発展
数日後
わたしは、祈の家に行った。
高校生時代、家に帰るのが嫌で仕方なかった日は、いつも祈の家で一晩過ごした。
別に何もない。
キスも、手をつないだりすることも一度もないのに、一緒にいた。
何の会話をしたのかも今となっては記憶にない。
それくらい、祈はただの友達に近かった。
相変わらず、玄関には母親の写真が飾っている。
高校1年生の春に、祈の母親は病死した。
いずれも、余命どおりだったため、祈はずっとわたしに「大丈夫」しか言ってくれなかった。
きっと大丈夫だって本気で思ったこと..一度もなかったはずなのに。
「ねぇ、瑛花のこと、メールしたのに返信来なかった」
「あ、悪かった。彼女といろいろあってさ」
彼女?
高校生のとき、彼女がいるなんて噂は一度もなかった。
わたしにはまぁ関係ないか。
「それで?瑛花のこと、どんな風に分かったの?」
「増下理人って人と付き合ってたみたい」
何も反応しない。
「あとは?」
「ええと、大学ではすごく明るい子で有名だったみたい」
わたしは、祈に資料も渡す。
それだけで、わたしはすぐに祈の家を出た。
このままじゃ、祈の彼女にも迷惑がかかる。
道を考え事をしながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。
久々に転んだ。
「大丈夫?」
「み、水嶋先輩」
立ち上がって、わたしはすぐさま謝った。
「ごめんなさい、服汚しちゃった..」
ハンカチで必死にわたしは泥を落とす。
わたしの手を水嶋先輩は優しく掴んだ。
「別に大丈夫。予定はなかったから」
「...でも」
「その代わり、ちょっとついて来て」
わたしの手を掴んだまま、水嶋先輩はどこかへ向かう。
見る人から見れば、きっと手をつないでいるように見える。
水嶋先輩の手..あったかい。
「わたし、こうやって手をつないだのも..初めてです」
早足だったのに、いつの間にかゆっくりになっていた。
「実はさ、瑛花のこと..俺も知らないんだ」
「.....え?」
同じ大学にいるのに、どうして..知らないのだろう。
あれだけ、力になってくれたのに。
「瑛花が笑った顔もホントは見たことないし、話したこともない」
「...わたしもです。わたしも、一度も瑛花と接したことないんです」
まだ、聞きたいことは、たくさんあった。
それでも、わたしはその場から離れた。
ーーこれ以上、誰にも迷惑はかけられないーー
二日後
わたしと葵は、カフェで会う約束をした。
「葵、またみんなで集まるの?」
「湖乃実がお手洗いに行ってるとき、クラスのみんながまた集まりたいって言ってくれたの」
「...そっか」
葵は笑顔で、はがきの束を持った。
すべて、あて先とメッセージが手書きで書いてある。
一番後ろに、祈の名前と住所..
「水嶋先輩も来たいって言ってた。力になるって..ホントに優しいよね」
「...う、うん」
瑛花のことで、再開した1年の時のクラスのみんな。
再開してからの毎日が、少し早く進んでいく。
「瑛花のことで、こんなに真剣になるなんて..思っても見なかった」
葵が窓を見つめながら言った。
「わたしも。瑛花のこと、何にも知らないのに」
「毎日、瑛花のこと、ずーっと考えているだけで、一日がすぐ終わっちゃうもんね」
もしも、それだけで一日がすぐに終わるなら
今、わたしがしていることは、自分のためになるのだろうか。
忘れてた。
高校生のとき、自分の心の中だけで決めていた自分だけのルール。
ためになること。
「この後どうする?」
「わたし、予定あるわけじゃないけど、帰るね」
わたしは、飲み物代をテーブルに置いて、店を出た。
自分の歩く、靴の音。
外は車、信号、人の声がいっぱい聞こえるはずなのに。
わたしに聞こえるのは、自分の歩く靴の音と..
響き渡る鼓動。
信号待ちをしているとき、後ろ隣にいる女子の声が聞こえてきた。
聞き覚えのある名前が会話にたびたび登場する。
「果奈はいいよねー水嶋先輩と付き合ってるなんて」
「そうかな..」
「そうだよー、在校中ずーっと人気だったもんね」
桐谷果奈、わたしと1年生のとき同じクラスだった。
男子に何回も告白されて、可愛くて。
あまり調子に乗らなくて、先輩にも好かれる人だった。
わたしも、何回か話したことがある。
「このあとデートなんでしょ?」
「デートじゃないけど、会うつもりだよ」
付き合ってるんだ。
水嶋先輩と果奈。
どうして、ウソはこの世に存在するのだろう。
自分を守るためにつくウソ。
自分を上げるためにつくウソ。
他人をかばうためのウソ。




