目覚め
ユリウスが十七歳になった春。
食堂では故郷の村を案じる同級生の声が聞こえ、討伐に出た教師の代わりに別の教師が授業を受け持つことが増えた。
以前なら誰も気に留めなかった騎士団の馬車に、今は皆が振り返った。
そしてついに、その報せが王国中を駆け巡る。
魔大陸ウァラプラの上空が、一日にして赤黒い雲に覆われた。
そして、魔物の大群が魔大陸ウァラプラを離れ、王国へ向けて移動を始めたことが、北方要塞ガルシオンからの報告で明らかになった。
同日、王都神殿の地下深くで、長い眠りについていた二つの聖具が目を覚ました。
聖剣は金色の光を放ち、聖盾には銀の星が浮かび上がったという。
それは魔王の復活を意味していた。
――聖剣は進み行く者を選び、魔王を討つ。
聖盾は立ち続ける者を選び、国を守る。
人々は世界の行く末に不安を抱きながら、これから生まれる二つの加護に希望を託した。
勇者と守護者となる候補者は、優れた実力を持つ者の中から神託によって選ばれる。
各地から候補者が指名され、王命によって王都へ招集されることになった。
「レオンとユリウスなら、候補者に選ばれるんじゃないか?」
初めにそう言ったカイルに、周りの生徒も同調する。
「こないだの討伐も、もう騎士に並んで動いてたしな」
「ユリウスの光魔術は目が追いつかねえよ」
「レオンの剣も防げねえ」
過去の候補者の中には、十六歳の青年もいたという。
学院では、二人が候補者に選ばれるという噂が広がった。
「まあな、俺が世界の平和を守ってやるよ」
「いや、守るのは俺。お前は留守番」
「候補者どころか、聖具に選ばれるのが当たり前の勢いだな……」
それからすぐ、ユリウスは学院長室に呼ばれ、王命を記した一枚の書状を渡される。
『ユリウス・アルヴェインを聖具の選定に臨む候補者に任ずる。
王命により、指定の期日に王城へ参内せよ。』
それを見たとき、ユリウスは――。
「…………来た」
書状を持つ手が震える。
ついに、ゲームで語られた過去が現実になってしまう。
本気で勇者になるつもりだった。
そのために、毎日レオンと競ってきた。
それでも、負ければ「もう一回」と言って、明日も明後日も剣を交える日々が続くような気がしていた。
隣にはレオンが、同じ王命を記した書状を手に立っている。
あれほど勇者になると言い合っていたのに、今は二人とも何も言えなかった。
「……君たちは、まだ学院を卒業してもいない。本来なら、もう少しここで学ばせてやりたかった」
その言葉に、ユリウスもレオンも顔を上げた。
「たとえ聖具に選ばれなくとも、己が未熟だからだと思う必要はない。何をもって主を選ぶのかは、誰にも分からないのだから。気負わず、自分らしく臨むといい」
卒業までは、あと一年だった。
聖具の選定は、一か月後に王都アーレシアで行われる。
もし、聖具に選ばれなかったとしても、候補者として名を挙げられた二人は、王国軍と共に国の防衛に参加することになるだろう。
学院長も、それを分かっているのだ。
それでも二人を送り出す顔には穏やかな笑みがあった。
**
「ついに、だな」
「ああ、そうだな」
学院長室を後にして、ユリウスとレオンは並んで教室へと歩く。
授業中なのか、周りには誰一人いない。
「今まで、お前に勝つことばっか考えてたけど」
ユリウスはゆっくりと話し始めた。
「俺たちの努力を、神様は見ててくれたんかな」
「なんだそれ」
「こうして候補者に選ばれると、やってきたこと、間違ってなかったんだなって」
「…………」
どうしたら聖具に選ばれるのか、答えはないはずなのに、ユリウスは何かを信じるようにずっと訓練をしていた。
だからなのか、心のどこかでユリウスが勇者に選ばれる可能性を感じてしまう。
「ユリウス、お前、本当に負けず嫌いだよな」
「お前が言う?」
ユリウスが言うように、負けず嫌いはお互い様なのだろう。
レオンは、ユリウスが一人、自分の知らないところで危険を冒さないように世界を平和にしたかった。
だからずっと、これまで強くなることだけを考えてきたというのに。
「お前、本気で勇者になるつもりか?」
「なんだよ、今まで本気で訓練してたのレオンも見てただろ?」
「……能天気野郎」
「はあ!? 何だいきなり!」
静かな廊下にユリウスの声が響いたせいで、下級生の授業をしていた教師が顔を出した。
「お前たち、授業中だぞ」
「「すみませんでした」」
教室の戸口からは、下級生たちが顔を覗かせている。
二人が揃って学院長室に呼ばれたという話は、朝から学院中に広まっていた。その二人が、今は教師に叱られているのだ。気になるのも無理はない。
「レオンのせいで怒られた」
「お前のせいだろ」
「後輩たちに格好悪いとこみられるとか最悪」
「お前たち」
教師の低い声に、二人とも口を閉じる。
「……少しは普通に心配させてくれ」
教師は呆れたように話しているけど、その表情には確かに心配の色が浮かんでいる。
二人は少し気まずそうに目を逸らした。
「頑張りなさい」
少し困ったように笑う教師。
誇らしそうに送り出されるものだと、どこかで思っていた。
けれど、学院長も、この教師も二人を案じている。
聖具に選ばれるということは、世界の希望を背負うということだ。
その言葉の重さを、今さらのように感じた。
**
教室へ戻ると、全員の視線がこちらへ向く。
授業をしていた教師も、こればっかりは仕方ないと二人を迎え入れた。
「やっぱり、候補者の事か!?」
二人に一番に声をかけたのはカイルだった。
興奮した様子で、他の生徒たちも近づいてくる。
「ああ、選定に行くことになった」
「すげえなあ」
「同級生が聖具に選ばれたとかになったら、孫の代まで自慢するわ!」
「なんでお前が自慢するんだよ!」
騎士学院に通う生徒たちにとって、聖具に選ばれるということは栄誉あることだ。
皆から向けられる視線には、憧れや羨望が混ざっている。
「……お前ら、本当ずっと凄かったもんな」
「カイル?」
「すぐ行くのか?」
「ああ、色々準備して一週間後には。選定までは騎士団で訓練するんだ」
「そっか……もう徹夜で勉強教えてくれる奴はいなくなるんだな」
カイルがそう言うと、あちこちから二人に向けてあれもこれもしてくれる奴がいなくなる、と不満が上がる。
「いや、いい加減自分たちでやれ!」
「あと一年で卒業なんだからな?」
「分かってるよ!」
騒がしい雰囲気の中、カイルが大きく息を吸う。
「……お前らなら大丈夫だと思うけど、ちゃんと、帰って来いよ!」
そう言って、二人の肩を力強く叩いた。
「ちょ、いてえって!」
「意外と力強いな……」
「意外ってなんだ!」
そう笑うカイルの目は少しだけ赤かった。
最後の一週間、同級生たちは何かにつけて二人に話しかけてきては、餞別だと言って使い道の分からないガラクタまで押しつけてくる。
気づけば、二人の周りにはこんなにも温かい人たちがいた。
こうして、ユリウスとレオンは学院を去ることになった。




