怒号
かなりしんみりした回です…
やめてくれ。
大人へと1歩近づいた体の俺はそう思った。
普通の子供なら既に寝付いているこの時間。
過疎化が極限まで進んだ辺鄙な田舎にオレンジ色の光が灯っていたのは我が家のみだった。
親父は山から下りたところにある製造業の会社で働いていた。特に繁盛しているわけでもなく、かといってギリギリというわけでもない一般企業だ。
親父はそこで一生働き、社蓄としてこの世を去るべき運命。
しかし、現実は違った。
大都市への大きな地震発生。
急な株価の下落。
それに伴い製造の受注が格段に減った市場。
出回らなくなった金銭は日本の損大な被害に追い打ちをかけた。
それでもなんとか食いつないで会社を運んでいた父は、株価が右肩上がりに復興し、出世もあと一歩のところだった。しかしある事件によって、それは一瞬で奪われることになった。
社長の脱税発覚。
そのため世間の信用がガタ落ちし、それを取り戻すために、新社長は早急に人員整理を行った。
まず切られたのは父だった。
彼は若い頃からエリート意識の高い人で、部下達からもあまりよく思われてはいなかった。しかし、仕事ができたので特に音沙汰なく切られる心配もなかった。
…はずだったが、彼のPCに国税局が捜査に入った際社長の脱税に協力したと思われる証拠を発見。直ちに詳しく調べられたが、罪に問われるまでには行かなかった。
しかし会社側は違う。
そんな疑いをかけられていた社員をそのまま置いておくわけにもいかない。しかも新社長にとって彼がいなくなってくれることは都合のいい事だった。
なぜならこの新社長が脱税の主犯。
いや、罪を元社長になすりつけて自分が社長の座へ座ろうとした愚か者。
それが会社への多大な損害となることも知らずに。
そのバカのおかげで無職となった父はそんな真相など既にお見通しだった。それは親父を怒らせた。
しかし、タチの悪い事にその怒りをぶつける相手は会社ではなかった。
紅く燃えるような怒りの矛先は我々へと向いた。
当時母は村の小さな商店で働いていた。
村の中で唯一の商会であり、地元のおじいさん、おばあさん達の買い物は全てここでしていた。
ただし、服などの生活衣類や生活道具などは週に一度だけ来るバスで下まで降りて購入していた。
母と父はこの村の出身で幼馴染であった。
久しぶりに都会の出張から帰途した彼は真っ先に母の元へ向かった。
たわいもない話。
小学生や中学生時代の平和な恋愛話。
昔から彼らは仲がよかった。その事はお互いの両親も認知し、結婚にも賛成だった。
彼らもお互いを愛していた。
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結婚し、2年経った。
彼らは27歳。そして母、君代は子を授かった。
名は勇大。その意は父のように勇ましく、母のように大きな心を持つようにと、父方の親が名付けてくれたものだった。
当時は父の会社も軌道へ乗り始めた頃で、勇大はすくすくと育っていった。
彼が幼稚園へ入学した頃、妹の紫乃が生まれた。名の意は君代の母の名だ。彼女の母は既に亡くなっていたが、紫乃は君代の母と生まれ変わるように生誕したので、そのまま漢字のみを変えて名付けたのだ。
幼い頃から紫乃は活発で可愛い子だった。
小学生となれば地元の男の子から告白が相次いだ。
そんな彼女も勇大とその友達の渓といつも遊んでいた。
勇大が地元の農業専門学校に入学し、紫乃も中学校へ入学した時。
親父の急なリストラ。
異常なまでもの飲酒にアルコール依存性となり、酒がなくなれば暴れていた。その父に酒を与えるため母親が必死に働き、パートを掛け持ちして身を潰していた。
そんな状況に耐え切れず親父に内緒で俺も働いていた。紫乃も牛乳配達のバイトをして少しながら稼いでいた。もちろん親父には秘密だ。
しかしその晩は違った。
「紫乃…いくらもらったんだい?」
酒が満腹まで入り、落ち着いた父は紫乃のバイト姿を早朝に発見し、晩御飯を食べ終わった頃妹に問い詰めていた。
「いくらもらったと聞いてるんだ?」
親父は母が稼いだ金をほとんど全て酒へと注ぎ込んでいた。その汗水垂らした金は流れるように父の腹へと収まる。
紫乃は給料を渡せば親父が全て酒に使うと思い黙りこけていた。
「なんでお父さんを無視するんだ」
彼の怒りはふつふつと湧いていた。
唯一自分の言う事を聞き、飯を作り、酒を出す家族。それは彼の中で都合のいいものだった。
その奴隷が俺の言う事を聞かなくなった。
「クソが!何か言いやがれ!この野郎!」
1発紫乃の顔を殴る。
まだ中学生の彼女は横へと体が倒れる。
そんな事も御構い無しに、親父はその腹を踏みつけようとする。
俺は動こうとした。
親父の後ろで正座していた俺は今すぐ立ち上がり紫乃を助けようとした。だが、動かなかった。多分足が痺れて立ち上がる事ができなかったのだ。
ダメだ。こうなれば親父は止まらない。
死ぬまで紫乃を痛めつけるつもりだろうか。
俺は目を瞑った。
可愛い妹が傷む姿を見たくはなかったからだ。
しかし響いたのは違った。
母の声だった。
母は蹴られる紫乃へとすぐさま被さり、親父の足を自ら受け止めていた。
「なんで、邪魔を、するんだ、君代!」
何発も何発も蹴りを入れた。
その度母から息が漏れ、肺が泣いた。
顔も殴られ、綺麗な黒髪が靡いた。
飛んだ血痕が畳へと付着した。
溢れた妹の涙が俺へと付着した。
「親父、てめえ、ふざけんな!」
気づけば立ち上がり、彼を殴っていた。
先程の痺れなど毛頭なかった。
俺を動かなくしたのは恐怖。
目の前に虎をして死んだフリをするネズミ。
俺はクズだ。
最低だ。
だから俺は彼女らを守る義務があった。
夜明けの光が静かな村へと差し込んできた早朝。
俺の親父は唾を吐き捨て家から出て行った。




