再会
眠らなくても身体は動いた。
レオンが来たなら、あいつは、無理やりにでも魔王城へと踏み込むだろう。
ユリウスは自分の影から生まれる魔物を見た。
その赤い目は、ユリウスを見ても攻撃してこない。
魔王城を守るために、このまま魔物を放置することは簡単だ。
魔物に阻まれ、仲間が傷つき、何日もかけて進んだ道を思い出す。
レオンにまで、同じ思いをさせるわけにはいかなかった。
光魔術が、魔物に向かって飛んだ。
「……あの人、多分聖者だよな」
レオンの隣にいた女性が浮かぶ。
自分の名前を呼んだレオンを、必死に引き留めていた。
何が見えたのか。
俺じゃなかった、って思ったかな。それとも、正体に気づいた上で、この力を前に追いかけるのをやめたのだろうか。
素直に聖者の言葉を聞いたレオンにやきもきする。
そんな資格あるわけないのに。だって、追いかけられたって、自分は止まれない。
目を瞑れば、ゲームのシナリオが頭に流れてくる。
数ある分岐の中の一つ。聖者と守護者の関係が少しだけ進展するものがあった。
プレイヤー人気も高くて、自分だって前世で何度もその分岐になるように進めたりもした。
でも、いざ、目の前でそうなるのか、って思うと。
――抱きしめると思う。
「どういうつもりで、言ったんだよ……」
ユリウスはゆっくりと立ち上がり、魔王城の奥へと向かう。
調べられてないことはまだ多い。
守護者と聖者が静かなうちに、この力について調べなければ。
**
翌日。
レオンとミナは数名の騎士と一緒に、魔王城まで近づいてきていた。
一体の魔物が瓦礫の向こうから飛び出してくる。
レオンはすかさず剣を向けたが、届く前に細い光が魔物の頭を貫いた。
光が飛んできた方をすぐに確認したが、人影はない。
ミナの方を向くと、同じく城の方をじっと見たまま動かない。その顔色は少し青くなっていた。
「何か、見えたか?」
「……黒い、力がお城全体を覆っていて」
「黒い力?」
「すごく、嫌な感じがします……。魔物にも、小さいけど同じ黒いのが見える」
レオンはもう一度城を見るが、やはり何も見えない。
「その力は、俺たちへ向かってきてるのか?」
「ただ、広がってるみたいです。でも、魔物は多分、その力から生まれてます」
魔物が生まれる根源。
魔大陸ウァラプラの魔力が、その黒い力なのだろうか。
「お城の中に、ひと際真っ黒なところがあって……。ん?」
「どうした?」
「その、真っ黒なところに、少し金色の光が……」
「ユリウスか!?」
「いや、それは分からないです……。もっと近づかないと」
レオンは剣から手を離し、城門へ一歩進んだ。
すると、足元で石が弾ける。
撃たれた場所を見れば、靴の先から、ほんの少し前。足を出していれば、踏んでいた場所だった。
「報告の通りです。中へ入ろうとすると、こうやって光魔術が我々の侵入を拒むように飛んできて……」
「……」
城門を避け、崩れた外壁から入れないか。
レオンは半歩退き、右側の通路へ目を向けた。
すぐさま今度は通路の入口が光る。石片が転がった。
「守護者殿、これ以上は」
「分かっています」
その場で止まり、城を見上げた。
右へ目を向けただけで、先回りされた。
こちらの視線をよく見ている。自分の踏み出す速さまで、読まれている。
レオンの口元が、わずかに動いた。
「ユリウス」
呼んだ声が、城壁に返った。
ミナも、騎士たちも、誰も動かない。
「……いるんだろ」
返事はない。
レオンはしばらく待ってから、ヴァルガの縁へ指をかけた。
小さな銀の星が、音もなく外れる。
それを、城門の前の石段へ置いた。
「……一度、戻ります」
騎士たちへ告げ、背を向ける。
今度は、足元に光が落ちることはなかった。
**
翌日、また城門の前へと来た。
銀の星がそのまま残されていることに、胸が痛む。
城を見上げても、やはり人影はない。
「その星のまわりだけ、黒い力がなくなってますね」
ミナが言った。
――もしかして、触れないのか?
