帰路
ユリウスが体力を戻している傍らで、ミナは魔大陸各地を見て回っていた。
「黒い力は、どこにも見られませんでしたよ」
嬉しそうにいうミナに、ユリウスも顔をほころばせた。
レオンも隣で静かに笑っている。
「俺ももう少し早く元気になれば、調べるの手伝ったんだけど……」
「見て回るだけですから。それに、団長さんが馬の乗り方も教えてくれたんです」
「へえ~! 乗れるようになったのか!」
「これで、王都にも早く帰れますね」
得意げにいうミナ。
随分とこちらの生活にも慣れたように見える。
「まだ長時間は無理するな」
「あれ、心配性は私にも有効なんです?」
「普通のことを言ってる」
「そうだぞ、馬の移動は尻が痛くなる」
ユリウスは一人、頷きながら言う。
レオンは手紙を思い出して、思わず吹き出した。
後は皆で王都に帰るだけ。
今度は隣で文句を言うだろうユリウスが、簡単に想像できた。
それから数日後、三人の王都への帰還が決まった。
ユリウスの荷物も、帰りの馬へ積まれていく。
それを見ているだけで、ユリウスは自然と頬が緩んだ。
出発の前夜、ユリウスは興奮して眠れなかった。
王都を出て二年。
魔物がいなくなった世界を、この目で見て回れる。
ゲームでは描かれなかった世界。
「まだ起きてたのか」
そう言って部屋に入ってきたのはレオンだった。
「ついに、って思ったら眠れなくて」
「帰るまで三カ月はかかるぞ」
「そうだけど」
レオンは寝台に座るユリウスの隣に座る。
そのままじっとユリウスの顔を見つめた。
「え、なんだ」
「別に」
顔を逸らすレオン。ユリウスは首を傾げた。
「なんだよ」
「……お前、誕生日の夜のこと覚えてる?」
「酒飲んだ」
「その後」
確か、その後は気づいたら朝だった。
寝台に寝かされ、頭が割れるように痛くて、ミナにすごい心配されたのは覚えてる。
「俺、なんかした……?」
「覚えてないか」
「え、吐いたとか?」
レオンは首を振る。
「覚えてないならいい」
「なんだよ、気になるだろ」
「帰ったら、全部言うわ」
「またそれかよ~」
後ろに倒れながら文句を言うユリウス。
レオンはそれを見て、いじわるそうに笑った。
「俺もずっと待ってたんだ。お前も少しぐらい待てよ」
「なんだよ、仕返しのつもりか?」
「そうじゃない。約束を守ろうとしてるだけ」
「……」
そう言われたらユリウスももう何も言えない。
立ち上がったレオンはそのまま部屋を後にしようとする。
「帰ったらすぐ聞くからな」
「ああ」
その後ろ姿に「おやすみ」とかけて、布団にもぐる。
レオンが部屋を出ていくと、辺りは静かになった。
帰ったら、全部言う。
何を言われるのか、聞きたい。
でも、自分の気持ちまで知られていたらと思うと、落ち着かなかった。
ユリウスは布団を引き上げた。
さっきまでとは違う理由で、眠れそうになかった。
**
出発の日、ユリウスは馬に乗った。
馬車で帰れるように準備もしてもらったけど、自分の目で世界を見るなら馬がいい。
鞍に腰を落ち着け、手綱を握る。
それだけで、隣から声が飛んできた。
「大丈夫か」
「大丈夫」
「途中で疲れたら――」
「言うって!」
レオンが口を閉じる。
ユリウスは自分が我がままを言ったことも分かっているので、少し眉を下げた。
「大丈夫だよ、レオン。今度はお前と一緒だ」
レオンが目を少し見開く。
その後、安心したように笑った。
グレインが一行を見渡し、出発を告げると隊がゆっくりと動き出す。
ユリウスは一度だけ、魔王城のある方を振り返った。
けれど、すぐに視線を前へ戻す。
隣にはレオン。後ろにはミナが乗る馬車がある。
「行くぞ」
レオンが声をかける。
「ああ」
ユリウスは手綱を握りなおした。
**
来た道とは、まるで違う道だった。
魔物を避けるために迂回した場所を、真っ直ぐ進む。
先へ出た騎士たちが戻ってきても、戦闘の準備をする必要はなかった。
辺りを何度も見渡すユリウスを、レオンは静かに見ていた。
青い瞳がきらきらと光る。
「本当に、もう、魔物はいないんだな……」
その顔に笑みが浮かべば、レオンも自然と口角が上がる。
「もう、ずっと確認されていない」
「うん」
空はどこまでも青くて、空気は澄んでいる。
聖剣も聖盾も、ただただ静かにそこにあった。
ユリウスの横を小さな野兎が駆け抜ける。
