ライバル
ユリウスは、レオン・グランツという少年に興味を持った。
そしてそれを、三日後には後悔した。
「一本!」
訓練場に教師の声が響く。
ユリウスは呆然と自分の右手を見た。手に持っていたはずの木剣が地面に転がっていて、右手にはびりびりと痺れが残っている。
目の前には、木剣をユリウスに向けたレオン。
「……俺の勝ちだな」
ものすごく得意げだった。
それはもう腹が立つほど、得意げだった。
ユリウスの眉間に皺が寄る。
「もう一回」
「授業は終わったぞ」
「もう一回!」
「嫌だ」
「へえ、逃げんの?」
レオンの眉がぴくりと動いた。それからすぐ、口元に挑戦的な笑みが浮かぶ。
「誰が?」
「お前~あんな得意げにしといて、次負けたらダサいもんなあ」
「いいだろう」
教師が止める間もなく二戦目が始まる。
同じ学年の生徒たちは、二人の勢いに目が追いつかない。
ユリウスが剣を刺し込めば、レオンが体を捻って避ける。レオンがその反動を使って大振りに剣を振れば、ユリウスが剣で受ける。
勝負はなかなかつかない。何度も木剣がぶつかり、重たい音が響く。
お互いに息も切れ始めた頃。
――ばきん!
ユリウスの木剣が折れた。
「そこまで」
教師が止めに入る。疲労が限界に来て、二人して地面に転がった。ぜえぜえと、お互いの息の音だけが聞こえる。
「……はぁ、俺の、勝ち!」
レオンが拳を空に向けた。
「…………」
悔しい。
めちゃくちゃ悔しかった。
最後の悪あがきに、レオンより先に立ち上がる。
まだ寝転ぶレオンを上から見下ろして、
「……手、貸してやろうか?」
なんてせめてもの負け惜しみを口にした。
その後すぐにレオンも立ち上がる。もちろんユリウスの手は借りない。
「……明日」
ユリウスが呟く。
「何だ」
「明日もう一回、勝負しよう」
それは、ユリウスが負けを認めた一言。
レオンが楽しそうに笑った。
「いいぞ」
その顔を見て、ユリウスは完全に乗せられた。
**
翌日、魔術実技の時間。
生徒たちは三十メートル離れた的へ各々攻撃魔術を当てていく。否、当てられるように練習している。
「次は水の魔術」
「はい」
「次、火」
「はい」
ユリウスは教師の指示通り、水・火・土・風・光の属性の異なる魔術を順番に的に当てていく。
この世界の人々はすべての属性を扱うことができる。
戦闘においては、中でも得意な属性を扱うのが一般的だった。
ユリウスは光と火の魔術が得意だ。しかし、それ以上に魔術を扱う精密度が高い。
不得意な属性魔術も、その精密さがあれば的に当てることは難しくない。難なく全ての魔術で的に当てることができた。
同級生たちが感嘆の声を上げる中、悔しそうにこちらを見ているレオンが視界に入る。
ユリウスはにやりと口角を上げた。
――逃げんなよ。
声に出さず、挑発する。レオンの眉間に皺が寄った。
次に教師に呼ばれたのはレオンだった。
レオンも魔術が弱いわけではない。水・火・土と的に当てていく。次いで風魔術になった時、わずかに魔力の制御がぶれた。風の刃は軌道を逸らし、的の縁をかすめる。
「あ、」
思わずユリウスが声を上げる。レオンがユリウスを睨んだのを見て、慌てて口を閉じた。
最後の光魔術。撃つ前にレオンが深く息を吸う。
しかし、光魔術は軌道を意識しすぎたのか、今度は威力が足りずに的に届かなかった。
「悔しい?」
下がったレオンにユリウスが聞く。
「うるさい」
「ふぅん」
「なんだ!」
「今度は俺の勝ち!」
レオンの目に映ったユリウスは、満足そうに笑っていた。
それからと言うもの。
馬術、ユリウスの勝ち。
体術、レオンの勝ち。
「俺の勝ち!」
「体術は俺が勝った!」
魔術学、ユリウスの勝ち。
歴史学、レオンの勝ち。
「魔術学の方が強い!」
「歴史から人は学ぶ!歴史の方が強い!」
薬剤調合、ユリウスの勝ち。
「なんでお前そんなに上手いんだよ」
「んあ?こんなの料理とそんな変わんないぞ」
「料理なんて普通しないだろ」
「そうか?一人暮らししてた――」
ユリウスは慌てて口を閉じる。
前世では一人暮らしをしていたが、この世界ではまだ九歳。貴族の子息が一人で暮らすなんてあり得ない。料理をすることだって基本的にないだろう。
「一人暮らし?」
「……いつかするかもしれない時のためだ!」
「する……可能性もあるのか?」
レオンは不思議そうに考えたが、それ以上気にする様子はなかった。
危ない。ユリウスは安堵のため息を吐いた。
そして掃除、レオンの勝ち。
「何で掃除まで勝負に入ってんだよ!」
「お前が始めたんだろうが!」
点数のつかないものでも、全部勝敗を決める。
気づけば、学院で二人を知らない者はいなくなった。
一方が勝ったと叫べば、次の日にはもう一方が勝ったと叫ぶ。
ユリウスが魔術試験で技術・座学共に満点をとれば、レオンは剣術・体術で一位をとった。
教師たちは喜んだ。二人を競わせれば、勝手に伸びるからだ。
ある日の放課後。
レオンが訓練場へ向かおうとすると、ユリウスはまだ教室に残っていた。
「おい、お前は訓練場行かないの?」
「あー、ちょっと待って」
ユリウスの隣では、同級生が教科書とにらめっこしている。机の上には、魔術式を書き込んだ紙が散らばっていた。
「ここまでは分かった?」
「……多分」
「どこが不安なんだ?」
「ここがこうなる理由が曖昧で……」
「ああ、そこは……」
新しい紙にまた一から丁寧に術式を解きながら説明していく。レオンは、ユリウスの真剣な顔を盗み見た。
――おせっかいな奴。
そう思いつつも、レオンも向かいに座りユリウスの手元を覗き込む。
「ああ、俺もこれ最初躓いたわ」
「レオンが?」
「そう、ここが分かりにくいんだよ」
「ああ~なるほど、じゃあ、こう覚えたほうがいいかも」
ユリウスが書き直した術式を見て、同級生が「あ」と声を漏らした。それからは、すらすらと問題を解いていく。二人はその様子をしばらく黙って見守っていた。
「……二人とも、勝負行かなくていいのか?」
二人に見られて焦ったのか、同級生が気まずそうに聞く。
「後で大丈夫」
「別にいつも勝負してるわけじゃない」
「……はは、そっか、ありがとう」
全く気にしていなそうな二人に、安心して続きを書いていく。
三人が教室を出るころには、訓練場の使用時間はとっくに過ぎていた。
**
そして、一年の終わり。
ユリウスとレオンは共に掲示板の前に立った。一学年最後の試験の結果が発表されているからだ。
「…………」
「…………」
――首席ユリウス・アルヴェイン。次席レオン・グランツ。
「俺の勝ちー!!」
ユリウスの大きな声が学院に響き渡る。レオンは悔しそうに拳を握った。
「うるさい! 来年は俺が勝つ!」
「去年も聞いた!」
「来年は絶対だ!」
一年前、関わりたくないと言った相手と、ユリウスは今日も飽きることなく張り合っていた。




