成長
勇者になる。
そう決めたのはいいものの、ユリウスは頭を抱えた。
「……アステリアに選ばれる方法なんて、分かんねえよ」
自室の机に突っ伏しながら、小さく呟く。
勇者とは、聖剣アステリアに選ばれた者。
そんなことは、この世界に生きるものなら一度は聞いたことのある話だろう。けれど、何を基準に選ばれるのかは、だれ一人だって知らない。
そもそも、伝承と言われるくらいだ。先代の勇者が選ばれたときだって、今じゃもう遥か昔の出来事。
過去の記録を読み漁っても、聖具について調べても曖昧な言葉しか書かれていない。
清廉な心。
優れた剣技。
強大な魔力。
折れぬ意志。
「これ、書いたやつの希望的観測が入ってないか……」
ユリウスは本を閉じる。
この世界に残されている記録では、きっと答えは出ない。
ユリウスは目を閉じて、前世で何度も見たゲームの最初から最後まで、覚えている限りのすべてのストーリーを順に思い浮かべた。
勇者は最後の場面まで登場しない。
当然、勇者が聖剣に選ばれる場面もゲームには出てこない。
それでも、聖剣アステリアはゲームの中に存在していた。
聖剣アステリアを装備できる隠しクエスト。
レオンの持つ聖盾ヴァルガのレベルをマックスまで上げると現れた。
それを知ってからは、周回するたびにクエストを進めて、必ず手に入れた。
――クエスト発生条件
は、聖盾が目覚める前の今は関係ない。
――攻撃力
強かった。魔王を倒すには最高の武器。
――補正効果
「……あ」
聖剣アステリアには、光属性の魔力を流し込むことで威力が上昇する、特殊な補正効果があった。
ただし、影響するのは魔力量ではない。
魔力制御。――どれだけ乱れなく魔力を扱えるか。
ゲームではただの数値でしかなかったそれが、確かに聖剣の威力に影響していた。
最初に気づいたのは、何周目だっただろうか。
たまたま光魔術と魔力制御を重点的に上げていた時に、いつもより少ない攻撃回数で魔王を倒せたことがあった。
攻略サイトを調べれば既に出ている情報だったのかもしれないが、その後に何回も試して、その二つが聖剣の威力に影響していることを突き止めたのだ。
これが選定に影響するかは分からない。
それでも、魔王を倒すために目覚めた聖剣ならば、相性がよい人間を選ぶことは十分にあり得る話なんじゃないだろうか。
「やらないよりはマシだな」
幸い、魔力制御なら昔から得意だった。魔術ありでレオンに勝てるのも、自分の器用さのおかげだ。
ユリウスの特訓の方向性が決まった。
「……絶対、あいつには言えねえ」
レオンの顔が浮かぶ。
いきなり勇者になるなんて、馬鹿みたいなことを言い出したあいつ。
ユリウスが光魔術と魔力制御を急に鍛えだしたと知ったら、怪しみながらも同じ特訓を始めるだろう。
それくらいレオンは負けず嫌いな男だ。
――絶対に、レオンだけは勇者にはさせない。
そのためには、使えるものは何だって使おう。
前世の記憶があるなんて言ったら、ずるだなんて怒るかもしれない。
**
最近、ユリウスの様子がおかしい。
朝が苦手だったはずなのに、誰よりも早く訓練場に来るようになった。
剣も的も出さずに、訓練場の隅に座り込んで、何やら熱心に取り組んでいる。
しかし、レオンが来るとすぐに止めてしまうため、詳しいことは分からなかった。
「お前、何隠してる?」
「何も」
「嘘つくとき、食い気味に返事してくるよな」
「そんなことない!」
「ほら、すぐ返した」
「うるさい!ほら、早く剣取れよ。対戦するぞ!」
どうやら本気で何を知られたくないらしい。話を逸らすのが露骨すぎる。
『絶対、駄目だ』
レオンが勇者になると言ったとき、ユリウスは何かを恐れているような、少し苦しそうな顔をした。
魔王は世界の平和を脅かす恐ろしい存在。今まで倒してきた魔物とは強さも比べられないだろう。
レオンでは力不足だと心配している?
それとも、魔王討伐の先にある名誉が欲しくて?
