、ポリゴンとなり弾ける。
「オヤジは紅黒蒼石を使おうとしてる……」
☆☆☆☆
「紅黒蒼石だって?」
アンドラキスタス邸から俺が初めて盗んだ石のことだ。厳重な警備の元、盗み出すのは意外と簡単だったが絶対に石を直視してはいけない、というものだ。
「ああ、わしも知っておるぞ。石を直視すれば魔人堕ちするとかいうやつたわろ?」
それにようやく座ることのできたケリーが小さく頷く。
たしか、ヤハーナさんも言っていた。
一定時間直視すればどんな生き物でも魔人、魔獣化してしまうと。
「つまり、それを使おうとしてるっていうことは……
」
「ああ、その通りだよ。俺のオヤジは自ら魔人化しようとしているんだ。」
彼の手が強く握られる。
その手はプルプルと震えていた。
「俺は反対したんだ。もともと盗賊のくせに偽善なことをしようとしていた月光蝶には反対だったけど、オヤジが犠牲になることなんてなかったんだ。」
俺とヒルシスさんは顔を見合わせる。
なんとしてでも止めなければならない。魔人化……あんな悲しいことがもう起こらないように。
「まだ犠牲になってるかどうかなんてわからないと思うよ。たぶんピリーは逃げる時の奥の手で使おうとしてるんだよ。ピリーは腐っても第五師団の団長だ。しかも、防御魔法の使い手であることも考えると、リハンもこの短時間でそこまで追い詰めることはできないだろう。
「ヒルシスさん、早く止めましょう!」
「そうだな。魔人とやるのは久しぶりだ!」
ケリーを担ぎ、ヒルシスさんが立ち上がる。
よし、リハンを助けに行こう。魔人化を止めなきゃ!
「で、小僧。どっちにリハンがいるのか分かっとるんか?」
「あっ……」
やべえ。全くわからん。
俺は探知が使えないからピリーの魔力もリハンの魔力も探せない。
「小僧探知使えんのか?全く仕方ないのぅ」
「お、もしかして使えるんですか!?」
「手当たり次第に探すしかあるまい。」
「ええー!それじゃあ間に合わないじゃん!」
頼りならおっちゃんだと思ったのに、ていうかこの人戦闘面以外で活躍しなさそうなんだけど。
ていうかこの人なんで楽しそうなの。
「ぉぉ〜ぃ!ぉおーい!テルマッドー!」
教会のあった方から声が聞こえてきた。何人もの月光蝶の人たちを連れて走ってくるアンジュの姿が見えた。全く無傷なのが恐ろしい。
「かあさ〜ん!僕らは無事だよ!」
俺たちのところに追いついてきたアンジュ率いる月光蝶の精鋭部隊はどうやら探知も使わず走り始めたところだったらしく、不気味に木が生えていないところを怪しんできてくれたらしい。
あのおっさんの言うとおりにしてたら余裕で迷ってたな。
こちらの分かっている状況を全てアンジュに伝え、ケリーを厳重に『拘束』してから、第四師団員に村まで送り届けるように頼んだ。
そしてアンジュとあった際の一言めは……
「その獣人さんは誰かしら?」
「ええと、ヒルシス・アーカイブスさんです。」
みんなの顔が瞬時に嘘くさいおっさんを見る目に変わる。
武器に手をかけている人もいる。しかしこればっかりは冗談ではないと思う。
圧倒的な魔力に、戦闘でのカリスマ。
ただの獣人ではないことは確かだ。
「それに召喚の対象となるってことはそれに耐えることができる強さがあるってことだよ。だから多分彼はホンモノ。」
「す、すごいわ!架空の人物だ思ってたけど本当にいたのね!握手していい!?」
「おぬしがアンジュか。なかなかべっぴんだな?」
素直に握手に応じるヒルシスさん。
やはりこのおっさん、性欲を持て余す変態ライオンだな!
「すまんのう、握手は一列になるんだ!」
めちゃくちゃ人気じゃないっすか。
ヤハーナさんもちゃっかり並んでるし!あの人宿にしか興味ないと思ってた!
「そ、そんなことより母さん!父さんの居場所!」
どうして魔物化の話とか第五師団が考えていた王国騎士による討伐作戦のことを聞いてもそんなに気楽な感じで行けるんだろう?
「大丈夫よ、今ヤハーナに探知してもらってるわ。魔人化が起こると、魔力の異変が感知できるもの。まだ大丈夫よ。でも急がなきゃね。」
アンジュが言い終わった直後の事だった。
「団長の魔力を確認!ここから600m西です!」
「了解!ライダーとエルは先行して結界を張りなさい!」
エルさんはおなじみ第六師団の団長でライダーと呼ばれたバッガスさんに負けないゴリゴリの人は第八師団の副師団長で、巨躯を持ちながら俊足という矛盾の存在。主に偵察関係で役立つ人だ。
今回はライダーさんがエルさんを運んで、結界を張るらしい。
「第二師団は援護しながら、魔人化する前に止める!全力を出しなさい!…………」
かなり早くに的確な指示をそれぞれの団に出していき、自らもリハンのところに助けに行こうとしている。
「母さん、俺も行くよ!」
「もちろんよ、テルマッド!私達の村と、私達のリハンを助けるわよ!」
笑顔で俺にそう告げると急に真剣な表情へと変わり、
第二師団が全員顔を見合わせる。
俺もだいたいその意味が理解できた。
「魔力が気持ち悪くなったね……」
「ふむ、魔人化しおったか。」
「急ぐわよ、みんな!これが魔人化ならリハン単独では相当危ない!」
アンジュの言葉を聞き終える前に、指示された全ての師団が一斉に西へと向かう。
一瞬風の向きが変わったように感じた。それほどの速さだ。
「では、小僧。わしらも行くとするか。」
「僕は戦力にならないけど、精一杯頑張るよ!」
電光強化を自らにかけ、ダッシュするために踏ん張りを入れた瞬間、体が宙に浮いた。
横を見るとヒルシスさんのおっさん顔が横に来た。
「小僧では遅いからな。」
「え?」
☆☆☆☆
それはジェットコースター顔負けの速度だった。
緊急時以外はおっさんに乗って移動しようとは思わないな。
「おえっ!」
「なんだ、小僧。だらしがないな?」
だって、だってあんな速度耐えれるわけないよ!
既に出発していたはずの師団の人たちを次々に抜かして行くし、最後はアンジュの横まで来てたし!
「テルマッド、英雄さん!あれが、魔人よ!」
俺たちの目線の先には、壮絶な戦いの後を象徴する抉れた地面の上に館のような大きさの黒い異物と小さな人間が立っているのが見えた。
次回、最終回
明日更新




