闘技場⑤
「くそっ」
全く使えないやつだ。戦闘力があったとしても、有能かそうでないかの判断は難しいところだった。
今回ばかりは自分のミスでもある。
しかし、滅多に村に顔を見せない奴を中から潰すには一定以上信頼のあるやつをけしかけなければならなかった。
と言っても、俺の信頼がない者には任せられない。
もし、裏切られてしまったらオヤジごとこの村からパーになっちまう。
だが、俺は一人の女に目をつけた。
帰ってきた奴にどこか恨む目を持ち、すでに心が破綻しそうにみえた女だ。
それにその女は失踪事件前はかなり奴と仲良くしていたはずだ。
それがどうだろうか、手のひらを返したように奴に反抗的な態度をとる。
くはは、なんて愉快なんだ。
あの女の説得は随分早く終わった。
優しくしてあげた分、俺に忠誠を誓った。
だが、なんだ。試合の最後に手を繋ぎ、まるでロザリーが奴を引っ張ったようにみえた。
俺の邪魔な存在。オヤジの壮大な計画の邪魔になる存在。
あいつだけは許さん。
準決勝を兄さんに当てるか。
ロザリー戦でかなり消費が激しかったはずだ。そこで、兄さんと戦ってみろ。
「くふっ、ふはは」
よし、計画は第二段階だ。
☆☆☆☆
「ちょ、おい!ロザリーったら!」
「はっ、ごめん!」
戦闘が終わると、ロザリーに手を引かれて控室まで連れてこられた。
武器はすでに返してある。
そして、幾度か声をかけると手を離してロザリーはこちらを向いた。
「ほんとッ!ごめん!」
「いや、何が?」
急にべっこりと頭を下げられても、どういうわけかさっぱりわからん。
試合のことなら俺が勝ったんだからどっちかというと俺が謝るべきじゃ……
「わ、わたし。私、テルマッドにひどいこと言っちゃって……ぐすっ」
ん?もしかして失踪事件から俺に対する態度が急に冷たくなったことを言っているのだろうか。
ただの反抗期かな、と思っていたのだが、この反応を見る限りそうではないようだ。
「よしよし、別に気にしてないからな?」
「ん、ほんと?」
涙で赤くなった目をちらりと俺に向け、俺の反応を待つ。
小さく頷いてやると、もう一度ギュッと俺の手を握った。
「この闘技場、辞退して?」
「は?」
どういうことだ?
ここまで頑張ってきたのに、急に辞退しろだなんて意味がわからないんだけど。
「このままだと、テルマッドが誘拐されてしまうの!」
「なっ!?」
誘拐って、あの誘拐か?
俺の命を狙っている邪悪な存在がいると?
「でも、なんで闘技場を辞退しなければならないんだ?」
みんなの目の当たる闘技に出ていれば誘拐される恐れもなくなると思うんだが。
「ケリー君よ。ピリー家の。」
ああ、かなり強いって評判の人か。
彼なら今も無事に勝ち上がってきている。
去年も出場していれば最強の彼がどうして俺のことを?
「私も彼に操られたの。記憶が少なからずありながら、どこからかの声が聞こえてきて……」
なんだよそれ。マインドコントロールと言うよりは洗脳に近いな。
だが、ロザリーはそんな簡単に洗脳されそうにないが。
「結構過激な内容だったんだろ?その声ってのは。バッガスさんに相談しなかったのか?」
身近で力を持つバッガスさんならどうにかしてくれると思うんだけど。
もしかしてそれも洗脳で阻まれていたのか。
「それはその……」
ん?なんだ、言いにくそうだが。
「じゃあ、どうしてすぐに洗脳されちゃったんだ?」
するとさっきまでケリー君を許さないような眼光をしていたロザリーの視線が泳ぎ始める。
なにかやましいことでもあったんだろうか。
「そ、そそんなの言えるわけないじゃない!」
「痛ッ!!」
なんで殴られたんだよ。
「とにかく辞退してって言っても聞かないだろうし、できるだけ注意して。私は敗退しちゃったからパパのところに行って、この事伝えてくる。それまで絶対一人になっちゃダメだよ?」
わかったと手を挙げてそれに応じると、返事は、はいだ!と言われた。
何かとお節介なんだな、俺の幼馴染って。
しかし、それはまた随分大変なことになった。
俺の命が狙われているなんて、両親が知ったらどうするんだろう。
とりあえず昼休憩が挟まれる時間なので、師匠達の元に戻ろう。
☆☆☆☆
だいたいなんのために俺なんかを襲うんだろう。
一番思われる可能性はやはり団長である俺を人質にとっての脅迫か。
「兎にも角、師匠方がいる部屋はっと……」
たしか302号室だったな。
闘技場には審査員席という審査員専用の見物席がある。
そこからそう遠くない場所に審査員のための部屋がいくつもある。
闘技場とは自らの師匠に認めてもらうために闘技し、認めてもらうための行事である。
敗退してしまうと大体の参加者達は彼らの部屋へと赴き、評価を受けるのだという。
俺の場合、予想以上に勝ち進んでしまったため、昼食を機に、師匠方の部屋へと足を向けた。
あの人たちも俺以外に弟子を持っているはず。
なので俺が向かう部屋は、誰も弟子をとっていないスワイプ先生の部屋だ。
「こんにちはー」
「うす」
ガチャリとドアを開けるとソファに頭をおいて、お菓子を食べているスワイプ先生と俺の目が合う。
あの人は俺との訓練以外は何をやっているのか全くわからなかったが、ずっとダラダラしてそうだなあ。
「他の先生方は?」
「さぁね?まだ自分の部屋じゃない?」
スワイプ先生は左手で頭を抑え、体をこちらに向けると、興味のなさそうな口調で答えた。
俺はふと、ずっと思っていた疑問を口にする。
「スワイプさん、結局スワイプさんって男性なんですか?それとも女性?」
声や、顔立ちは中世的で、女性なのかなと推測していたが、組手をやっていた際に、すこし胸が寂しすぎるので正直なところわからくなっていた。
それに女の人にしてはパワーも強すぎるし。
「君的には?」
「僕的には男性ですかね?」
だって、女性だとこれまでの組手だとか、これからの接し方とかわからなくなっちゃう。
まあ、男性と言われてもなんだかって感じ……これ結局聞かない方が正解では?
