真実
グレインはユリウスの顔を見ると、少しだけ表情を緩めた。
それを見て、ユリウスも少し安心する。
「どうして団長がここに……」
「お前が報告をしないからだ」
「えっ……すみません……」
それからしばらく、グレインの説教は続いた。
心配をかけたこと。
異変が起きたことを、すぐに報告しなかったこと。
騎士たちを城から退かせるために、魔物をけしかけたこと。
ユリウスは言い返すこともできず、次第に肩を縮めた。
「分かったか」
「はい……」
すっかり大人しくなったその姿に、レオンとミナは顔を見合わせ、少しだけ口元を緩めた。
「お前の父親は、毎日のように本部へ来てたぞ」
「父上がですか!?」
「ああ。お前の友人、カイル・シグレナも、捜索隊に参加すると騎士団に乗り込んできたな」
「カイルまで……」
唇を噛むユリウスの肩に、グレインが手を置く。
「再び現れた魔物も、魔大陸からは出ていない。お前が救った国で、皆が帰りを待っている」
「はい……。ご心配を、おかけしました」
グレインは頷くと、持ってきていたアステリアと、小さな筒を前へ出した。
「アステリア!」
思わず手を伸ばしたユリウスを、レオンが慌てて止める。
「お前、危ないって!」
「あ、そうだった」
グレインはアステリアを丁寧に机へ置いた。
「王都で保管されていたものを預かってきた。お前が帰るのに必要だろう」
「ありがとうございます。俺、大事なものを……」
自分の知る話では、アステリアは隠しクエストを達成しなければ手に入らない。
ゲームの魔王は、聖書リュミエラだけでなく、アステリアまで奪っていたのかもしれない。
今回は、自分が置いて逃げた剣を、騎士たちが見つけてくれた。
だから今、ここにある。
「ミナが言うには、魔王の魔力をアステリアで断ち切る必要があります」
レオンがグレインに説明する。
「でも、俺はアステリアに触れないし、どうすればいいんだ?」
「大神官が、お前たちの報告をもとに伝承を調べ直した。聖書の記述につながるものが見つかったそうだ」
グレインは筒から紙を取り出し、机へ広げた。
大きな魔法陣が描かれている。
幾重もの円の内側に、細かな文字が並んでいた。
『三神の力、ここに合わさるとき、魔の力は消え去る』
「三神……?」
「この記述も魔法陣も、神殿には以前から残っていた。ただ、何を指すのか分からなかったそうだ」
グレインが、円の中に描かれた三つの印を指す。
「第三の聖具を発見したという報告で、大神官が調べ直した。その結果、ここの文字が、三つの聖具の名と一致した」
ミナがリュミエラを机に置き、紙へ顔を近づけた。
「本当だ……。この文字、本にもあります」
表紙の文字と、魔法陣の一角を交互に見ている。
「さらに、聖具が黒い力を剥がすという報告だ。これまで『魔の力』は、魔術に使う魔力全般だと解釈されていた。だが、聖者殿には、ユリウス自身の力と魔王の力が別々に見えている」
「はい。流れ方も違います」
「ならば、ここで消えるとされているのは、魔王の力ではないかと」
ユリウスは魔法陣を見下ろした。
「俺に入り込んだものも?」
「ああ。魔大陸に満ちる力も、同じものだとすればな」
「魔王を倒すためじゃなくて、その力を消すためのもの……」
「その可能性がある。聖書の記述と照らし合わせてほしい。そのために持ってきた」
ミナが急いで頁をめくる。
ユリウスも、隣に積んでいた本を引き寄せた。
魔王は聖者から書を奪い、三つの聖具を揃わせないようにした。
魂と魔王の力を分けることも、その先にあるはずの術も、使わせないために。
「……魔王を倒した後、その力まで消す方法があったってことか」
「まだ断定はできん。過去にどこまで力を消せたのか、記録にはない」
ユリウスは、魔法陣の三つの印を見た。
円をつなぐ線。その外側を囲む模様。
「……俺、この魔法陣、見たことあるかも」
聖盾を最大まで育て、アステリアを手に入れる。
さらに光魔術を極めた時にだけ現れる、攻撃のエフェクト。
画面の中で、確かに見た。
あれは、ただの演出じゃなかったのか。
「三つ揃えるだけじゃ、駄目なのかもしれない」
「どういうことだ?」
レオンの問いに、ユリウスはヴァルガを見た。
「聖具の力を、どこまで引き出せるか。それにも条件があるんだと思う」
過去に三つの加護が揃っていても、魔王は再び生まれた。
この魔法陣を使えなかったのか。それとも、使っても力が足りなかったのか。
それでも、ゲームのタイトルは『最後の守護者』だ。
最後。
もう、次の守護者が必要なくなるという意味だったら。
ユリウスは、机の上に揃った三つの聖具を見た。
「もしかしたら、俺も元に戻れるし、二度と魔王も生まれなくなるかもしれない」
**
魔法陣とリュミエラの記述を照らし合わせると、別々に読んでいたものがつながり始めた。
黒い力を、器から剥がす。
剥がした力を留め、器へ戻る道を断つ。
そのための術式が、魔法陣の中に組み込まれていた。
「ここ、黒い力を留めておくところだと思います」
ミナの指が、一つの円をなぞる。
「ヴァルガで抑える場所か」
「はい。ただ、ユリウスさんの魔力を巻き込まないようにしないと……」
ミナは本へ目を戻した。
レオンも隣から覗き込む。
「私が二つの力を見分けて、黒い方をこちらへ導く。その間、レオンさんに戻らないよう抑えてもらって……」
