誘拐
「おはよう、テルマッド。やっと起きたのね?」
目を覚ますと見知った天井に、見知った女性。
どうやら、俺は家のソファーに寝転がっているようだ。
うーんと伸びをして、窓の方を見る。
「うわ、もう夕方じゃん。どれくらい寝てた?」
「4時間くらいかしら?」
俺からの質問に「そうね」、と一瞬天を仰いだアンジュは時間を口にした。
なかなか眠ったな。なんか体の節々が痛いし。
昔から昼寝はしないタイプだったからな。いや、昼寝できないタイプと言った方が正解かも。
「父さんは?」
リビングに姿のない父の行方を聞く。
もし俺が4時間寝ていたのだとしたら、俺の試合が始まったのが2時で、現在6時ほどのはずである。
1日目はそこまで長く片付けなどをするわけでもないのですこし気になったのだ。
それに、ロザリーの不可解な現象についても一応伝えたかったのだが。
「リハンは少し用事だって。もうすぐ帰ってくると思うから、その時にご飯にしましょ?」
と、言うのと同時に家のドアが開いた。
「ただいま〜。ったく疲れたよ。」
「おかえり、リハン!」
「おかえり父さん。」
父リハンが姿を見せた。
確かに疲労が溜まったような顔をしている。
どうしたんだろうか。
「もう闘技場結界がギリギリでさあ。試合激しすぎだよ。」
闘技場は様々な威力の魔法や、攻撃に対して、結界を張ることでその攻撃から耐えている。
設置用の永続結界なわけで、頑丈なものになる。
そのぶん団の皆が精を出して結界を作るのだ。しかし、その結界が今日の戦闘が激しすぎて、修理に魔力を使ったんだろう。
「魔力的なことじゃなくてさ?精神的にだよ、精神的に。」
「なるほどね。ずっと修復作業してると疲れちゃうもの。」
そういうものらしい。
まあ、なんというかお疲れ様。
子供にはわからないことだ。
「さ、ご飯にするわよ!」
俺たちはダラダラと机につく。
アンジュは台所から鍋を持ってきた。
確か、ウィンターの鍛治の師匠が作ったものらしい。鍛治っていうのは、武器だけを作るわけではないんだな。
「今日は昆布で出汁をとったの。どう?美味しい?」
パクリと肉を一口。
うん、おいしい!ここでは動物の肉が取れないので、横にある森まで狩猟に行くが、取れる動物は様々で鹿、猪、鳥はもちろんパイタンという高級牛まで獲れる。
今日のは鹿肉だ。
「おいしいね、アンジュ!やっぱりアンジュの料理は天下一品だよ!」
「おいしいよ、母さん。」
俺たちのお褒めをもらったアンジュは嬉しそうだ。
なんかちょろいな。
いや、ちょろい。
「た、た、たた大変だ!」
そんな穏やかな食卓をぶち壊した声が我が家に響いた。
その声はいかつく、よく通る声だ。そして俺も聴きなれた声。
「どうしたの、バッガス?」
リハンが声の主に質問する。
かなり慌てた様子のバッガスさんに多少なりとも驚いているらしい。
アンジュもどうしたのかという視線を送っている。
「ロザリーが帰って来ねえんだ!」
☆☆☆☆
「な、それはどういうことですか!?」
たしか、俺との勝負が終わった直後に、バッガスさんの元へロザリーは報告に向かったはずだ。
闘技場は大きいが、昼から審判ではなく審査員をしていたバッガスさんはスワイプ先生のように部屋が割り振られている。
皆必ず師匠方の部屋を確認するはずなので、迷子になるはずがない。
「いや、俺もわからん!だから、団長!どうか!どうか、ロザリーをっ!」
「わかった。落ち着けバッガス。」
泣きながら懇願するバッガスさんにリハンはかがみこんで、小さく呟いた。
「バッガスさん、ロザリーに今日会いましたか?俺との闘技の後です。」
「い、いいや。その時からあっていないが、もしや心当たりが!?」
俺と別れた後、バッガスさんにあっていないということはバッガスさんはケリー家の謎の計画を知らないということだ。
くそ!なぜ、俺は先生たちに報告しなかったんだ!
「父さん、バッガスさん、よく聞いてください。多分これはケリー家の仕業です。」
ケリー家の名前を出すと、すこし父の顔が揺らいだ。
バッガスさんは軽く驚いている。
そして、こう返答してきた。
「な、なぜそんなことがわかるんだ?」
「いや、実は……」
俺は事の顛末を話した。
ロザリーはなんらかの出来事でケリー家のピリー君に洗脳に近い形で操られ、そしてバッガスさんに報告しに行くと言って、消えた事だ。
「く、くそが!もしそれが本当なら、団長……」
「ああ、然るべき処罰を受けさせねばならない。」
リハンな顔が変わる。
父の顔、家庭で見せるあの顔が一変し、団長の顔へと変わった。
「実はな、バッガス。私の方も事前に奴らのことを調べていたんだ。」
「もしや、あの一件ですか?」
そして、2人は奥の談話室に消えていった。
俺とアンジュだけが残った食卓はすこし寂しいような気がした。
すると、パチンと手を叩き、アンジュがご飯を食べようと提案して来る。
ロザリーのことは心配だが、今回は俺一人ではない。
「でも、ロザリーちゃんは心配ね。多分リハンがなんとかしてくれると思うんだけど……」
「僕たちも何かできないかな?」
お得意の天を見上げるポーズで、少し間を開けた後アンジュはこう答えた。
「私たちでロザリーちゃんを探すっていうのはどう?」
いや、それは父さんがやってくれるんでしょう?