「じゃあ、男でいいよ。」
「え?」
「意思の尊重だよ。」
関節を決められて、30秒ほどギブアップを宣言していた俺にさらに別の体位で追撃をかけてくるあなたが意思の尊重と?
「ま、まあいいです。それで僕の試合どうでした?」
早速俺は本題をぶつけることにする。
まあ、結果勝ってるんだし、何言われてもどーんと来いって感じだし。
「んー、君もまだまだ弱いよね。」
「なっ!」
なんだとっ……やはりここまで上がってこられたのは奇跡というのか、偶然というのか。神よ、ありがとう!
「おお、もうきておったのか。」
ドアが開いて、顔をのぞかせたのはバラガさんだった。体に不自由がありながら、団内屈指の最強剣士だ。
彼の教え方は非常にわかりやすく、人気も高い。
弟子も多くとっているのかな。
「おかげさまで、準決勝まで勝ち進んでこれました。」
「いやいや、テルマッドの実力じゃよ。」
と、軽く戦闘に対する指南を受けていると再びドアかわノックされる。
どうぞ、と俺が声をかけると入ってきたのはシナミィさんだ。
「おつかれ様です。よく頑張りました。」
「わわ、ありがとうございます!」
は、初めて労いのお言葉がシナミィさんから!!
感動で枕が濡れちゃいそうだ。
「でも油断はダメです。次の相手は急遽ルピー家の長男、ベリーに決まりました。相応の覚悟を持って挑みなさい。」
な、なんですとっ!
たしかベリー君は違うブロックだったはずだが。
おいおい、これでどんどんルピー家の計画性が濃厚に……
「バックスタブ、よかったよテルマッド。」
「おあっ!?」
耳元でボソッと囁かれ、右手を向くと、そこには静かに女性が佇んでいた。
そう、ミマーフルさんだ。彼女から教わったバックスタブが決め手となった。
「ミマーフルさん、本当にありがとうございました!」
「ふふ、いいのよ。」
彼らには感謝感謝の言葉しか出てこない。
ほんと恵まれてるなあ。残りの試合も頑張ろう!
☆☆☆☆
彼らと共に昼食を取った後、俺はスワイプ先生と2人になった。
俺は弁当を片付け、外に出ようとドアノブに手をかけた。
「テルマッド」
不意に名前を呼ばれる。
確か、ここにはスワイプ先生しかいないはず……でもスワイプ先生ら俺のことをテルマッドとは呼ばないし。
「はい?」
「これ」
返事をし、振り向くと、スワイプ先生が一冊の本をこちらへと差し出していた。
赤く塗られた表紙に、金糸の装飾。
確か、俺がウォール街のキラさんから渡されて、自分の部屋に置いておいたはずだが……。
「この本……どうしてスワイプさんが?」
「だんちょーからだよ。しっかり読んどけってさ。」
え、でもなんでこんな時に?
確か、キラさんは魔伝史って呼んでたな。
しっりかりと紐で結ばれていたし、高価そうだったので開けるのも躊躇していた。
「なに書いてあるんですかね?」
「自分で確かめれば?」
相変わらずお菓子を食べながら答えるスワイプ先生。
な、なんだか怖いな。少し開けるのにも覚悟がいる。
……なんなら、ここで開けてしまうか。
「スワイプ先生、あの、ここで読んでもいいですかね?」
「ん?んん……ま、いいけど。」
お礼を言って、スワイプ先生の横によっこらと座る。
そして紐を解き、一ページ目を開いた。
そこに書いてあるのは一列だけの文だった。
『この本を開いたものに授ける知識こそ、我一生の宝』
次のページをめくると、獣人の国の歴史が書かれていた。
その歴史は人間との戦争戦争戦争。
そしてその戦争を終結させた英雄の話。
読み進めていくうちに、その英雄が著した本であることがわかった。
えらく古い本だったが、なんらかの魔法で保存が効いていた。
『この魔法、獣人のために使うべし。そして、平和のために使うべし。』
その言葉の下に綴ってあった魔法。
その名は……『獣神召喚』。
『どの種族であろうと、どの状況であろうと、我平和の元に呼び答えよう。』