「最後に、俺がつながりを斬る?」
ユリウスが尋ねると、ミナは頷いた。
「でも、お前も魔術を使うってことだろ。できそう?」
「……やってみたいです」
リュミエラを持つ手に、少し力が入る。
「今までは見て、伝えることしかできなかったけど。この本なら、流れに触れられるみたいなので」
グレインが三人を見渡した。
「まずは小さく試せ。必要な場所と物はこちらで整える」
「お願いします」
レオンが頭を下げる。
ユリウスも続いて頭を下げ、それからアステリアへ目を向けた。
「……俺も、ちゃんと持てるようにならないとな」
**
翌日から、三人は力を合わせる練習を始めた。
最初は、指先だけ。
リュミエラに青白い光が灯ると、ミナには黒い力の流れが一層はっきり見えるようになった。
けれど、見えているものを動かそうとすると、金色の光まで引き寄せてしまう。
「待ってください。今、両方動きました」
「一回止めよう」
「……すみません」
「分かっただけいいだろ。俺には見えねえし」
ユリウスが手を振ると、ミナは息を整え、もう一度本へ目を落とした。
何度も確かめるうちに、動かし方の違いが少しずつ分かってきた。
黒い粒が指先から浮いたところで、レオンが銀の光を差し入れる。
「そこです。そのまま――あ」
黒い粒が光の端をすり抜け、ユリウスの腕へ戻った。
「……細かいな」
レオンが眉を寄せる。
戦場では、できるだけ広く光を延ばしていた。
兵が動く場所を作り、魔物を押し返すために。
今は、指先と黒い粒の間にだけ、光を通さなければならない。
数日後、初めて黒い力が戻らずに留まった。
ほんのわずかな粒が、銀の光に囲まれて浮いている。
「……できた」
ミナは瞬きもせず、それを見つめていた。
レオンも盾を構えたまま動かない。
ユリウスは、自分の指先を見た。
色の戻ったところが、前より少し広がっている。
「すげえな」
声にすると、レオンがこちらを見た。
「まだ動くなよ」
「分かってるって」
アステリアを握る練習を始めたのは、その後だった。
ミナが右手の黒い力を退け、レオンが銀の光で隔てる。
剥がせない奥の方からは痛みが続いたが、今までのように、触れた瞬間に手を引くほどではなかった。
ユリウスは、ゆっくりと柄へ指をかける。
「……ぐっ」
「離すか」
「いや」
一度、息を吐いた。
握り慣れていたはずの剣。手の中にある重さが、懐かしかった。
細く魔力を流すと、刀身に金の光が灯る。
「アステリア……」
光は消えなかった。
ユリウスは目を伏せ、柄を握る指に少しだけ力を込めた。
**
儀式に使う広間は、騎士たちが整えてくれた。
瓦礫を運び出し、床を確かめ、魔法陣を描く。
グレインが連れてきた神官たちも加わり、リュミエラと照らし合わせながら、文字を一つずつ確認した。
三人が調べている間にも、廊下から人の声が聞こえた。
荷を運ぶ足音がして、食事の時間になれば呼びに来る者がいる。
魔王城が、少しずつ違う場所になっていった。
前日の夜、ユリウスは広間の入口で足を止めた。
床いっぱいに描かれた魔法陣。
その中心に立てば、もう途中で逃げ出すわけにはいかない。
「何してる」
後ろからレオンの声がした。
「いや。でかいなと思って」
「今さら?」
「机の上で見るのと違うだろ」
レオンが隣に立つ。
二人で、誰もいない魔法陣を眺めた。
「……痛そうだよな」
「今よりずっと範囲が広いからな」
「そこは嘘でも、平気だって言えよ」
レオンは答えず、ユリウスの右手を取った。
元の色に戻った指先を、親指でそっと撫でる。
「帰ったら、言いたいことあるって言ったの、覚えてるか?」
「え? ああ、覚えてる」
「あれ、まだそのままだから」
「今じゃ、駄目なんだよな?」
「ああ、帰ってから」
「分かった。楽しみにしてるよ」
ユリウスは、その手を握り返した。
**
翌朝、三人は魔法陣の前に立った。
ミナがリュミエラを開く。
レオンはヴァルガを構え、ユリウスの隣へ並んだ。
「レオン、これ返すよ」
ユリウスが差し出したのは、銀の星だった。
指先が痛む。それでも、今度は落とさずに持っていた。
「ヴァルガの力が下がっても怖いしな」
「下がらねえって言っただろ」
レオンは震える手へ目を落とし、すぐに盾を近づけた。
欠けた縁へ、ユリウスが星をはめる。
指を離すと、痛みが引いていった。
「……今度は、自分で返せた」
レオンは揃った星を見て、それからユリウスを見た。
「帰るところまで、まだ残ってるぞ」
「分かってるって」
二人は拳を合わせた。
周囲には神官と騎士たちがいる。
グレインは三人の顔を順に確かめた。
「準備はいいか」
ミナが頷く。
レオンも短く返事をした。
ユリウスは、差し出されたアステリアへ手を伸ばす。
右手を銀の光が包んだ。
ミナの視線が、その中にある黒い力を追っている。
指を曲げ、柄を握る。
痛みはある。それでも、今度は離さなかった。
「ユリウスさん。そのまま、魔力を流してください」
ユリウスは頷き、剣へ力を通した。
アステリアが金色に輝く。
ヴァルガの銀と、リュミエラの青白い光が、それに続いた。
足元に描かれた線を、三つの光が走っていく。
ユリウスは剣を握り直し、顔を上げた。
あの日、魔王を倒した後にはいなかった二人が、今はすぐそばにいる。
魔法陣の最後の円が、光で満たされた。




