二人の関係
入学から六年。
ユリウスとレオンは十五歳になった。
訓練場に響く剣の音。
昔とは違って、対戦形式の訓練は剣と魔術、どちらの使用も認められていた。
ユリウスがレオンに向かって火魔術を放つ。レオンはそれを風魔術で弾き、そのまま一気に距離を詰めてきた。
それを見て、ユリウスがにやりと笑う。
次の瞬間、ユリウスの土魔術でレオンの足元にぽっかりと穴が開いた。
「っ!」
一瞬だけ体勢が崩れる。すぐに立て直したものの、ユリウスにはその一瞬で十分だった。
地面を蹴り、一気にレオンの脇を抜ける。振り返るより早く、その背後へ回り込んだ。
レオンの首筋に、ひやりと剣が触れた。
「一本!」
教師の声が響く。
ユリウスは剣を下ろしてレオンと向き合い、二人揃って一礼する。
「……お前、またそういう勝ち方を」
「勝ちは勝ちだろ?」
「ずる賢いやつ」
「馬鹿よりマシ」
「俺は馬鹿じゃない!」
にやりと笑うユリウスに、眉をしかめるレオン。
六年経っても、二人は相変わらずだった。
授業の成績で競い、剣を交え、魔術の精度を比べる。どちらが先に食堂へ着くかなんて、くだらないことまで勝敗に数えた。
競うために側にいた。負けないために相手の得意不得意を知った。
「ユリウス、昼どうする?」
「食堂。今日は肉のシチューだから」
「お前本当にそれ好きだな」
「デザートはリンゴのコンポートだぞ?」
「よし、食堂行くか」
意味もなく、お互いの好物まで知った。
いつからか、ユリウスにとってレオンは『最後の守護者』ではなくなっていた。
挑発すれば必ず乗る。
薬草採取では夢中になって他の生徒の分まで刈り尽くし、二人揃って教師に怒られた。
魔力が尽きるまで意地になって特訓を続け、同級生に呆れられながら二人揃って医務室へ運ばれたこともある。
ゲームの中では寡黙で、冷静で、誰よりも頼りになる男。
けれど今、ユリウスの隣にいるレオンは、負けず嫌いで、意地っ張りで、一緒になって馬鹿なことをする十五歳の少年だった。
レオンにとっても、ユリウスはもはや、ただの競争相手ではない。
初対面で『失礼なやつ』だと思ったことなど、とっくに忘れていた。
口を開けば挑発してくるくせに、勝つための努力は誰よりも惜しまない。
剣で負けた日は素振りの回数が百回増えた。苦手を見つければ、できるようになるまで何度でも繰り返す。
こんなにも負けず嫌いなくせに、稽古中にレオンが怪我をすれば勝負そっちのけで医務室に引っ張っていく。
競うために始まった関係は、いつの間にかそれだけではなくなっていた。
一緒にいると心地いい。
隣にいることが、もう当たり前だった。
そして今日も、二人は同じ食卓を囲んでいた。
「うわ、サラダに豆入ってる」
ユリウスは器用に豆だけをすくうと、レオンの皿に放り込む。
レオンは何も言わない。それどころか、シチューに入った人参をユリウスの皿に移した。
「お前ら本当、仲いいな」
たまたま向かいで食事していた同級生のカイルが言った。入学した年に二人で勉強を教えて以来、何かとこうして軽口を叩いてくる。
「「どこが?」」
「そういうところが」
二人は顔を見合わせる。
「人参嫌いのおこちゃまと仲良くなんてありません~」
「お前だって豆よこしただろ!」
「豆食うとへそから芽が出る」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ」
カイルはしばらく二人を見て、呆れたように笑った。
「はいはい、仲良いですね」
「「違う!」」
声に出して笑いだすカイルの頭を、二人同時に叩いていた。
**
異変が現れ始めたのは、それから間もなくのこと。
王都周辺で、魔物の目撃情報が増えていった。
街道で複数の魔物を見たという商人。森に面した村では、家畜が襲われたという。
初めは小さかった異変が、少しずつ積み重なっていく。
二人が十六歳になる頃には、騎士団でも大規模な討伐隊が組まれるほどになっていた。
そしてついに、王立騎士学院にも討伐の要請が届く。
教師と騎士が同行し、低級魔物を討伐するための生徒が選出される。もちろん、首席と次席である二人も選ばれた。
「魔物、増えてるらしいな」
討伐地へ向かう馬車の中、向かいに座ったレオンがユリウスに言った。
「……そうだな」
ユリウスは窓の外を眺めながら短く返す。
「なんだよ。珍しく元気ないな」
「別に」
否定するものの、ユリウスの心はざわついていた。
