↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/32

聖者


王都は明るい雰囲気から一変、勇者を心配する声が多くあげられていた。

花飾りは仕舞われ、昼から店先で楽しそうに酒を飲む者たちもいない。


レオンは神殿に向かう馬車の中で、大神官から聞いた話を思い返す。



『魔王討たれし後、その残穢が新たな災いを成すとき、第三の加護が目覚める』



魔物は、魔大陸ウァラプラに満ちる魔力から生まれる。

魔王がいない間にも魔力は少しずつ蓄積し、やがて新たな魔王を生むという。


魔王が討たれれば、その魔力も大きく失われ、再び魔物が現れるまでには、数十年かかるはずだった。

けれど過去に一度だけ、魔王を討っても魔物が消えなかった記録があるらしい。


何が起きるのか、どう対応したのか、全ては聖者が導くと。



儀式は一週間後。

馬車が止まり、開かれた扉から神殿を見上げた。

聞けることは、全部聞いておこう。

あいつを見つける手がかりを、一つでも持っていけるように。



**



一週間後、レオンは神殿の地下にいた。

聖具の選定で訪れた時とは、違う部屋だった。


床には巨大な魔法陣が刻まれ、その周囲に十二名の神官が並ぶ。

レオンも壁際に立ち、儀式の準備を見守っていた。


「……成功するのですか」

「分かりません」


大神官は静かに答えた。


「千年以上、行われていない儀式です」

「そんなものを……」

「異変を確認するにはこれしかありません」


レオンは口を閉じた。


やがて神官たちが祈りを唱え始める。魔法陣の線をなぞるように、白い光が灯った。

地下にいるはずなのに、風が吹く。

衣服の裾が揺れ、光は目を開けていられないほど強くなった。


レオンも咄嗟に腕で目を覆う。


風が止み、祈りの声も途切れた。

ゆっくりと腕を下ろすと、魔法陣の中央に、人がいた。


十九か、二十歳くらいの若い女性。

長い茶色の髪に、見慣れない服を着ている。床に座り込んだまま、呆然と辺りを見渡していた。


「……え」


神官たちが息を呑む。

女性はその顔を一人ずつ見て、戸惑うように口を開いた。


「……ここ、どこですか」



**


女性は、ミナと名乗った。


別の世界から召喚されたこと。

この国で魔物が再び現れ始めたこと。

そして、聖者の力を借りたいこと。


大神官の説明を、ミナは黙って聞いていた。

話が終わってもしばらく俯いたままだったが、やがて顔を上げる。


「帰れますか」


大神官は、すぐには答えなかった。


「……今のところ、元の世界へお送りする方法は見つかっておりません」


ミナの唇がわずかに開いたけれど、言葉は出てこなかった。

膝の上で、両手が強く握られる。


レオンは、その手から目を離せなかった。


自分はユリウスを迎えに行きたい。

そのために、この人は帰れるかも分からない場所へ呼び出された。


一週間前までは、ユリウスを探すために早く儀式をと思ってたくらいだったのに。


「……すまない」


ミナが顔を上げる。レオンは深く頭を下げた。


「勝手に呼び出して、こんなことを頼むのは、身勝手だと分かっている。それでも、助けたい奴がいるんだ」

「……助けたい人?」

「ユリウス。魔王を倒した後、行方が分からなくなっている」


名前を口にすると、喉が詰まった。


「どうか、力を貸してほしい。俺もあなたを帰す方法を探すから」


返事はなかった。レオンは頭を下げたまま待つ。

やがて、ミナが小さく息を吐いた。


「……まず、その人の話を聞かせてもらえますか」


顔を上げると、ミナはこちらを見ていた。

両手は、まだ固く握られたままだった。



**



「実は、異世界転移って、私の世界だと結構有名なんです」


ミナが召喚されて一日が経った。

昨日、レオンはこれまでのことや、ユリウスについて話した。


今日はこれからのことを話し合うため、グレインと共にミナの部屋を訪れている。

昨日よりは、言葉を交わせるようになっていた。


「異世界転移の経験が他にもあるのか?」

「あ、いや。現実の話ではなくて……だから今も少し夢を見ている気がして……」


どうやら、そういった物語がよく書かれているらしい。


「物語では、こういう時、特別な力をもらえたりするんですけど」

「見えざるものを見通す力、という話は聞いている」

「……でも、何が見えればそうなのか、分からなくて」


ミナは自分の手を見下ろした。

レオンも、すぐには答えられなかった。ヴァルガを持った時には使い方が分かったが、彼女にはそうしたものもない。


「何か、昨日までと違うことは?」

「違うことばっかりですよ」


言われて、レオンは口を閉じた。

ミナが少しだけ笑う。


「すみません。……一つずつ、確かめてもいいですか?」

「ああ。俺たちにできることなら」


ミナは頷き、顔を上げた。

その視線が、レオンの脇に置かれたヴァルガで止まる。


「それも、魔法の道具?」

「聖盾ヴァルガ。俺を守護者に選んだ盾だ」

「……触っても?」


レオンは盾を持ち上げ、ミナへ向けた。


恐る恐る伸ばされた指が、盾の縁に触れる。

ミナは目を細め、中央の月と、その周囲の星を順に見た。


「この光も、魔法?」

「光?」


レオンは手元へ視線を落とす。

魔力は流していない。窓から差し込む日が、銀の表面を照らしているだけだった。


「どんな光だ」


グレインが尋ねる。


「銀色の……薄い膜みたいな。盾の周りに、ふわっと広がってます」


レオンには何も見えなかった。

グレインも盾を確かめてから、静かに首を振る。


ミナの指が止まった。


「ここの星……これだけ少し、まぶしい」


それは、ユリウスに渡していたかけらだった。

レオンの息が止まる。


「何か、見えないか」

「金の光が、どこかへ……見えにくくて……」


ミナは目を細め、星へ指を近づけた。

レオンは盾を動かさないよう、両手で支える。


「……すみません。今は、それしか分からないです」

「いや……」


金色の光。

あいつが剣に纏わせ、何度も自分へ向けてきた光だった。


自分には見えない。それでも、あいつの光がまだここに残っている。

そう思うだけで、泣きそうになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。