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タイミング

  「うゔ!」


  強烈な魔力が身体を襲う。

 これまで晒されたことのない強さと、恐怖が鍛え抜かれた身体の自由を縛る。


  目を開ける。


  寸前にいた。

 

  死ぬ。


 獣人特有の身体能力と、これまで培ってきた実践の経験により、持っていた赤刀を反射的に奴に振りかざす。


  両断された大きな力が剣に沿って、魔力の塊にぶち当たる。一瞬鈍器で人を殴ったような音が鳴り響くが、そこにはあるはずの塊はない。


  砂煙が晴れると魔力の塊がダリアネスの刀を手で握っていたのだ。


 獣人の彼女は瞬時にこの出来事を悟った。

 明らかな戦力差。

 先ほどまで見せなかった強靭な魔力。


 今、目の前の敵に勝てることはできない。

 どうする?どうすれば?


 ダリアネスは困惑した。

 確実に勝てるという自信を持っていたからだ。

 この強力な(つるぎ)に勝てるのは同じ魔人のみだと。

 そして負けをほとんど知らない彼女の余裕が命取りとなってしまったのだ。


「なにっ!!してんですか!」


 刀を優位に捉えられ、呆然としていたダリアネスは目を見開いた。

 視線の先は魔力の壁に右ストレートを入れたヤハーナだった。


 その目は赤く染め上がり、一発の拳に全てがかかっていた。

 圧倒的な力。そして赤色の目。

 それはどこかで見た光景であった。


「魔人…?」


 口から出たのは、この世界で聞けば震え上がる悪魔の代名詞。

 そして私が秘刀にしている切り札を正面から受けながらも、出血のみの傷害。


 なにより、先ほどと違って、今、自我を完全に消失させたように見えた。

 魔物の強化版のように戦っていたが、これは言い伝えにある特徴とそっくりではないのか?


 同時にダリアネスは助けてもらったヤハーナに感謝した。

 彼女に泣きつかれた時は流石に焦った。

 ヤハーナも表向きは平然を装っている。


 しかし年頃の娘には変わらない。

 私より圧倒的に年下なくせにしっかり者である。

 ムカつきはするが…。


「ありがとう、ヤハーナ!」


 打撃の衝撃時に私の剣が中へと解放される。

 魔人が後ろは仰け反り、それを追うようにヤハーナの拳が続く。


 ダリアネスはヤハーナの服を掴んで後ろに放り、剣で全力の剣撃を決める。

 構えのない、隙間しかない相手を切るほど楽で、確実なものはないだろう。

 これまで出たことのない速度のラッシュに驚く暇もなかった。


 どんどん魔力を削り、自分のものとする。


 やがて、ダリアネスの視界が揺らぎ始めた。

 魔力の取りすぎ。

 つまり、過剰摂取によって器に入りきらないところまできたということである。


 これ以上吸えば、器があふれ、体全体を侵食する。


 思いっきり右脚で奴の腹部分であろう場所を蹴飛ばし、私たち2人も大きく仰け反る。


「ちょっと!服を引っ張るってどういう神経ですか?私の首を締めて殺そうとした?この場面で?ありえませんね。私がいなければ…」


「ごめんって!!私の剣をあのままお見舞いしてたら即死よ?そくしぃ?」


 まあ、確かに。と小さく声を漏らすヤハーナ。

 今度は言い返すことができたと自信満々のダリアネス。


「決着をつけましょう。」


「そうね〜」


 ダリアネスの魔力は満タン。

 ヤハーナは温存しすぎた体力で、まだ新品と変わらなかった。





 ☆☆☆☆





「んぐっ……いっ!!」


「ハァ…ハァハァ…」


 地面に突っ伏す人間と獣人。

 その上には圧倒的な力の持ち主。

 堕ちた魔力は自我を消滅させ、力を与える。


 そして強力だと気づかれた彼女らは真っ先に排除された。


 何もできず。


 何も抗えず。


 決して彼女らが弱かったわけではない。

 闇の力とは禁忌。

 手を出してはならない禁術であり、善を失い、悪を得る。


 ルートはまた歴代の魔人と同じ末路を辿るまいと決めた。

 今や、その心はない。


 破壊、悲しみ、後悔。

 すでに戻らない過去、未来。


 なら全て消してしまおう。

 何も、誰も残らない。



 現実を。






「くっそ…。こんなところで…アンジュ隊長に殺されてしまいます。」


 不服の声を出すヤハーナ。


「今はそんなこと言ってられないよ?アンジュ?さんとやらに殺される前に、こいつに殺されるし。」


 死を覚悟すればいっそ楽なものだ、と微笑が漏れる。


「あなたと墓場なんて吐気、嗚咽、リバースです。」


「ひでえな……はは。」


「ふふ…」


 魔力の濃度がどんどん上がっていくのがわかる。

 2人とも目を瞑った。


「私は楽しかったけどな。」


「私は100年も生きてませんので。おばあちゃん。」


「しね」


 2本の拳が豪速で我々に飛ぶ。

 一気に2人処理できるようにだ。

 合理的か、心情的か。


 飛ぶ速度が一瞬だけわかった。

 空気が揺れた。

 歯をくいしばる。


 誰だって死は恐怖だと知った。




 ダンッッーーー




 とっくに命は空へと昇っている時間だ。

 もしかしたら走馬灯をくれているのかもしれない。

 死ぬ瞬間は記憶が駆け巡るとか聞く。


 いや、しかしさっきの打撃音はなんだったのであろうか?

 ダリアネスは小さく目を開け、隣で屍になっているはずのヤハーナを覗き見た。


 ヤハーナはすでに顔を上げ、ある一点を凝視しているようだった。

 私も視線をそれに合わせる。


 助かったとは思わない。

 ヤハーナの表情から恐怖が抜けきれていないのだ。


 前方には多数の男と女が武装してこちらへ歩いてきていた。


 ヤハーナとダリアネスの中間にゴリゴリとしたおっさんが宙から着地した。


 ヤハーナは先頭に歩く、背の高い男性に見覚えがあった。


 そう、あの髪。

 あの目、あの魔力。


 盗賊団『月蝶』

 団長兼第1師団:通称《月組》師団長



  リハン=コル=エルストリア





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