だから、星だけ残しているのだろうか。
どちらにしても、本人に会わなければ分からない。
しかし、その日は城の後ろまでぐるっと回ったが、魔物が増えるだけで中に入ることはできなかった。
帰り際、ミナが星の隣に飴玉を一つ置いていった。
「子供じゃないんだぞ」
「ただのお土産です」
また翌日。
石段の上には星のかけらだけ。ミナが置いた飴玉は消えていた。
レオンは少し眉を寄せる。
「飴、食べましたかね?」
「魔物が持っていったのかもだろ」
「ふふ、やきもちです?」
「うるさい」
今日はミナを後ろに下げ、騎士たちが守っている中、レオンだけが盾を掲げて正門を進もうとした。
光魔術は飛んでこない。その代わり、入口を炎の壁が塞ぐ。水魔術を向ければ、風魔術が炎を煽り、さらに勢いを増した。
「魔術であいつに勝てねえよ......」
燃え尽きるのを待っても、いつまでも消えない。
魔力切れ起こしたらどうする。
もっとちゃんと作戦を立てるべく、その日も引き返す。
「今日はクッキー」
「楽しんでないか?」
それからも、侵入を試みるレオンと、阻むユリウスの攻防が続いた。
星は相変わらずそこにある。
それでも隣におかれた差し入れは毎回なくなっている。
「しつこいな」
「何がです?」
「あいつ」
「レオンさんが何しても、先回りで防がれますね」
「......負けねえ」
「また勝負になっちゃいましたね......」
楽しそうな顔で笑うレオンを見て、ミナは呆れたように笑う。
もしかして、ユリウスさんも――。
城の方を見れば、相変わらず黒い力が広がっている。
でも、その中の金色の光が、前より少し強くなった気がした。
**
レオンが初めて星を置いていった日、ユリウスは日が暮れても窓辺から動けなかった。
石段に置かれた、小さなかけら。
アステリアに触れたときの痛みを思い出し、心臓がどきどきと音を鳴らす。
最初は、近くで見ただけで触れなかった。
次に見たときは、飴が隣にあったから、それだけもらった。
久しぶりに食べ物を口にすれば、甘みが広がっていく。空腹を感じなくても、飴玉がおいしくて、少し涙が出た。
次のクッキーは、取りに行く前に、にわか雨で濡れてしまった。
それでも大事に城へ持ち帰る。
隣にある星にも手を伸ばしてみたけど、触れる前に止めた。濡れて駄目になるものじゃない。
それから何日経っただろう。
毎日のようにレオンがやってきては、城へ入ろうとしてくる。
怪我をしないように。
レオンに当てないように。
あの手この手で侵入を阻む。
ある日、レオンの剣がユリウスの光魔術を弾いた。
その嬉しそうな顔が見えた瞬間、ユリウスも知らず知らず、口角が上がっていた。
なんとかその日も侵入を阻止して、レオンたちが引き上げるのを確認する。
辺りが暗くなるまでユリウスは待った。日が沈んでしばらく、石段の星を見に行く。
「……」
触れるだろうか。アステリアの時みたいに、弾かれたら。
それでも、今度こそ、ユリウスは星に手を伸ばした。
――バチッ
「っ!」
やっぱり触れない。激痛のする指を押さえ、後ずさった。
「……ユリウス」
声のする方を振り返りそうになった。
駄目だ。顔を見られたら、もう誤魔化せない。
足音はしなかったのに、どうやって気づかれないように来たのか。
「ミナに、お前から見えない道を教えてもらった」
聖者の力。
ゲームでも、隠された道を見つけるために使っていた。
自分が見張っていた場所を、越えてきたのか。
「ユリウス」
もう一度、名前が呼ばれる。
声の主が、一歩、二歩とこちらに近づいてくる気配がした。
「来るな!」
「……」
咄嗟に出てしまった声は震えていた。
きっと、もう、全部レオンにばれてしまった。
ユリウスは言葉を考えるように、目をぎゅっと瞑る。
気づかないうちに手に力が入っていた。
「帰ってくれ……魔物は俺が、どうにかするから……」
「……」
「国に迷惑かけないようにする。......だから、お前は帰れ」
「ふざけんな」
レオンの声が怒ってる。いつもの呆れ混じりの声じゃない。
「ユリウス、俺はもう待てない」
「待たなくていいって」
「無理だろ、今、お前が目の前にいるのに」
「お前、今の俺の姿見てそれ言ってんの?」
「まだ見てないだろ、こっち向けよ。同じこと言ってやる」
「そっからでも見えるだろ。髪、黒くなった」
また、一歩レオンが前に進む。
「角だって、見えてるだろ。目も赤くなった」
「分かった」
「分かってねえよ。俺、もう――」
「ユリウス」
また名前を呼ばれた。いつの間にか、すぐそばまで近づいていたみたいだ。
「お前の顔を見て、話したい」
17時投稿のつもりが、遅れてしましました。。
すみません。。。




