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勇者はまだ帰れない


「……」


すぐ後ろで聞こえるレオンの声。


振り向かないまま、自分の手を握った。

レオンを頼れば、きっと期待する。


ずっと戻れると信じて色々と調べてきた。

魔王城にある古書は、ほとんど読み漁った。

崩れていない部屋も一通り中を見たが、未だこの力について分かったことはない。



――また勝負しよう。



出立前の約束を思い出す。


……もし、その時が来たら。

最後の勝負だとでも言えば、お前は剣を向けられるだろうか。

そんな身勝手なことを考えてまで、もう、背を向けていられなかった。


ユリウスはゆっくりと振り向き、伏せていた目を上げた。


「……」


目があった。


「ごめん、レオン。俺、魔王になっちゃったみたいだ」


無理やり笑う。

目の前でレオンの顔を見たら、鼻の奥がつんとした。

泣くな。いつもみたいに、何か言わないと。


無理にでも何か言おうと、息を吸った。でも、それ以上喋ることはできなかった。

気づけばレオンの両腕が、ユリウスの背中に回っている。



「……ユリウス。また、会えた」

「っレオン……」


耳元で聞こえたレオンの声も震えていた。

名前を呼び返せば、痛いくらい腕に力がこもった。


視界がどんどん滲んでいく。

ユリウスも、ゆっくりと自分の腕をレオンの背中へと回した。



なあ、レオン。

こんなにならないとちゃんと気づけなかったけど、

勇者になるのも、国に戻らないと決めたのも、全部、お前が理由だった。


前世では、画面越しにいつもお前を見ていた。

この世界では、ずっと隣で一緒にいたんだ。


負けず嫌いで、すぐ怒って。

それでも、いつだって頼りになる、お前が。


――好きだよ。


じゃなきゃ、こんなに、安心できるわけないんだ。




**



「あの~……」


声に顔を上げると、少し離れたところにミナが立っていた。申し訳なさそうに、こちらを見ている。


「うわぁ!」


見られていた。

一気に顔が熱くなり、ユリウスはレオンの胸を押した。


けれど、背中に回った腕は離れない。


「おい、離せって!」

「逃げないか?」

「馬鹿、今それどころじゃない!」

「は?それどころだろ。お前どんだけ逃げたと思ってる」

「いいから、離せ!」


のけぞるユリウスを抱きとめたまま、レオンはまっすぐその目を見ていた。

本気で、答えを待っている。


「に、逃げないって」


そう言って、やっとレオンは腕を緩めた。

それでも、片腕はまだ腰にまわったまま、そばを離れようとしない。


「お見苦しい所を……」

「あ、いえいえ、こちらこそすみません。なんだか盗み見るのも申し訳なくて……」


顔をあわせたユリウスとミナは、お互いぺこぺこと頭を下げる。

角の生えた頭を何度も下げる姿に、レオンは少し笑った。


何が、魔王になった、だ。

いつものユリウスじゃないか。


その目尻に残っていた涙を、そっと指でぬぐった。


「も、ちょっと!さっきから何だお前!」

「別に」


そう言うレオンの口元は笑っている。

そばで見ていたミナも、その様子に吹き出した。


ユリウスは顔を真っ赤にさせて、唇が震えている。


「ふふ、ごめんなさい。ユリウスさん。私はミナと言います」

「聖者ですよね……?異世界から来た」

「はい。魔大陸の異変を確認するために来ました」


その時、レオンの腕に力が入った。

ユリウスは思わず、そちらへ顔を向ける。


「何で、聖者のことを知ってる」

「え?」

「異変が起きてから、大神官に聞かされたんだ。古い伝承にしか残っていない存在だぞ」

「あ、やべ」


慌てて口を閉じるも、もう遅い。

レオンは怪訝そうに眉をひそめ、ミナはぱちぱちと目を瞬かせている。


ユリウスが一歩下がろうとすると、腰に回った腕に一層力がこもった。


「おい」

「ちょっと一旦離してほしいな~……」

「説明するまで離さない」


視線を泳がせるユリウス。

腕の力からは、絶対逃がさないというレオンの意思を感じる。


「……」


もう、どうにでもなれ。



**



それからしばらく、ユリウスは前世の記憶について話した。

別の世界で生きていたこと。この世界で起きる出来事を、以前から知っていたこと。


ゲームのことまで、どう説明すればいいのか分からない。

だからまず、自分が知っていた結末と、それを変えようとしてきたことを伝えた。


「じゃあ、お前は……勇者が魔王になるって知ってて、勇者になると言ったのか?」


全てを聞いたレオンは、額に手を当てた。


「……そうならないようにするつもりだったんだよ」

「お前……」

「まあ、こんなふうに、お前に話せる未来は知らなかったけどな」


レオンが唇を噛み締めるのを見て、ユリウスは眉を下げる。


「どうにか戻ろうと色々調べたけど、今もまだ何もわかってないんだ」


ユリウスは自分の指先を見た。ミナもその手をじっと見ている。


「アステリアにも触れなくて、お手上げだったんだ」

「……」

「さっき、ヴァルガの星にも弾かれた。……自分で返すつもりだったんだけどな」


レオンが顔を上げる。

寂しそうに笑うユリウスに言葉を返せなかった。


「……手、見せてもらえますか」


ミナが言った。ユリウスもレオンも、そちらを向いて目を瞬かせる。

ユリウスは少し戸惑いながら、星に触れた方の手を差し出す。


指先へ顔を近づけたミナが、目を細めた。


「ここ……黒い力が、薄くなってる」

「え?」


自分の目には、変わらず黒く染まって見える。

隣から、レオンもその手を覗き込んだ。


「星のまわりも、黒い力がなくなっていたと言ったな」

「はい。でも、触ったユリウスさんの手も、同じなんです」


ミナは石段に残された星へ目を向け、それからユリウスを見た。


「触った時、どんな感じでしたか」

「どんなって……痛くて、すぐ離した。アステリアも同じだった」

「その時も、自分が拒まれたと思ったんですね」


ユリウスは頷く。

ミナはしばらく黙って、その指先を見つめていた。


「……逆かもしれません」

「逆?」

「聖具が弾こうとしたのは、ユリウスさんじゃなくて、この力の方だったとしたら?」


ミナの指が、黒い紋様の手前で止まる。

ユリウスは、差し出したままの自分の手を見た。


「あなたから、黒い力を引き剥がそうとしていたのかもしれません」


その言葉に、ユリウスは息をのんだ。


「調べましょう。私に見えるものは、全部お伝えしますから」


レオンが、差し出したままだったユリウスの手を取った。

痛む指先には触れず、その手を包み込む。


「俺は何をすればいい」


ミナへ向けて尋ねる声に、迷いはなかった。


「こいつと帰れるなら、何だってする」


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