記憶
過去回想編です。
2.3話で終わる予定です。
「ルートお嬢様〜?」
紫が混じった黒髪を馬の尻尾のように束ねた1人の少女が、周りをお屋敷の建物にぐるっと囲まれた中庭の中心に寝っ転がっていた。
端正な顔立ちに、青色のドレスがよく似合っている。
未だ少女という年齢のはずだか、胸の膨らみは年齢に比例しているものではない。
彼女…ルートと呼ばれた黒髪の少女は寝息をたてながら鼻腔を突く草原の香りを楽しんでいた。
もちろん夢の中で。
すでに午後の授業が始まるというのにぐーすかと寝ているルートは貴族の娘には見えない。
そんなお寝坊さんを起こしに来たのはテレスという少女。彼女は髪の毛を三つ編みにし、肩から2つを垂らして可愛らしい顔が真面目にも見える。
彼女はルートのお目付役で、アントラキスタス邸で一番年下のメイドでもある。
彼女が昼休み毎にルートを起こしにくる。
午後からの予定は毎日切羽詰まっているので、彼女自身睡眠時間を減らして欲しいのがこの時の願いだったそうだ。
授業も度々間に合わなかったルートだが、成績がウォール魔法学園においてトップクラスの実績を誇っていたために、教師も強く出られなかった。
おまけにアントラキスタス家の第一令嬢。
ウォール街で権力の一端を握る彼女の父を恐れ、魔法教師達は鬱憤を肥やしていた。
「あと…5ふん〜」
テレスが歩いてきた方向と反対側に寝返りをし、睡眠の延長を願う。
メイド内でも気の強く、責任感が人一倍あったテレスはそんなことを許すはずもなく…
「ダメです!貴女はこれからウォール貴族達を担うお方!今ここで寝っ転がるのと、40年後に侍女から扇がれて寝っ転がるのと、どちらがよろしいんですか?!」
「そんなこといわれてもぉ…」
強気な彼女は少し面倒くさかったが、テレスは歳も近いことがあってかルートが一番信用できる人でもあった。
小さい頃から同じ館に住まい、同じ食事を頂いてきた。経験こそがルートにとって一番の信用になり得たのだ。
もちろんテレスも同じで、互いに主従というより友という立ち位置を意識していた。
実際、半寝のルートを肩に担ぎ、講義室まで抱えて草むらを歩くテレスはどこか嬉しそうだ。
時たま当たる胸に苛立ちを覚えていたことは決して言わなかったが。
「また遅刻か。ほら、早く席につきなさい!」
講義室のドアを開けると2人以外は皆揃っていた。
授業は数分遅れていて、生徒から浴びる視線は既視感をも覚えない。
彼らもそんな状況に慣れっこなのか、途端に前を向いて講師に授業を急かす。
テレスがすぐに席に着く。
彼女の席は一番手前で講師の前だ。
小さく講師である40代後半の男が優しい声でありがとうとテレスに囁く。
ルートは右端の席で一番後ろ。
入り口の扉と対になる場所だ。
日当たりは良いし、誰からも見られることのないポイントはここ以外見つからなかったそうだ。
彼女は席に腰を下ろすとすぐに、昼休みの続きを始めた。
ルートは昔から万能だった。
感覚だけで色々なことができた。
授業を耳に入れるだけで全てが理解できた。
板書を一目見るだけで、覚えることができた。
生まれながらに彼女は天才そのものだった。
しかしテレスは違った。
どんなことにも疎かったし、決して勉学が得意とは言えなかった。
魔法の才もルートには及ばなかったし、足もそこまで早くなかった。
だが彼女の利点は努力をできたことだった。
人は自分で限界を決める生き物だ。
諦めをつくり、そこで勝手に満足してしまう。
だが、稀にその限界を限界まで引き伸ばせる者もいる。それが彼女だった。
彼女の勉強量は異常だった。
少し物覚えが悪い分、メイドとしての仕事をこなし終えた夜半に詰め込み、魔力が足りない分魔法を目眩みするまで使用して鍛錬を行った。
何と言っても可愛らしい顔を持っていたことが彼女の人生において、勝負の決め手だった。
美しいというより可愛らしい、その容姿により講師には愛され、贔屓された。
普通の主ならその待遇に嫉妬するはずだが、それを全く気にも留めないルート。
そんな2人だから関係がうまくいっているのかもしれないが。
「お嬢様、これから予定が詰まっております。」
午後の授業が全て終わり、豪華な私服に身を包んだ少年少女が楽しそうに話しながら歩いて講義室を去っていく。
既に残っている生徒は4、5人ほどで、彼らは講師に質問したり、お互いで勉学を教えあったりしている。
ルート達2人も人が少なくなった時を見て講義室を出た。前にはテレスが歩いており、つられるようにしてルートがぐったりとついていく。
「それじゃあ全部却下で。」
「いえ、ダメです。」
予定の量を聞く前に予定のキャンセルを命じたルートにキビキビとテレスは答える。
「大体ルートお嬢様はアントラキスタス家の令嬢。
これからのウォール貴族達を率いる身であるのですが?!」
聞き飽きた例文にルートは耳を抑える。
はいはいと聞き流し門の前で待っている馬車に乗り込んだ。
「こら、お嬢様!お話は終わってませんよ!」
続いて乗り込んできたテレスはいつものように、何も変わらないお説教を館に着くまで続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お嬢様!いい加減目を覚ましてくださいよう!」
馬車に体を揺られながら未だ目を閉じているルートにテレスは起きよる急かす。
これもまたいつもの光景だ。
なんら変わりない日常。
彼女ら主従にとっても変わらない。
馬車の運転手にも見慣れた光景。
だが、この日彼女らの運命に大きく狂いが起こる。




