魔王城
ゲームで何度も見た、最終ダンジョン――魔王城。
画面越しでは、ただの背景だった。でも実物は、そんな軽いものではない。
黒い塔。赤い空。
禍々しい魔力があたり一面を覆っていた。
馬も怯え、騎士たちも誰も口を開かない。
魔王城へと突入するその時に向けて、静かに準備していた。
「勇者殿」
騎士の一人が声をかける。
「ここから先は、徒歩で向かいます。同行する騎士は24名。他はこの拠点に残します」
「はい」
ユリウスは聖剣を抜いて掲げた。
金の光が溢れ、周囲の魔術が少し安定する。
緊張した面持ちの騎士たちも、その光を見て少し息を吐いた。
「必ず魔王を討ちましょう」
魔物が多く蔓延る魔大陸では、大きな声を出すことはできない。
騎士たちは皆、ユリウスに向って騎士の礼をとった。
**
攻略は、ゲームよりはるかに地獄だった。
城に入ってすぐ、亡者の兵が溢れかえる。
ただの剣では何度も復活し、最後はユリウスが全てを斬り伏せた。
二層へ進めば巨大な獣が道を塞ぎ、進んだ先には魔術を反射する吸血鬼がいる。
討伐は簡単には終わらない。何人もの騎士が負傷し、後退した。
「火の魔術は使うな! 相手を回復させる!」
「え!?」
「水で抑えて! 俺が斬る!」
三層の敵は物理攻撃に強いゴーレム。
魔術師たちは戸惑いながらも、水魔術を撃ち続けた。
段々とゴーレムの動きが鈍くなる。
「行きます!」
ゴーレムの動きが止まった一瞬、ユリウスが声を上げると魔術が止んだ。
一気に間合いを詰め、光を纏わせた聖剣を大きく振り抜く。
刃に触れた胴体に金の光が走り、硬い身体が内側から砕けた。
「どうして分かったんです?」
「……勇者の勘です」
騎士からは感心の声が上がる。
どれも前世で見たことのある敵だったとは言えないが、その知識のおかげで今のところ死者は出ていない。
「次代の勇者よ……期待されたらごめん」
呟いた言葉は誰にも聞かれなかった。
その後も、覚えている限りの知識で騎士たちを導いた。
罠のある通路、強敵のいる部屋を避け、いち早く魔王のもとへ。
**
魔王城へ入ってから七日が経った。
中層にたどり着くまでに、負傷により同行する騎士は半分にまで減っている。
それでも、犠牲を出さずに魔王のもとへ行けるかもしれないという期待が、少しずつ大きくなっていた。
それなのに。
「……道がない?」
初めてユリウスの記憶が外れた。
いや、そんなわけがない。過去何度も見た場所だ。
ゲームの中では、この先に階段があったはずだった。
「勇者殿、一旦来た道を戻りましょう」
騎士が声をかけるが、ユリウスは動かない。
一人、壁に触れてから、聖剣に力を流し込んだ。
「下がってください」
ユリウスの言う通りに下がる騎士たち。
それを確認した後、壁に向かって聖剣を振り抜いた。
がらがらと音を立てて崩れる壁の先に、隠された階段が姿を現す。
騎士たちは驚きの声を上げながら、迷いなく進むユリウスを称賛した。
それなのに、ユリウスはうまく笑えない。
明らかに道が変わっている。誰かが意図的に隠したのか。
――魔王が、気づいている?
ここまで迷いなく進む、ユリウスの存在に。
階段を上がり、広い場所に出る。
あたりは暗く、物音ひとつしない。ユリウスの聖剣が、皆の足元を照らしていた。
記憶では、ここで敵は出てこないはずだが、直前の出来事を考えると油断はできなかった。
何が起こるか予測できない状況に、ユリウスの手に汗が滲む。
「…………」
その時、少し離れたところから、何かがぶつかる音がした。
皆がそちらを向いた瞬間。
「勇者殿!」
騎士がユリウスの身体を押した。
「っ!」
直後、背後からの衝撃音。ユリウスがいたところで、右肩に風の刃を受けた騎士が倒れていく。
「……あ、」
ユリウスはすぐに魔術が飛んできた方向に火の魔術を撃つ。
周囲を照らしながら進む魔術が、その先にいた魔物を燃やしたのが見えた。
「はやく、傷を塞いで!」
倒れたのは、王都からここまでずっとユリウスに説明をしてくれていた騎士だった。
傷が深い。早く血を止めなければ――。
治癒師がすぐに傷に魔力を流すも、その表情は固い。
「ご、ごめんなさい。すみません、俺が、俺のせいで」
ここまですんなり進んだことで、魔王に警戒されたのだとしたら。
『来た道を戻りましょう』
そう声をかけてくれたのも、この騎士だった。
それが正しい選択だったかは分からない。
でも、もし、道を正しく知るユリウスのせいで、魔王が警戒を強めたのだとしたら。
自分が防がなければいけなかった。
この先には、ゲームでも変えられなかった結末が待っている。
それを変えると意気込んできたのに、知らない攻撃一つ、防げなかった。
――こんな自分に、本当に変えられるのか。
治癒を受ける騎士の前で膝をつく。拳は固く握られていた。
「……勇者殿」
呼ばれて顔を上げた。
倒れた騎士が、ユリウスを見ている。
「あ……」
「あなたを守るのも……自分の役目です」
「でも、俺が――」
「ここまで、何度も助けていただいたでしょう」
痛みに眉を寄せながら、それでも騎士は笑おうとした。
「信じてください。ここまで来れたのは、あなたの力です」
その言葉に、ユリウスは何度も頷いた。
傷ついていないもう一方の手を握る。
「俺は進みます」
魔王のもとまで。
握っていた手に、わずかに力が返ってきた。
治癒師が傷を塞ぎ、包帯を巻く。それでも、騎士は立ち上がれなかった。
一人が付き添い、近くの部屋へ身を隠すことになる。
「必ず、迎えに戻ります」
ユリウスはそう告げて、聖剣を握り直した。
**
十二日目。
食料も残り少ない。
魔力も完全に回復することはなく、傷は増えた。
戦闘を終えた部屋で少し身を休めるも、皆の顔から疲労は消えない。
ユリウスは胸元の星を握った。
『ちゃんと飯食って寝ろよ』
お前は、どうなんだよ。
こんな時間かかって、国は無事か?
今こそいっぱい聞きたいことがあるのに、声を届ける方法はない。
「……あと少しだ」
ユリウスは自分の膝を抱え込み、少しの時間眠りについた。
**
「勇者隊からの報せはないのでしょうか」
ガルシオンで、レオンがグレインに聞く。
その表情は暗く、疲れが滲んでいる。
「新しい報告はまだない。届き次第、お前にも伝える。だから、今は少し寝ろ」
「……」
「今以上の群れがこちらに向かってる。お前が万全じゃないと、防衛も崩れる」
「はい……」
空いたヴァルガの縁を指でなぞる。
――早く、帰ってこい
レオンは赤黒く染まる空を、見上げた。
**
十五日目、ついに最上層。
巨大な扉に、脈打つみたいに魔力が流れている。
「ここから、魔王の間です」
ユリウスが言う。
扉の装飾は、見たことがあるものだった。
守護者がここを開けると、魔王になった勇者が待ち構えている。
最終決戦の間だ。
勇者と魔王の戦いは過去の回想として断片的にしか映らない。
どんな敵なのか、ユリウスも全く知らない。
どきどきと心臓が鳴った。震えそうになる足に、力を入れる。
「開けます」
振り返ると、騎士たちが頷いた。
ユリウスは重い扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。




