帰る方法
ユリウスは一人、魔王城から離れた荒野を歩いていた。
「……痛っ」
右足をひきずる。
魔王城を出て一週間。歩き続けた脚は、もう体重を支えきれなかった。
足をくじいて、地面へと転がる。
傷の手当もせずに無茶をした身体は発熱し、意識も朦朧としてきた。
それでもユリウスは、歯を食いしばり立ち上がる。
あれからすぐに、大勢の騎士たちが魔王城の調査を始めていた。
近くに身を隠すにも安心できず、こうして遠くまで逃げてきたのだ。
「げほ、役に立たねえ力……」
魔力を練ってみても、禍々しい力が溢れるだけで、傷を癒してはくれない。
「傷も治せねえくせに、こんな悪魔みたいな見た目にしやがって」
帰りたい。
それなのに、帰り道からはどんどん遠ざかっていく。
長い間歩いた先で古い遺跡を見つけ、崩れた壁の陰に潜り込むと、ユリウスの意識はそこで途切れた。
**
「ん……」
ユリウスが次に目を覚ますと、辺りは日が沈んで真っ暗だった。
固い壁に寄りかかって眠っていたから、身体が痛い。
身体を起こそうとすると、頭の上で何かが壁に擦れた。
「何だ......?」
擦れたものを掴むと、それは自分の頭とつながっている。
手のひらで握れるほどの何かは、手触りがつるつるとして先端がとがっていた。
「う、嘘だろ!」
何も考えられないまま、走りだす。
少し離れたところで水の音が聞こえて、足を止めた。
遺跡に隣接した森の中に小さな泉を見つけ、ユリウスは恐る恐る近づいた。
水に映る姿を確認する。
月明かりしかない状態では、シルエットしか見えなかった。
それでも、頭から小さな角が伸びているのが分かる。
「……」
水面に手の平を伸ばす。震える指先に光魔術を灯した。
「……あぁっ」
光に照らされた水面に、赤い瞳と、黒く染まった髪が映る。
ユリウスはその場に崩れ落ちる。
「どうして」
魔王は倒したはずなのに。
零れ落ちそうになる涙を、ユリウスは必死に堪えた。
諦めたらいけない。まだ、何かある。自分はユリウスだという意識が、ちゃんと残ってる。
「そうだ」
目を擦り、立ち上がる。
「俺は、魔王に乗っ取られたわけじゃない」
探さないと。レオンが待つ場所へ帰る方法を。
**
ユリウスが消えて、四ヶ月が経った。
レオンは毎日、時間が空くたびに城壁へ登る。
遥か先の道に、見慣れた姿が現れるかもしれない。
自分で迎えに行けないのなら、せめて、帰ってくるところを見逃したくなかった。
「……」
少しすると、グレインが上がってきた。
それでもレオンは振り返らない。
グレインは、その背中を見つめた。
戦場では、何百何千もの騎士を救った守護者だった。今の後ろ姿は、ただの少年だ。
「……グランツ」
「……」
「魔王の間まで同行した騎士の容体が落ち着いた。短い時間なら、話せるそうだ」
その言葉に、レオンが振り向く。
数日前、治療のためにガルシオンへ帰還した騎士たち。
魔大陸では十分な治療ができず、特に傷の深い者は、到着後すぐに専門施設へ運ばれたと聞いていた。
「会えるのですか」
「ああ、少しだけだが」
レオンは震える手を握り、グレインの後についていく。
一つの部屋に案内されると、そこにはベッドに横になる男がいる。
全身を包帯で覆われ、右目には大きなガーゼが当てられている。
「っ」
レオンは息を呑む。
「……守護者、殿」
「無理はしないでください!」
起き上がろうとする騎士に近づき、それを止める。
それでも騎士は、何かを渡そうとレオンに必死に手を伸ばす。
両手を差し出せば、騎士の手から落とされたのは銀の星だった。
レオンはただ、それを呆然と見つめることしかできない。
「……我々は、魔王を前に……手も足も出ませんでした」
騎士の目が、レオンの手元へ落ちる。
「炎が迫った時、勇者殿が……その星を、我々へ投げて……」
「……」
「守って、くださったのです」
返されたそれを、ゆっくりと握る。
ユリウスらしい。それがこんなにも苦しい――。
「それからユリウス、勇者は」
「……申し訳ありません」
騎士の目に涙が浮かぶ。
「我々だけ、帰って――」
「謝らないでください。ユリウスは、まだ――死んでいない」
自分でも驚くほど静かな声だった。
もう、ただ待っていることなんてできない。どうにかして自分で探しに行く。
握りしめた星が、銀に光った。
――待っていろ、ユリウス。
その日、勇者ユリウス・アルヴェインの行方不明が、正式に王国へ発表された。
帰還を待ちわびていた人々に、勇者の無事を伝える言葉はなかった。




