変化
聖具の選定に臨む二十四名の候補者は、王城にある特別訓練施設へ集められた。
選定を控えているため、討伐任務からは外され、訓練と休養に専念するよう命じられている。
遠方から赴く者も多く、全員が揃うまでには二週間を要した。
到着した者から訓練に加わり、ユリウスとレオンも他の候補者と剣を交えた。
大貴族の子息に騎士家の出身者、魔術師の名門に連なる者。
出自は様々だが、いずれも国内屈指の実力者だ。
その中で、ユリウスとレオンは最年少ながら互角以上に渡り合っていた。
「レオン、さっきのところ、なんで風魔術くるって気づいた?」
「言うわけないだろ」
「なんでだよ! 教えてくれてもいいだろ!」
「じゃあ、俺の剣を弾いたやつ、教えろよ」
「ぐぬぬぬ」
訓練場の端で二人は並んで座る。
聖具の選定を目前にして、二人の勝負は以前にも増して激しくなっていた。
「俺が負けたんだから、お前が譲れよ!」
「次も勝つから教えない」
「それしか勝てる自信ないのか?」
「なんだと?」
そうして二人は立ち上がり、言い合いながら訓練場の中央へ戻っていく。
皆が休んでいる中、二人の剣がぶつかる音が響いた。
「ユリウス」
もう一戦を終えて、水を飲んでいたユリウスが振り返る。
声をかけてきたのは侯爵家の令嬢、エリシア・ベルフォード。
魔力量では候補者の中でも指折りで、初日に見た火の上級魔術は圧巻だった。
「どうしました?」
「午後の訓練、私と組まない?」
ユリウスの隣で、レオンの手が止まった。
「私、魔術を使いながら動くと、どうしても威力がぶれるの。あなたはほとんど乱れないでしょう?」
「ああ、それであれば最初に流す魔力が多いのかと」
「やっぱり、見てわかるのね。もう少し教えてほしいわ」
「ええ、私でよければ」
ユリウスは答えるまで、一度もレオンの方を見なかった。
レオンは少し眉を寄せる。
午後は、候補者が集められてから初めての二人組での対戦訓練だった。
約束はしていない。
常に競い合っていたとはいえ、組むとなれば相手は当たり前に自分だと思っていた。
「ありがとう。今、少し見てもらえる?」
「ええ」
ユリウスが水筒の蓋を閉める。
「じゃあ、レオン、後でな」
そのままユリウスはエリシアと連れ立って、魔術用の的がある方へと向かった。
一人残ったレオンは、小さくため息をつく。
ユリウスが誰かのために動くことなんて、今に始まったことじゃない。
もやもやする気持ちに蓋をして、レオンも組む相手を探しに歩き出した。
**
午後の二人組での対戦訓練。
レオンが別の候補者との戦いを終えたとき、隣の区画ではユリウスとエリシアの番が始まっていた。
エリシアが炎を放つ。
相手がそれを避けるより早く、ユリウスの風魔術が炎の向きを変えた。
相手はそれを剣で受け、後方へと退く。
「今です!」
「ええ!」
エリシアの次の魔術が相手の足元へ飛び、体勢を崩した隙にユリウスの剣がその喉元で止まった。残る一人が、ユリウスの背後から迫る。
「ユリウス、屈んで!」
ユリウスが身を低くすると、頭上をエリシアの風魔術が駆け抜けた。
相手が押し戻された、その一瞬。
ユリウスは踏み込み、二人目の喉元へ剣を突きつける。
「そこまで!」
指導役の声が響いた。
「今の、うまくいきましたね!」
「ええ、あなたのおかげよ!」
ユリウスとエリシアが、互いの手のひらを打ち合わせて笑う。
弾んだ声。
嬉しそうな顔。
その笑顔は、レオンがいつも隣で見ていた顔だった。
それから翌日も、その翌日もユリウスとエリシアの二人で話しているところを何度も見た。
胸のざわつきは、いっこうに収まらない。
「エリシア嬢、侯爵家に婿を迎えるとか言ってたし、ユリウスが選ばれるかもな」
ある候補者が言った。
「婿?」
「ああ、ベルフォード家は男子がいなかったはず。ユリウスも魔術に精通してるし可能性はあるだろ」
「ないだろ」
「なんで?」
「……ふん、世界の危機に婿探ししてる場合かよ」
「いや、今すぐって話じゃないから!」
今すぐじゃなくたって。
いや、今すぐでないのなら。
レオンは遠く、エリシアと楽しそうに話すユリウスを見た。
もし、自分が勇者となり、魔王を倒したら。
平和になった世界でも、ずっと隣にいるもんだと思ってた。
誰かと結婚して、家族ができて、帰る先に自分ではない誰かが待っている。
そんなユリウスの幸せな未来を、なぜ想像してこなかったのか。
「レオンー!」
名前を呼ばれ、そちらを向いた。
「飯食いに行こ!」
いつもと変わらないユリウスの様子に、レオンは返す言葉を探した。
「……エリシア嬢はもういいのか?」
「ん? ああ、エリシアはもう少し練習するって」
いつの間に名前で呼ぶほど仲良くなったのかと、余計なことまで気づいてしまう。
「レオン?」
「……早く行くぞ」
「なんか怒ってね?」
「怒ってない」
少し困ったように笑うユリウスに、やるせない気持ちになる。
「そうだ、明日!」
空気を変えるようにユリウスが言った。
「お前と試したいことあるんだよ!」
「……何?」
「さっきエリシアと風魔術の話してたんだけど、お前が踏み込むのに合わせたらもっと速く動けそうだと思って!」
「……なんで俺?」
「え? お前の動きが一番合わせやすいから?」
レオンは隣を見る。
エリシアと話している間も、ユリウスは自分と組むことを考えていたのか。
それを知っただけで、胸のつかえが少し軽くなる。
単純すぎて、自分でも呆れた。
「俺に使う前に自分で試せよ」
「えー、どうやって自分に使うんだよ」
「エリシア嬢にやってもらえ」
「いや、俺が魔術でお前が剣なの!」
意地になって言うユリウスを見て、レオンにも笑みが浮かぶ。
そして二人、食堂まで並んで歩いた。
明日の訓練について楽しそうに話すユリウスの髪が、夕日に照らされてきらきらと光った。
まぶしさに、目を細める。
――ああ、やっぱり。
ユリウスの隣に立つのは、他でもなく自分がいい。
もう、間違えようがない。
「何?」
レオンの視線に気づいたユリウスが聞く。
「なんでもない」
「なんだよ」
「こっち見るな」
「お前がな!?」
いつもの会話。心地の良い場所。
この先も、こいつと一緒に笑い合えたら。
レオンは、明日の訓練を語る声に耳を傾けた。