嬉しそうに振り向いたユリウスが、レオンと目を合わせる。
レオンはまだ笑っていた。
目を細め、ユリウスだけを見ている。
「っ、……」
「どうした?」
「いや、お前……」
「なんだ」
ユリウスの顔が赤くなる。
「なんでもない」
そう呟き、少しだけ馬を速めた。
レオンが隣へ来る前に、熱くなった顔を風へ向ける。
「どんな顔で俺のこと見てんだよ……」
その呟きは、蹄の音に紛れてレオンには届かなかった。
**
それから、ユリウスはレオンの視線が気になって仕方ない。
港について船に乗るとき。
揺れるのを支えるようにレオンの腕が腰に回る。
すぐに甲板に出て、もう離していいと言おうとした時、レオンがこちらの顔を見た。
まただ。
腰に腕を回されたまま見られると、どこへ顔を向ければいいのか分からない。
ユリウスは先に視線を逸らした。
「もう平気」
「ああ」
ようやく腕が離れた。
ほっとしたのに、指先にはまだ触れられた感覚が残っていた。
陸が遠ざかるのを、三人で甲板から眺める。
魔大陸は少しずつ小さくなり、もう城のある方角さえ分からない。
ユリウスは手すりへ肘をついた。
「……帰れるんだな」
「帰ってますよ」
ミナが隣で笑う。
「そうなんだけどさ」
言ってから、ユリウスは彼女の抱える本へ目を落とした。
リュミエラは、船へ乗ってからも開かれていた。
空いた時間があれば、ミナは元の世界へ戻る方法を探している。
「何か、見つかった?」
「まだです。召喚についての記録は、いくつかあったんですけど」
ミナが表紙を撫でた。
「王都に戻ったら、神殿の記録とも見比べられるって。大神官様が準備してくれてるそうです」
「そっか。俺も手伝う」
「俺も」
レオンの声が続く。
ミナは二人を見て、小さく頷いた。
「お願いします」
ユリウスも頷き返した。
その向こうで、レオンがまた自分を見ている。
……今はミナの方を見てろよ。
内心で文句を言いながら、ユリウスは海へ顔を戻した。
**
陸へ戻ってからは、街道を東へ進んだ。
人とすれ違うことが増えた。
荷車を引く者がいて、畑へ出る者がいる。
来た時に閉ざされていた家の戸も、今は開いていた。
ユリウスの名を呼ばれることもあった。
勇者だと気づいた人が駆け寄り、頭を下げる。
どう返せばいいのか困っていると、グレインが間に入ってくれた。
馬を進めながら、ユリウスは小さく息を吐く。
「……まだ慣れねえ」
「そのうち慣れるだろ」
「お前も守護者だろ。何で俺ばっか」
「お前の方が目立つんじゃねえの」
文句を言おうとして隣を向く。
レオンは少し笑っていた。
その顔を見ると、言い返す言葉が一つ遅れる。
「……何笑ってんだよ」
「別に」
また、それだ。
ユリウスは手綱を握り直し、前を向いた。
**
エルネで休息を取ることになった。
宿へ荷を下ろし、必要な物を買い足す。
グレインから許可をもらい、三人で通りへ出た。
人の多い街だった。
店先には魔道具が並び、馬車が行き交っている。
「ここ、来た時も賑わってた」
「魔道都市ですもんね」
ミナが、棚に並ぶ道具を興味深そうに眺める。
ユリウスもその隣へ顔を寄せ、そこで足を止めた。
小さな、赤い魔道具。
「……あ」
「何だ」
レオンが覗き込む。
棚を見た途端、その眉が動いた。
「それ、もういらねえぞ」
「まだ持ってんの?」
「部屋にある」
「へえ」
部屋でりんごの香りがするとは、なんとも乙女らしい。
想像したら面白くなって、ユリウスは口元を緩めた。
「気に入ったんじゃん」
「捨てる理由がないだけだ」
「くくくっ」
ミナが二人を見比べる。
「これが、りんごの魔道具?」
「そう。食えないって文句言ってたやつ」
「実際、食えねえだろ」
レオンの言葉に、ユリウスは笑った。
「じゃあ、今回は食える方な」
通りの先に果物屋があった。
りんごを三つ買い、一つずつ渡す。
「お前、今もりんごが好物なんだな」
「ああ、そうだよ」
その返事が少し柔らかくて、ユリウスは顔を見た。
レオンもこちらを見ていた。
何だよ、と言う前に、目が細められる。
ユリウスは慌ててりんごをかじった。
甘いはずなのに、味を確かめる余裕がなかった。
また遅くなってしましました。。
追ってくれている方がいたら申し訳ございません。
終わりが近いので駆け足でアップしていく予定です!




