11. 仲間
「今日は桜田のことで皆に話しておきたいことがある」
時衣が心臓の手術を受けると決めてから3日後、佐々木先生が朝のホームルームでそう切り出した。俺は前日に先生から時衣の話をすると聞いていたので驚きはしなかった。
「時衣ちゃん、何かあったの?」
「ずっと入院してるみたいだし…」
金江夏希や他の生徒たちが口々に時衣の心配を始めた。佐々木先生は一言、「静かに」と言って俺に目配せをした。そう、今日は俺が皆に彼女のことを伝えると言ってあったのだ。
「詳しいことは神崎に話してもらう」
先生に名前を呼ばれて俺は席を立ち、教壇に上がった。教室を見渡すと、クラスの皆が真剣なまなざしで俺を見ていた。正直、俺は人前で話すことに慣れていない。でも、彼女のことを皆に伝えなければいけないと思った。彼女の味方になってほしいと思ったから。
「皆、桜田――時衣が心臓病で入院してることはこの前先生が言ってたから知ってるよな。実は…彼女の命はもう長くない」
「……」
教室中がシンと静まり返り、重たい空気が漂う。皆の心配そうな視線が自分に向けられている。
「でも、少し前に彼女が手術を受けることを決断してくれた。手術に成功すれば、彼女はきっともっと長く生きられるようになる。病気も治るかもしれない」
俺の希望の言葉に、皆の表情が少し和らぐ。
「じゃあ、桜田さんは助かるんだね!」
「また学校にも来られるんだ」
「良かった…」
教室の空気は皆の安堵の声で一気に軽くなる。桜田時衣は重病を患っているけれど、手術をすれば助かる。誰もがそう思っている。
「だけどな」
俺は言わなければならない。
現実の厳しさを、突きつけなければならない。
「手術が成功する確率は…たった5%なんだ」
「え…」
「そんな…」
皆同じだった。俺が彼女の口から初めてその数字を聞いた時と全く同じ反応をした。
「そんなのほとんど無謀じゃない…。5%なんて…」
「ああ。皆の思ってる通り、手術の成功率は絶望的だ。彼女が助かる見込みはほとんどない。もうこれは駆けでしかない。でも…だからこそ、皆に応援してほしいんだ。時衣は…きっとかなり不安になってるだろうから。手術を決断するのだって勇気がいることなんだ。誰にでもできることじゃないんだ。それを皆に知ってほしい」
時衣はずっと、他人のことを信じられなくて悩んでいた。クラスメイトはいつだって自分を化け物呼ばわりする”敵”だった。
でも、俺はそんな彼女に教えてあげたい。
他人が、友達が、皆敵ではないということ。きみを信じてくれる人が必ずいること。
「応援しないわけないじゃん」
誰かがそう言った。声の方を見ると、言ったのはバレー部次期キャプテンの金江夏希だった。
「そうだよ神崎。時衣ちゃんは友達なんだからさ」
尾木も、明るい声でそう言ってくれた。それから何人もの人たちが次々と励ましの言葉をかけてくれた。
「大丈夫、手術きっと成功するよ!」
「うんうん!だって時衣ちゃん、何でもできるじゃない」
「そうだよ。皆の期待の星なんだから」
「皆…ありがとう」
俺は皆の言葉に泣きたい気持ちでいっぱいになったがグッと我慢した。
「そうだ、皆で桜田さんの手術の成功祈願に千羽鶴作らない?」
今クラスの中で一番発言権を持っている金江夏希がそう提案してくれたので、皆「いいね、やろう」と乗り気になってくれる。
「千羽鶴…」
「そう。手術、成功しますようにって」
「手術は4日後だ。間に合うか…?」
「間に合うって!皆で協力すれば千羽鶴ぐらいちょちょいのちょいだって」
金江夏希がえへんと胸を張ってそう言ってくれた。
「皆…時衣が聞いたら、きっと喜ぶよ。協力、よろしくな」
その日から俺たちは小さい折り紙で鶴を折り続けた。40人クラスだから単純計算で一人25羽だからそれほど負担ではなかったが、部活で忙しい人の分も余裕のある人たちで分担して作った。鶴を折り終わるとそれらをつなげる作業に入る。細かい作業に四苦八苦しながらも、皆で一つの物をつくる楽しさを味わていた。
そして、作り始めて3日後に千羽鶴が完成した。思ったよりも早く完成したので俺は嬉しかった。これも、クラスメイトの全員が協力してくれたおかげだった。
千羽鶴が完成した日の放課後、金江夏希が俺の元にやって来てこう言った。
「神崎君、今日皆で桜田さんのお見舞いに行こうと思うんだけど、どうかな」
俺は彼女の言葉に驚く。よく見ると彼女の後ろでクラスメイトたちが20人程待っていた。
「い、いいのか?時衣とそんなに仲良くない人もいると思うけど…」
「聞いてるのは私よ。せっかく皆で千羽鶴作ったんだし、皆で励ましたいって思ったの。仲が良いとか悪いとか、そんなの関係ないわ」
「そうか…ありがとな。それじゃあ皆で行こう、お見舞いに」
俺は皆が時衣のためにそこまでしてくれるその気持ちが嬉しかった。いつの間にか金江夏希と俺を取り囲むようにして立っていた他のクラスメイト達も、何も言わなくても大丈夫というふうに頷いていた。
「失礼します」
いつものように時衣の病室の扉をガラッと開ける。けれどいつもとは違って俺の後ろにはたくさんのクラスメイト達がいた。
「凉、今日も――」
「来てくれたのね」とでも言おうとしたのだろうか。彼女は俺の後ろからぞろぞろと病室に入ってくるクラスメイト達を見てびっくりしていた。そりゃそうだ。今まで一度も俺以外のクラスメイトがお見舞いに来たことなんてないはずだ。まじて彼女は友達すらいないような人だったのだから。
「桜田さん、明日手術を受けるって聞いて皆で応援しに来たの」
「えっ……」
「俺たち皆で、千羽鶴作ったんだ。手術が成功するようにって」
尾木が、皆で作った千羽鶴を時衣に渡す。時衣は千羽鶴を受け取ってもなお、信じられないという表情で呆然としていた。
「時衣ちゃんが来ないと、誰も授業で答えられないのよ」
「そうそう。この前だって化学でさー…」
「それに、時衣ちゃんがいないとみんな寂しいよ」
「うん。みんな桜田さんが戻ってくるの、待ってるんだ」
「だから、手術頑張って!きっと上手くいくよ」
お見舞いにきた皆は口々に時衣を励ましてくれた。この中には時衣と一度も話したことがない人もいるだろうに。時衣は依然として驚いてはいたものの、皆の口から溢れ出す温かい言葉を聞いて静かに涙を流していた。
それから、
「…ありがとうっ…」
とだけ言ってもらった千羽鶴を抱きしめた。
俺たちは彼女のその言葉だけで報われた気がして、皆ただ涙を流す彼女を笑って見ていた。それからは誰も何も言わなかったけれど、言葉がなくても伝わる気持ちがあるんだと感じた。
時衣、お前にもちゃんと仲間はいいるんだ。
皆がお前の敵なんかじゃないんだ。
だから…だからどうか、元気になって皆の元に帰ってきてくれ。
つづく