魔物の増加。
それが何を意味するのか、ユリウスは知っている。
――魔王復活の兆候。
ゲームでは、ほんの数行で語られていただけの過去。各地で魔物の出現が相次ぎ、それから間もなく魔王の復活が確認された。
そして、聖剣アステリアと聖盾ヴァルガが目覚める。
とはいえ、ゲームの記憶が正しければ、魔王が復活するまでにはまだ少しの猶予があるだろう。
ユリウスは自分の手をぎゅっと握った。
「どうしたんだよ。いつもなら、どっちが多く狩れるか吹っ掛けてくるところだろ?」
レオンが不思議そうにこちらを見ている。その目には、どことなくユリウスを心配するような色があった。
――言えるわけない。
これから始まる地獄にお前は大きく関わっている。
なんて。
**
討伐が始まれば、これからのことを考えている余裕などなかった。低級とはいえ、数が多い。
実戦経験の少ない学院生たちは、思いのほか討伐に手こずっていた。
「ユリウス!あっちに火魔術撃て!」
レオンが声を上げる。その先では、小型の魔物が数体固まっていた。
ユリウスはすぐさま狙いを定め、火魔術を放つ。炎が魔物の群れを飲み込み、そこから逃れた数体をレオンが次々と斬り伏せていった。
「俺のおかげ」
剣を振って血を払いながら、指示を出した自分が偉いとでも言いたげにレオンがにやりと笑う。
その一言で、ユリウスの負けず嫌いに火がついた。
「俺の魔術を必要としてる時点でお前の負けです~」
「はあ?お前にも活躍の場を作ってやった俺の優しさだろ!」
調子を取り戻したユリウスに、レオンが笑う。
二人のやり取りを聞いていた周囲の生徒たちも、いつもの空気にようやく肩の力を抜いた。
その時だった。
「――下がれ!」
騎士の鋭い声が響く。森の奥から、すごい勢いで向かってくる魔物。
すぐに騎士が前に立った。教師は生徒を下がらせつつ、魔術によって騎士のサポートを始める。
全員がその魔物に集中していた。
集中していたから気づけなかった。
魔物が出てきた反対側から、もう一体の魔物が飛び出してきた。
一番近くにいた生徒は恐怖で腰を抜かす。目前に魔物が迫る。
――間に合わない!
そう思った瞬間には、ユリウスは地面を蹴っていた。
「ユリウス!」
背後でレオンの声。
それでも止まらない。
振り上げられた魔物の腕を剣で受ける。
重い一撃に体勢が崩れる。
そこへ、続けざまにもう一撃。
脇腹に焼けるような痛みが走った。
ユリウスは魔術を放とうとするも、痛みでうまく力が練られない。
「ユリウス!!」
聞いたことのない声で名前が叫ばれた。
次の瞬間、ユリウスの目の前にレオンが飛び込む。
「……レオン」
「下がってろ」
低い声だった。いつものような怒鳴り声でも、馬鹿にしたような声でもない。
ただ、当然のようにユリウスの前に立った。そして、一度、二度と魔物の攻撃を跳ね返していく。
その背中を、ユリウスは知っていた。
ゲームの画面が、記憶に蘇る。
傷ついた仲間たちを背に、巨大な銀の盾を構えて一歩も退かなかった男。
――最後の守護者 レオン・グランツ
今、目の前にいるレオンは聖盾を持っていない。まだ十六歳の少年で、手にしているのも学院から支給された普通の剣だ。
「なんだよ……」
ユリウスは思わず、小さく笑った。
七年も一緒にいて、すっかり忘れていた。
レオンは力で押されても、刃がこぼれてもユリウスの前から退かない。
きっと、聖盾に選ばれたから、守護者になったんじゃない。
レオンがこういう男だから。
聖盾ヴァルガは、こいつを選ぶのだ。
「ユリウス、ぼさっとするな!」
「分かってる……!」
痛む脇腹を押さえながら、ユリウスは笑った。
さっきまで胸の奥にあった不安が、少しだけ軽くなる。
これから、この世界はゲームで知っている物語へと進んでいくだろう。
それでも。
――大丈夫。
目の前にいるレオンの背中を見る。
この国には、レオン・グランツという最強の盾がいるのだから。
「レオン、十秒だ」
ユリウスが言えば、レオンはこちらを見ずに頷いた。
お互いに口元に笑みが浮かぶ。
ユリウスはレオンの後ろで、乱れた呼吸を整えた。
あっという間の十秒。
合図を送る前にレオンが右側へと体を逸らした。
レオンが開けた隙間をユリウスが力の限り放った火魔術が抜ける。その炎が魔物を巻き込み、燃やし尽くした。
――やったな!
そう声にしたはずだった。
けれど、その声がレオンに届くより先にユリウスの意識は闇へ落ちた。




