手紙
王都を離れてから、ユリウスは毎日、馬の上で朝から夕方までを過ごした。
初めの数日は、通りかかる村でも勇者の名前を呼ばれた。
けれど、西へ進むにつれ、人の姿は減っていく。
畑には収穫されないままの作物が残り、戸を閉ざした家が並ぶ。
街道に魔物が現れれば、馬を下りて剣を抜く。
戦いを終えるころには、日が傾いていることもあった。
「本日は、ここで野営になります」
騎士の声に、ユリウスは頷いた。
地図の上では、まだ少ししか進んでいない。
魔道都市エルネに着いたのは、出立から一カ月近くたった頃だった。
街の外では魔物の姿が目立ったが、門をくぐると人々の声が聞こえる。
荷を運ぶ馬車が行き交い、店先には魔道具が並んでいる。
ユリウスは思わず足を止めた。
「気になるものが?」
「……あれだけ、買ってきてもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
ユリウスが指さしたものを騎士は不思議そうに見るも、止めることなく促した。
レオンがいたら、きっと呆れて笑われていただろう。
その夜、宿の机で紙を広げる。
『エルネに着いた。こっちは無事』
その他にも、馬の上ばかりで尻が痛いこと、保存肉が固いこと、道中で思ったことを何でも書いた。
『お前の好物見つけたから、やる』
最後にそれを書いて、小さく笑った。
今日見つけた、りんごの香りが出続ける魔道具。
なぜこんな魔道具があるのかは分からなかったけど、その赤い小さな魔道具を見た瞬間、レオンを思い浮かべた。
ユリウスはそれを手紙と一緒に丁寧に包んで、伝達係の騎士に預けた。
**
最初の手紙が届いたのは、レオンがガルシオンに着いて一カ月ほど経ったころだった。
城壁の補修状況を確かめ、部屋へ戻ろうとしたところで呼び止められる。
「守護者殿。勇者殿より、お便りです」
差し出されたそれは、明らかに紙以上の厚みがある。
「ありがとうございます」
疑いながらも差出人を見れば、学院で何度も見たユリウスの字。
思わず指でなぞった。部屋へ入り、すぐに封を切る。
最初に目についたのは、小さな、赤い何か。文章の最後に書かれた文字を何度も見る。
「……りんごは食うのが好きなんだけど」
手紙の通りに、魔道具らしきそれに魔力を込めると、ほのかにりんごの香りが漂った。
「相変わらずだな」
もう一度最初から読みなおして、口元を緩める。
魔物との戦いについては、ほとんど書かれていない。それもユリウスらしかった。
机の上を片付け、紙を引き寄せた。
『手紙でもやかましいな。りんごは食えるものを寄越せ』
書いてから、少し考える。
『ちゃんと飯食って寝ろよ』
それだけ足して、ペンを置いた。
**
今日もレオンはガルシオン城壁を守るために盾を握る。
城壁の下には、黒い影がいくつも迫っていた。
「くっ!」
銀の光が広がる。
飛びかかってきた魔物が弾かれ、その後ろからも別の個体がぶつかってくる。
一度に受ける衝撃に、奥歯を噛み締めた。
「三番隊!負傷者を下げろ!」
グレインの声が飛ぶ。
レオンは光を保ったまま、そちらへ目を向けた。抱えられた兵が、門の内側へ運びこまれていく。
「グランツ、正面!」
すぐに視線を前に戻す。
光の向こうで、大きな魔物が身体を低くしていた。
突進を受け止めた瞬間、レオンの足が石の上を滑る。それでも光は破れなかった。
それから何時間そうしていたかは分からない。
大型の魔物が倒れ、後続の魔物たちが散っていく。
門が閉じられた後、レオンはようやく盾を下ろした。
「よくやった」
隣に立ったグレインに、息を整えながら頷く。
自分が光を保っている間に、何人もの兵が動いている。今のままでは、もっと広範囲で騎士を動かすことはできない。
次は、もっと早く周りを見なければ。
『今なら、馬の上でも寝れるぞ。
魔道具、気に入っただろ?
