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決戦


扉を開けてすぐに警戒態勢に入るも、予想とは裏腹に魔王の間は静かだった。

奥には玉座が一つ。そこに、人影がある。


「……ようやく、来たか」


低い声が響く。

黒い角に長い髪。そして赤い瞳が光った。


魔力の圧だけで、何人かの騎士が膝をつく。

ユリウスの額に汗が伝った。


「魔王……」

「妙だな」


魔王は立ち上がり、こちらへ歩いてくる。

ユリウスは剣を構えるが、魔王は止まらない。


「お前、この世界の人間ではないな」


心臓が跳ねた。


「……それは関係ない」

「面白い」


その瞬間、魔王の魔力が爆発した。

ユリウスは姿勢を低くし、魔王の懐に飛び込む。



戦闘が始まった。



**


騎士たちは、戦闘開始の合図に立ち上がるも、空気の重さに満足に動けない。

近づこうとした二人の騎士が吹き飛んだ。


「下がれ!」


聖剣が音を鳴らして光る。

振り下ろされた剣を受けたのは、魔王の持つ黒い刃。


衝撃で床が割れる。


距離をとった魔王に、後ろに下がった騎士が火魔術を撃った。

剣を一振りしただけで、それを払い落とす。


「邪魔だ」

「駄目だ、下がれ!」


離れた場所にいたはずの魔王が、次の瞬間には騎士の前にいる。

ユリウスは風で自分を押し、急いで間に入った。

防ぎきれなかった魔力が斬撃となって、頬を切った。


「まだ庇う余裕があるとは」


魔王が笑う。剣をまとう魔力が強まった。

腕が押し開かれる。

その瞬間、魔王が狙ったのはユリウスではなかった。騎士の方へかざされた手。


指先に火花がはじけてすぐ、炎の柱が後ろへと飛んだ。



「――!」



ユリウスは胸元の紐を引きちぎり、銀の星を騎士たちへ投げた。


炎が届く瞬間に、銀の光が見える。

それでも、その衝撃で天井が崩れ、騎士たちの無事は確認できなかった。


「先のは、聖具の片割れか」

「……」

「なんとも不快な力だ。まあ、もうあやつらは戻っては来れまい」

「……お前を倒して、迎えに行く」



崩れた天井が道を塞いでいる。

その瓦礫の隙間から、銀の光がまだ漏れていた。



――なくすなよ。


悪い、レオン。必ず自分で探し出すから。

今はみんなを守ってくれ。



**



魔王はユリウスの魔術程度だと、簡単に相殺してきた。

ただ、聖剣だけは必ず黒い剣で受ける。アステリアの光だけは明らかに避けていた。

ユリウスは残りの魔力を聖剣に纏わせることだけに集中する。


次に動いたのは、魔王だった。


ユリウスの足元に黒い影が落ちる。

その影から伸びた何かが、ユリウスの足を引っ張った。


「っ!」


その何かをすぐに聖剣で断ち切るも、次には目の前に魔王がいる。

辛うじてその剣を受け止めれば、魔王の爪がユリウスの首元をかすめた。


浅い呼吸が漏れた。

歯を食いしばり、魔力を強める。なんとか魔王の剣を押し返した。

少しできた隙間に、すかさず足を踏み込む。


低い位置から振り抜いた剣が、今度は魔王の胸元を斬りつける。



「げほっ……はあ、はあ」



息が整わない。魔王も傷ついた胸元を押さえ、眉をひそめている。

聖剣でついた傷は、魔王も治癒させることはできないようだ。



「なぜ、そこまでして戦う?」

「勇者、だからだ」

「違うな。お前はただの世界の異物だ」

「そうだとしても、アステリアは、俺を選んだ!」


ユリウスは震える手に力を込める。今までで一番まばゆい光が、聖剣を覆った。

初めてアステリアが応えてくれた気がした。



「終わりだ!魔王!」



最後の一撃。残りの魔力をすべてつぎ込んで、ユリウスは聖剣を振った。

黒い魔力が魔王を覆う。


光がぶつかって、一瞬、何も聞こえなくなった。


「ぐっ、あぁー!」


跳ね返りそうになる剣を、叫びながら押し込んで行く。

一層強い光がはじけた瞬間。


アステリアが魔王の胸を貫いた。


「……ごふっ」


魔王の目が見開かれた。

剣を刺した箇所から少しずつ黒い粒子へと消えていく。


「勝った……」


アステリアはまだ金色に光っている。


「レオン」


