前夜
候補者に選ばれてから、あっという間の一カ月。
ついに明日は、選定の儀式が始まる。
候補者たちは訓練施設にある広間に集められ、最後の説明を受けていた。
「第一試験は精神の試練。聖域で何が起こるかは、入った者にしか分からない」
前に立つのは、騎士団長グレイン・マッカート。
候補者たちを見渡す目は鋭く、ざわついていた広間も今は静かだ。
「第二試験は実技。闘技場で候補者同士の勝ち抜き戦を行う。そして第三、聖具による選定だ」
ユリウスは隣のレオンを見た。
レオンもこちらを向く。
勝ち抜き戦。当然、負けるつもりはない。
「先に言っておくが」
グレインの声に、二人は前へ向き直った。
「第一試験の結果だけで、聖具の前に立つ資格が失われることはない。第二も同じ。聖具が何をもって主を選ぶのか、我々にも分からんからな」
第二試験からは、民衆にも公開されるという。
国が選んだ候補者の力を見せ、安心させる意味もあるのだろう。
王族も来訪されるらしい。
目立ちたいわけではない。
ユリウスにとっての本命は第三試験。アステリアの前に立つ、その時だ。
「観客がいるからといって、無茶をするな。審判が止めたら剣を下ろせ。治療が必要だと判断された者は、大人しく従うこと」
グレインの視線が、ユリウスとレオンのところで止まる。
「『もう一回』はなしだ」
周囲から笑いが漏れた。
なぜ、騎士団長がそれを知っているのか。
「……はい」
「はい」
少し気まずい思いをしつつ、そろって返事をする。
説明を終えた後は、訓練はなく自由時間となった。
ユリウスも立ち上がろうとしたところで、グレインに声をかけられた。
「アルヴェイン、グランツ。少しいいか」
近くで向き合うと、グレインは思っていたより大きかった。
年齢は四十ほどだろうか。眉間に刻まれた皺が迫力を増している。
「訓練の報告は受けている。よく励んだな」
「「ありがとうございます」」
背筋を伸ばす二人を、グレインはしばらく見つめた。
「……十七だったか」
「はい」
低い声で、そうか、と呟く。
「闘技場では、観客もお前たちをみる。声援もあれば、好き勝手なことを言う者もいるだろう。民たちは、勇者と守護者に大きな希望を寄せている。……それでも、全部に応えようとするな」
「それでも、候補者として恥じない働きは――」
「それは今日までの訓練で、十分に見せてもらった」
言葉を遮られ、ユリウスは口を閉じる。
グレインは二人を真っ直ぐに見ていた。
「明日の運営と、お前たちの安全は我々の仕事だ。困ったことがあれば言いなさい」
「……はい」
「部屋に戻れ。今日はもう剣を置いて休めよ」
そう言って、先に広間を出て行った騎士団長の背中を見送った。
**
その夜、レオンは自室で古い本を開いた。
はるか昔の記録。
国を防衛した守護者や騎士たちの働きが詳細に書かれているが、勇者の記録は少ない。
『聖剣は進み行く者を選び、魔王を討つ』
国を離れる勇者がどうやって魔王を倒したか、記録に残すのは難しいのだろう。
勇者隊の出立に比べ、帰還を伝える記述はあまりに少ない。
「…………」
聖剣を持つユリウスが頭に浮かぶ。
笑って「行ってくる」なんて、何でもないように言う。
心臓が嫌な音を立て、冷たい汗が背中を伝った。
「駄目だ。お前を行かせない」
英雄になるためじゃない。国のためでもない。
たった一人、ユリウスを失いたくないから。
こんな身勝手な思いで、聖剣を望むのは。
「……最低だな」
自分でも呆れた笑いが漏れた。
「レオン?」
その時、戸を叩く音と共にユリウスの声が聞こえ、レオンは慌てて本を片付けた。
「どうした?」
戸を開けてユリウスを招き入れる。
「眠れない」
「子供か」
「うるさい」
ユリウスは勝手にレオンのベッドに座ると、そのまま倒れ込み天井を向いた。
「……レオン」
「何」
「もし、聖剣が俺を選んだら」
レオンの顔が曇る。
ユリウスの声はいつもより少し低かった。
「ちゃんと国守れよ」
まるで、もう帰ってこないみたいにユリウスは言った。
こっちがどんな思いで聞いているかも知らずに。
「何だよそれ」
「え?」
「勇者になるのは俺だって言ってるだろ!」
「いや、俺がなるって!」
「嫌だ!」
ユリウスの視線がレオンへと向く。
レオンの拳は、固く握られたままだった
――行くな。
お前が好きだから。
見えないところで危ない思いをしてほしくないから。
勇者になるな。
「ユリウス、俺は……」
喉まで出かかった言葉を慌てて飲み込む。
「……レオン?」
言えない。
これを言ったら、卑怯だ。
ユリウスだって本気で勇者を目指して何年も努力してきたのに、「好きだから譲れ」なんて、言いたくない。
この気持ちをそんなことに、使いたくない。
「……選定、負けないからな」
結局、口にできたのは、いつもの勝負の言葉だった。
ユリウスは一瞬目を瞬かせて、いつものように笑った。
「俺も、負けない」
「……ああ」
「じゃあ、そろそろ部屋に戻るよ。おやすみレオン」
「おやすみ、ユリウス」
部屋を出て行ったユリウスを見送る。
レオンはベッドに座り込み、痛む胸を押さえた。
**
ユリウスはレオンの部屋の戸を背に、立ち止まる。
ついに明日、選定が始まる。
聖剣アステリアに選ばれるため、自分なりに力を磨いてきた。
魔力制御なら、候補者の中でも高い水準にあると実感している。
勇者になるのは自分。
ユリウスは一度振り返り、レオンの部屋の扉を見た。
「聖剣に選ばれたら、次は、魂を奪われない方法を探す」
この声は、扉の向こうには届かない。
ユリウスは自分の部屋へと歩き出した。




