出会い
ユリウス・アルヴェインが、自分のいる世界がかつて遊んだゲームの世界だと気づいたのは、七歳の春だった。
父が仕事で留守にしている間に書斎に忍び込み、大人の真似事をして遊んでいたときのこと。
たまたま目に入った重厚な装飾の一冊の本。そこには見開きいっぱいに二つの武具の絵が描かれていた。
一本の剣と一枚の盾。
剣の鍔には太陽を思わせる金の紋章があり、盾の中央には月と星が重なる銀色の紋章がある。
男の子なら格好いい武器を見て興奮しないわけがない。ユリウスは食い入るように二つの絵を見た。
しかし、その下に記された名前を見た瞬間、ユリウスの指が止まった。
《聖剣アステリア》
《聖盾ヴァルガ》
「……え?」
なぜか昔から、この名前を知っている気がした。
いや、気がするんじゃない。知っている。
画面越しに何度も見た記憶。
前世で遊んだRPGゲーム――『聖者と最後の守護者』
勇者が魔王を倒したはずの世界。
平和が訪れるはずだったのに、たった一年で魔物が再び現れ始めたという王国を舞台にしたゲームだ。
主人公は異世界から召喚された聖者。
国を守る役目を担う守護者と共に魔王城へと向かう旅に出ることになる。
目的は二つ。
再び現れた魔物の謎を解くこと。
そして――
魔王を倒したまま帰らなかった勇者を探すこと。
冒険RPGでありながら謎解き要素も多く、人気のゲームだった。
「……まじか」
生まれてから一度も言ったことのない言葉が漏れた。
ユリウスは震える手でページを捲る。
そこには聞いたことはないはずなのに、知っている名前がいくつも書いてある。
王都アーレシア。
北方要塞ガルシオン。
魔道都市エルネ。
魔大陸ウァラプラ。
そして、オープニングでも見られる、古き伝承。
――魔王が世に現れし時、聖剣アステリアと聖盾ヴァルガは目覚める。
聖剣は進み行く者を選び、魔王を討つ。
人はそれを『勇者』と呼んだ。
聖盾は立ち続ける者を選び、国を守る。
人はそれを『守護者』と呼んだ。
剣は厄災の根を断ち、
盾は厄災より人の世を守る。
二つの聖具が目覚めし時、
人は剣と盾、二つの加護を得るだろう――
間違いない。
ユリウスは前世で、このゲームを何時間もやり込んでいた。聖者が使う魔術だって全部覚えているし、聖盾ヴァルガの性能だって説明できる。
「嘘だろ……」
ユリウスは本を閉じ、そのまま床に座り込んだ。
「あのゲームが始まる前の世界ってことか……?」
つまり、まだ魔王は誕生していない。
勇者も守護者もいない。
「…………」
しばらく考えて、ユリウスは何事もなかったかのように立ち上がった。そして本を元の場所に戻す。
「よし」
――忘れよう。
アルヴェイン家は地方の小さな騎士爵家。戦いが始まれば戦場に出る役目ではあるものの、きっと物語の中では大勢の中の一人としか描写されないだろう。
だって、ゲームに『ユリウス・アルヴェイン』なんて人物は出てこなかった。
ならば関係ない。
魔王が現れるのは十年先。勇者が魔王を倒し、その後に始まるゲーム本編の騒動さえ生き延びればいい。
争いが起きる場所も、敵の種類もわかっている。
それなら、
「俺、めちゃくちゃ安全じゃん」
そう思った。
七歳のユリウスは、自分がどれほど盛大なフラグを立てたのか、まだ知らなかった。
**
九歳になったユリウスは、王都にある王立騎士学院の初等部に入学した。
理由は単純。才能があったからだ。
剣術、魔術、座学。
転生チートなるものはなかったが、前世の記憶がある分、座学に関しては圧倒的に有利だった。魔術や剣術そのものが、純粋に面白かったというのもある。
それに、父は教育熱心だった。
父自ら剣術を教え、魔術については講師を呼んだ。学びの場があると、実力もどんどん伸びていく。
だから熱中した。
熱中した結果、入学試験で首席をとった。
「……やりすぎた」
掲示板の一番上に自分の名前を見つけたとき、ユリウスは本気で後悔した。