食い物はお前が寄越せ。相変わらず肉が固いんだ』
夜、届いたユリウスの手紙を見る。
部屋はいつも、りんごの香りが漂っている。
レオンはまたペンを手に持った。
**
港を発つ前に、ユリウスはレオンの手紙を三度読んだ。
『今日騎士に聞いた。あれ、女に贈る魔道具だぞ。
聖盾は魔力制御が難しい。
魔術師に聞いて、俺も上手くなってるぞ。次は負けない』
「女に贈る……まじか」
眉を顰めるレオンの表情が浮かんで、思わず笑いが漏れた。
「それに、魔力制御、ヴァルガも関係あったのか」
聖盾も、魔力制御で力が変わる。
なら、自分がアステリアのために鍛えてきたことも、きっと無駄じゃない。
丁寧に折りなおしてから、荷物の奥へしまった。
船が港を離れると、陸がゆっくりと小さくなっていった。
胸元の星に触れ、ユリウスは風に目を細めた。
魔大陸へ上陸してからは、進むのにさらに時間がかかった。
夜も魔物の声が聞こえて、安心して眠れない。
昨日は通れた道に、今日は群れがいる。迂回を繰り返し、傷を負う者が増えれば拠点へ戻って休んだ。
ユリウスも何度も治癒師の世話になった。
「あまり無茶はしないでください。あなたが倒れたらここまで来た意味がなくなります」
強い口調で言われ、ユリウスは口を閉じた。
血の付いた袖を見下ろすとレオンの顔が浮かぶ。
「……すみません。お願いします」
帰るまでが、自分の役目。
傷がふさがっていくのを、ユリウスは黙って見ていた。
**
季節が変わり、ガルシオンに雪が降った。
魔物の襲撃は途切れない。
何度も鳴る警鐘に、レオンの睡眠の間隔も短く細かくなっていく。
目の下の影を隠すことなく、今日も前線に立つ。
以前よりも広くヴァルガの光を延ばしながら、背後の足音にも耳を向けられるようになった。
「二番隊、後ろへ!抑えてから俺が前に出ます!」
今では、ヴァルガの力を展開しながら、剣だって振れる。
兵が下がったところを、レオンがすかさず埋めた。
手紙はまとめて届くことが増えた。
『こっちは雨ばっかりだ。昨日乾かした服がもう濡れた。
次に手紙が着く頃には、お互い十八になってるかもな』
最後の手紙の日付を確かめる。
もう一カ月以上も前に書かれた手紙だった。
**
十八の誕生日は、魔大陸の小さな拠点で迎えた。
魔王城へ近づくにつれ、魔物の数が増え、毎日怪我人が出ている。
そんな状況で日付の感覚が薄くなっていたユリウスは、レオンからの手紙を見て気づいた。
誕生日に手紙が届くなんて、偶然とは言え、気持ちはプレゼントをもらったかのようだった。
『俺は十八になった。多分届くころ、お前もおめでとう』
胸元の星を握る。じんわりと温かい。
今までの手紙は何度も読み直したせいで、土で汚れ、折り目に沿って少し切れていた。
新しい手紙もまた一緒にきれいに折ってしまう。
それからまた、魔大陸を進んでいく。
出立から、もうすぐ一年が経とうとしていた。
先頭を歩く騎士が足をとめた。
見上げると、赤黒い雲の下に、いくつもの尖塔。ゲームで何度も見た場所――魔王城が見えた。
誰かが息を呑む。
ユリウスは胸元の星を握ってから、アステリアへ手をかけた。
ついに、魔王との戦いが始まる。
**
「勇者隊から急報です! 魔王城へ到達、態勢を整え次第討伐を開始するとのことです!」
会議室で周辺の状況や物資の確認をしている時に、その知らせが届いた。
周りの騎士たちにも緊張が走る。
『生きてる。星も持ってる』
もう、三ヶ月も前に届いた手紙で連絡は途絶えた。
軍の急報には、ユリウス自身の言葉はない。
お前、もうそんなに進んでいたのか。
「ついにか」
グレインが言った。
ここ数日、魔物の襲撃の間隔が短くなってきている。
魔王城へ近づいた勇者隊に呼応しているのか、また別の理由があるのか。
レオンはヴァルガを握った。
『剣は厄災の根を断ち、
盾は厄災より人の世を守る。』
いつ戻ってもいいように、国を守るのが守護者の役目だ。