帰れる。約束守れるぞ。

膝の力が抜け、その場に座り込みそうになった。



その瞬間――。


魔王の手がユリウスの胸倉をつかみ、引き寄せる。

消えかけたその顔が近い。


「――え」


赤い目が、楽しそうに歪む。


「勇者」


声は弱い。でも、耳元ではっきりと聞こえた。


「お前は、器に向いている」


その言葉に一瞬で血の気が引いた。なんで、魔王はもう、消えはじめているのに。

すぐに離れようとしたが、崩れた魔王の胸から黒い何かが既にユリウスへとまとわりついていた。


「――がぁ!」


痛い。熱い。まとわりついたそれが、ユリウスの中へと流れ込んでくる。

冷たい。苦しい。もう何も分からない。


聖剣を振るったが、刃は魔王をすり抜けた。


「っやめろ!」


魔力を避けるように身を捩っても、黒い魔力に染められていく。

嫌だ、レオン。俺は――。


――また会おう


立っていられなくなり、地面を転がってもがく。

視界がどんどん黒く染められていった。


「っ、あああああああ!」


『身体を渡せ』

「嫌だ!」

『魂をよこせ』

「ぐっ嫌だ!!」


痛みに涙がにじむ。


『お前はこの世界の者ではない。元の場所へ帰れ』

「……っ、違う!」


強く目を瞑れば、前世でみたゲーム画面が浮かぶ。

聖者と守護者と同じ道を何度も辿り、平和な世界を何度も見た。


違う、そんなのは分かってて、ここまで来た。



――帰ってこい。



そうだ、俺が帰る場所は。

これまでずっと競い合ってきた記憶が一気に流れ込んでくる。


「俺は……」


声が震える。


「ユリウス・アルヴェインだ」


黒い魔力はユリウスを覆いこみ、やがて、大きな爆発を生んだ。





**



「右前方、下がれ!」


遠く離れた北方要塞ガルシオン。

何千もの魔物が一斉に城壁へと押し寄せていた。


「一番隊!押し返せ!」


兵の怒号があちこちで聞こえる。


「グランツ!」

「っく!」


聖盾を構えれば、銀色の光が広範囲を覆う。

過去最大の魔物の量に、レオンは盾に力を込めるのに精いっぱいだった。


「今のうちに下がれ!」


レオンが叫ぶ。

負傷した騎士が肩を担がれ、後ろへと下がる。

衝撃を受けながらも、一歩、一歩と前へ進んだ。


前線を押し返していく。



「次が来る!」


隣に並ぶグレインが、大剣で魔物を薙ぎ払う。

その瞬間、少しだけ息ができた。


――あと少し。


根拠はない。でも、今、ユリウスも戦っている。

きっと、もうすぐ、笑顔で帰ってくる。


「絶対通すな!」


だから、自分も、ここを守る。

盾を持つ手に力を込めたその時、ヴァルガが大きく震えた。


「っ!」


戦闘中にヴァルガが勝手に反応するのは初めてだった。

銀色の光が一瞬、黒く揺らぐ。


「何が――」


気を取られた瞬間、世界に金の光が走った。

あまりのまぶしさに、目を瞑る。


次に目を開けたときには、大量にいたはずの魔物が塵のように消え始めていた。



戦場に静寂が訪れる。

異様な光景に、だれも動けなかった。グレインでさえ、動かず周囲を確認している。


すべての魔物が消えた頃、どこかで誰かが叫んだ。


「魔王が討たれた!」

「勇者が勝った!!」


歓声が沸き上がる。涙を流し、抱き合って喜びを分かち合う騎士たち。

レオンは、一瞬理解が遅れる。

グレインの方を見れば、静かに頷かれた。


「…………」


勝った。ユリウスが、魔王に。

帰ってくる。


盾をもつ手の力が抜けた。


「……やったな」


レオンの顔に笑みが浮かぶ。星がかけたヴァルガの縁をなぞった。



「……は?」


ヴァルガは小さく震えたまま止まらない。

喜んでいるというより、怯えている。


「ヴァルガ?」


聖盾は答えない。

一瞬だけ、銀に光る色にわずかに黒が混ざる。

そして次には銀の光ごと消えた。



ガルシオンには勝利の鐘が鳴り響いた。

赤黒かった空は晴れ、青一面が広がっていく。


「はやく、帰ってこい……」


歓声に紛れ、その声は誰にも届かなかった。


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