ゲームの主要人物と関わらないように、目立つことは避け、魔王が現れても自分と家族を守れるくらいの力をつける。
完璧な人生設計のはずだった。
掲示板に向かって手を合わせ、何も起こりませんように、と心の中で祈る。
「君がユリウス・アルヴェイン?」
後ろから声をかけられ、嫌な予感に肩が跳ね上がる。振り返ると、そこには黒髪の少年がいた。
翡翠の瞳。見るからに育ちの良さそうな制服の着こなし。幼いながらもすでに整っていることが分かる顔立ち。
ユリウスの口角がぴくぴくと引きつった。
「レオン・グランツだ」
少年が名乗ってから、右手を差し出す。
「…………」
「?」
「……レオン?」
「そうだけど」
どうか思い違いであってほしかった。しかし少年は怪訝そうに眉を寄せるだけ。
レオン・グランツ。
その名前をユリウスは知っている。
ゲームのパッケージに大きく描かれ、プレイ中も何度も画面に映っていた。
主人公の聖者の隣、銀色の盾を構えた青年。
魔王軍から王国を守り抜き、行方不明になった勇者を探すため旅に出る。
そして最後には。
魔王に魂を奪われたかつての勇者を、自らの手で討った男。
――最後の守護者
「うわ」
ユリウスは思わず一歩下がった。
「……なんだその反応」
「いや、ちょっと」
そしてもう一歩下がる。
「俺に近寄らないでもらえる?」
「は?」
レオンの眉間に皺が寄った。差し出されたままだった右手が下ろされる。初対面であるはずのユリウスに、近寄るなと言われれば当たり前の反応だ。
それでもユリウスは止まれない。
「俺、お前と仲良くしたくない」
「…………」
「じゃ!」
ユリウスはそそくさと踵を返した。
嫌われても仕方ない。主要人物とこれ以上関わらないためにも、立ってしまったフラグは早急にへし折らなければ。
これで完璧だ。そう結論づけたユリウスの意識は、すでにレオンから離れていた。
しかし、三歩進んだところで。
「待て」
肩を掴まれた。
「……何」
「何じゃない」
レオンは明らかに腹を立てていた。肩を掴む手には結構な力が込められている。
「初対面でいきなり『近寄るな』と言われて、はいそうですかって帰れるか」
「帰ってよ」
「理由を言え!」
「嫌だ」
「なら納得できない!」
面倒な奴だ。
ゲームでは寡黙な男だっただろ、お前。
ユリウスは隠すつもりもなく、大きくため息を吐いた。
「じゃあ、何の用?」
「首席がどんな奴か見に来た」
「そう、じゃあもう見た?」
「は?」
「見たでしょ?じゃあ、もう終わり」
肩に置かれた手を払い、またその場を離れようと歩き出す。
「待て!」
今度は腕を掴まれた。
「何だよ、もう!」
「俺は二位だった」
「知らないよ!」
「次は勝つ!」
「…………」
ユリウスは目を瞬かせた。
レオンの翡翠色の瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。
敵意ではない。
悔しさと、どうしようもないほど強い競争心。
ユリウスは思った。
――こいつ、負けず嫌いだ。
ゲームのレオンからは想像もつかなかった。いつだって冷静で、どんな絶望的な状況でも聖者を守った。
勇者の行方を知ったときでさえ、ただ静かに剣を握った男。
まさしく世界の英雄だった。
「……ぷっ」
思わず吹き出してしまった。
前世でゲームをプレイしていた頃、自分の理想を詰め込んだような、強く頼れる男になるようレオンを育成していた。
そんな男が、九歳の今。
入学試験で二位だったことを本気で悔しがり、こうして自分に啖呵を切っている。
「何がおかしい」
「いや」
笑いをこらえる。
「お前、そんな感じだったんだな」
「だから何がそんなにおかしい!」
「なんでもない」
子供らしく真っ赤な顔をして怒るレオン。
ほんの少しだけ、ユリウスはゲームのキャラクターではない「レオン・グランツ」という男に興味を持った。
つたない文章ではございますが、よろしくお願いいたします<(_ _)>