どちらの理由も、ユリウスが考えそうなものには当てはまらない。
それならば……レオンが魔王討伐で帰ってこなくなるかもと、心配しているのだろうか。
だとするなら、なぜユリウスが代わりに行こうとする。
自分が危ないのは構わないとでも思っているのではないか。
――思っていそうだから、厄介だ。
こっちが何を怖がっているのかも知らずに、また前に行こうとする。
「……まあ、いい」
自分だって、勇者に選ばれることを譲るつもりはない。
ここで勇者を目指す理由を詳しく聞こうとすれば、自分の理由も答えなければいけなくなりそうだ。
それだけは、言えない。
「そんな理由で、命をかけるな」なんて大喧嘩になるだろうから。
今はただ、自分ができることをするだけだ。
ユリウスが何を隠していようと、負けるつもりはなかった。
**
ユリウスの特訓は、指先に小さな光を灯すことから始まった。
光を少しずつ強め、今度は消える寸前まで弱めていく。明るさを自在に変えられるようになれば、次はその速度を上げ、さらに光を手のひらほどの大きさまで広げて同じことを繰り返した。
魔力の流れを乱さずに光の強さを変えるのは、思っていた以上に難しい。
ほんの少し集中が途切れただけで、光は不安定になる。ましてや、魔術を維持したまま身体を動かそうものなら、途端に明るさが変わってしまう。
「……っ、もう一回」
額に浮かんだ汗を拭い、ユリウスは再び指先に光を灯す。
ゲームでは、ポイントを振ればレベルが上がった。
けれど、今はそうはいかない。どれだけ繰り返せば上達するのかも、今の自分がどの程度の水準にいるのかも分からない。
ユリウスは、対戦訓練の合間に、毎日少しずつ魔力制御を磨いていった。
そして、季節が一つ変わった。
最初は光の強さを変えるたびに魔力の流れが乱れていたのに、今では剣を振りながらでも安定して維持できるようになった。
最近では、対戦訓練中にも気づかれない程度の魔力を剣にまとわせている。
もっとも、まだ別の魔術を同時に扱う余裕はなく、魔術を組み合わせて戦うユリウスにとって、レオンとの勝負で使うには大きすぎる制約だった。
そして、成長しているのはユリウスだけではない。
レオンの剣は以前よりも重く、鋭くなり、魔術への反応も早くなった。
以前なら通用していた小細工も、今ではあっさり見破られることがある。
正直、焦りがないわけではなかった。
聖剣が目覚めるまで、残された時間はそう長くない。
それなのに、目の前の男は相変わらず強くなる一方だ。
「……ほんっと、負けず嫌いだよな」
思わず呟くと、レオンが怪訝そうに眉を寄せた。
「お前にだけは言われたくない」
「俺は普通だろ」
「どこがだよ!」
いつものように言い返されて、ユリウスは笑った。
負けるわけにはいかない。
それだけは、ずっと変わらない。
けれど、こうしてレオンと競い合う時間が楽しいことも、また変わらなかった。
**
それから半年が経った。
魔物の被害は、あの日からも増え続け、学院の生徒が討伐に参加することも、もう珍しくはない。
ユリウスとレオンも、何度も王都の外へ出た。
「ユリウス、右側!」
「了解! お前、左抑えろよ!」
「分かってる!」
二人が揃っていれば、同行する騎士たちも必要以上に手を貸すことはなかった。
ユリウスは迫ってきた魔物に向かって光魔術を放ち、直撃を免れた数体も、すかさず剣で斬り伏せていった。
最後の一体を倒して振り返ると、レオンも既に討伐を終えていた。
ただ、なぜかこちらをじっと見ている。
「なんだよ」
「お前、最近火じゃなくて光なんだな」
「……もともと光も得意だったぞ?」
「それは知ってるけど……」
レオンは何か考えるように首を傾げたのを見て、ユリウスはさりげなく話題を変える。
「お前だって、剣、いつの間にかでかくなってね?」
「ああ。筋力もついてきたし、少し重い剣に変えたんだ」
「ゴリラ」
「はあ!?」
レオンはこの半年で、めきめきと背が伸びた。
もちろんユリウスだって伸びている。
それでも、今ではレオンの方が五センチほど高く、体格も以前より一回り大きくなった。剣を振るう姿にはすっかり騎士らしい迫力がある。
ふと、ユリウスはレオンを見上げた。
黒髪に、真っ直ぐな翡翠色の眼差し。
鍛えられた身体に、以前よりも大きくなった剣。
――似てきたな。
目の前のレオンは、ゲームの中で何度も見た、最後の守護者の姿とそう変わらなくなっていた。
「……何だよ」
今度はレオンが怪訝そうに眉を寄せる。
「いや、でかくなったなって」
「さっきからそればっかりだな」
「昔はもっと小さくて可愛げがあったのに」
「お前と同じくらいだっただろ!」
言い返してくるレオンを見て、ユリウスは笑った。
姿はどんどん、ゲームの中の守護者へ近づいていく。
それでも、目の前でむきになっているこいつは、ユリウスが七年間一緒に過ごしてきたレオン・グランツだった。