俺たちはもっとバックアップというか、情報収集というか……
「よぉし、なんかやる気でできたわ!とりあえず私の師団を呼びましょう!ケリー家は最近麻薬の密売とか、行商人の襲撃とかいろんな噂が立っていたし、彼らとは長い付き合いだけど、ゴタゴタに紛れて今のうちに消しときましょう。」
こ、こわ!!
「じゃあ、俺は明日に備えて寝ておくので、おやすみなさあい……」
「あら?どこに行くの?あなたがロザリーちゃんの第一発見者よ?」
そっとドアを開けて、自室へ戻ろうとする。
すると、首根っこを掴まれた。ひょいと、体が宙に浮いた。これ結構苦しいんだけど。
「ま、まだロザリーは死んでないと思うよ……?」
「……………」
無言の笑顔がこええよ!
☆☆☆☆
「でも最初にどこを当たるの?全く情報がないんだけど。」
見慣れた村を歩く俺たち。
既にみな、自分たちの家に帰っており、外に出ているものは見張り役以外誰もいない。
「ねえ、ケリー家は今日見た?」
東の村の入り口を見張っていた2人に、アンジュが声をかける。
すっごくイカツイ感じの人たちに話しかける。
「おっす、姉貴。今日は数回見ましたね。村の外には出てないと思いますが。」
しっかりと頭を下げられている感じ、やっぱり副団長なんだなあって思う。
しかし、一番見つかりにくい東側から村の外に出てないとなると、本当に村の中にいるか、それとも見張り役の人たちが買収されているかだが。
「そう、ありがと。よし、テルマッド。ヤハーナのところに行くわよ。」
少し走って行くと、小さな一回建の家に着いた。
雰囲気は宿のようで、勝手にアンジュが中に入ると、ヤハーナさんはカウンターに座って何かを飲んでいた。
「あ、副団長!……と坊っちゃま。どうされました?」
母さんの後ろから俺が出てきたら確実に落胆した!絶対テンション下がった!
と、そんなことよりどうして母さんはヤハーナさんのところへ来たんだろう?
「ヤハーナ、急に来てごめんなさいね?でも緊急なの。」
ヤハーナさんも母の話す緊急性を察し、グラスを置きながら立ち上がった。
「とりあえず第二師団を呼んで頂戴。それからある魔力を探して欲しいの。」
「師団員の方は既に連絡を飛ばしました。ある魔力とは?」
確か、母さん率いる第二師団では魔力の発信を応用した連絡網というのがあるらしい。
詳しくは教えてくれないが、1回の魔力点滅であればとりあえず集合。2回であれば作戦撤退。3回は作戦遂行、4回は緊急集合。
こんな風に師団によってそれぞれの特徴がある。
多分今回の場合は4回だと思う。
「バッガスさんのところのロザリーちゃんよ。」
「ロザリー嬢ですね?私あまりお会いしたことがないので少し手間取るかもしれませんが……」
未だにヤハーナさんの『探知網』にはよくわからない点が多い。
今の発言を聞く限り、よく知った魔力しか探せないらしい。
「え!?なら探せないじゃない!」
「い、いや、すみません……」
ん?
近似した魔力を探したらいいんじゃないのか?
魔力は血の親しい者と波長が近似するらしい。かつて俺が魔人モドキのルートと戦った時、俺とは全く違う波長だったのだ。
特別はっきりと魔力の波長を感じることはできないが、本当の両親とは触感が違う。
「バッガスさんとよく似た波長を探すのは?」
「……!?」
「も、盲点だったわ。こんな単純なことに気づかなかったなんて……」
この二人ってドジなところあるよね。
「早速探して。あの波長の魔力は2つしかないはずよ。」
たしかロザリーのお母さんは貴族の襲撃を受けた時にたまたま巻き込まれたんだったか。
バッガスさんに負けず劣らず、かなりのバトルアックスの使い手らしかったが、どうしてあの程度の襲撃で……?
「今回はフルでいきます。最短で見つけた方がいいと思うので。」
そういうと、カウンターの中の扉に入っていき、少しすると赤色の鉢巻を持って出てきた。
随分大事そうに扱っているので、高価なものなのかな。
「私が作ったやつじゃん!まだ持ってたんだね、それ。」
「す、すすすてるなんて恐れ多い!」
イチャイチャしてないで早く探してください。
『多重探知網』 『高速情報処理』
あぐらをかいて、近くの床に座り込み、ギュッと目を閉じたヤハーナさん。
その瞬間ぐるりと魔力が曲がったような気がした。
渦巻きのようにヤハーナさんの周りを周回した感じだ。
「見つけました!東出口から少しいったところにある教会です!もう1つは副団長の家にあるので間違い無いと思われます。」
「よし、わかったわ!もう集まってるわね?」
アンジュが振り向くとドアの外に8人ほどの男女が武装し、立っている。
その装備も武器も様々で、共通していることが1つ。
そこに立つ全員がが眼帯を巻いていることだ。




