出立
出立を翌日に控え、ユリウスは勇者隊の騎士たちと地図を囲んでいた。
王都から西へ進み、魔道都市エルネで物資を補充する。
そこから港へ向かい、海を渡って魔大陸ウァラプラへ。
騎士の指が海を越えたところで、ユリウスは地図に顔を近づけた。
上陸地点から先にも道は描かれているが、所々で途切れている。
「上陸後は、勇者殿を中心に我々が先頭に立ちます。聖剣のお力を借りて魔物を退けながら、進路を切り開くことになります」
魔物を避け、補給の拠点を築く。
進む道だけでなく、負傷者を後方へ送る道も確保しなければならないという。
勇者の冒険といえば、もっと少人数で進むのが当たり前だと思っていた。
現実の世界となれば、こんなにもたくさんの人が動いている。
「魔王城への到達までは、一年ほどを見込んでおります」
「……一年」
思わず、繰り返した。
魔大陸までの距離を考えれば想像できたはずなのに、ゲームでは描かれないせいで、どこか現実味がない。
一年後、レオンはどれくらい強くなっているだろう。
聖盾のレベルは最大まで育っているだろうか。数値では分からなくても、強くなったレオンと戦えたら。
そんなことを考えてから、胸元へ手をやった。
服の下にある銀の星を指先で確かめる。
ちゃんと返したら、剣と盾で勝負しよう。
最強の剣と最強の盾なら、どっちが勝つんだろうな。
魔王城にたどり着くまでの線を、ユリウスは目でたどった。
**
そして迎えた出立の日。
王城の前には大勢の人が集まっていた。
勇者隊の騎士たちが馬を確かめ、荷馬車へ最後の荷を積んでいる。
沿道には王国の旗が掲げられ、花を抱えた子供もいた。
ユリウスは出立の言葉を受け、国王へ深く頭を下げる。
「国のため、必ず任務を果たします」
「待っている。無事に帰れ」
国王は頷いて、ユリウスの肩に手をのせる。
その後も大勢の貴族や騎士たちに声をかけられた。
ユリウスは勇者として、何度も頷き笑顔を返す。
沿道に集まった人々へも手を振った。
最後の最後、やっとレオンと顔を会わせることができた。
「レオン」
「ああ」
「……約束。ちゃんと帰ってくる」
服の上から、胸元の星を握る。
笑顔で出発するはずだったのに、これから長い間離れることを考えると、レオンの前でだけは素直に口角が上がらない。
でもきっと、この言葉がただの強がりじゃないことは伝わっただろう。
レオンは胸元で握られた手に一度目を落とし、少し寂しそうに笑った。
「ユリウス、大丈夫だ。お前は強い。俺が一番知ってる」
これまで競ってきた相手だからこそ、その言葉がユリウスの心を軽くした。
「うん、お前よりも強い」
「この野郎……」
「いてっ」
レオンにおでこを弾かれる。でもその顔にはいつもの笑顔があった。
ユリウスもふっと息を吐いて、いつもの調子を取り戻す。
「手紙、書けよ」
「えぇ?」
「騎士団の連絡便に預ければ届く」
「何書けばいいかわかんねえよ」
「何でもいいだろ」
一年もあれば、書くことくらい見つかるだろうか。
顔をあわせれば何だって話していたのだから、きっといくらでも出てくる。
「分かった。何でも書く」
「そうしろ」
「勇者殿。そろそろ」
一人の騎士がユリウスを呼びに来た。
そちらを向き、頷いてから、もう一度レオンを見る。
「国、頼んだぞ」
「任せろ」
まだ、何か言っておきたい。
出発前にたくさんの約束をした。信じて待っていてほしい。
「……また、会おうな」
「っ、ああ、また会おう」
ユリウスが馬に乗ると、歓声が上がった。
勇者の名前を呼ぶ声。無事を祈る声。平和を望む声。
最後にもう一度振り返り、手を上げた。
レオンは、まだそこに立っていた。
馬が歩き出す。
歓声が少しずつ遠ざかって行った。
**
やがて最後の荷馬車も見えなくなった。
レオンはまだ、門の前から動かない。
朝の風に、旗が鳴っている。
聖盾の縁をなぞると、星を外した場所で指が止まった。
「グランツ」
グレインの声に顔を上げた。
「行くぞ」
「はい」
レオンはもう一度だけ、ユリウスが消えた道を見た。
それから、グレインの後を追って王城へと戻った。
会議室では、すでに騎士たちが待っていた。
レオンが席に着くと、一人が机に地図を広げる。
「北方からの報告は」
グレインの問いに、騎士が地図の上を指す。
「ガルシオン北東で、百ほどの魔物の群れを確認。先遣隊が接触しましたが、現在は後退しています。後方にも複数の群れが続いているとのことです」
北方要塞ガルシオンのさらに北から、赤い印がいくつも続いている。
「もうここまで進んでいるんですか」
「ああ。先に渡ってきた群れは、ひと月も経たずに要塞へ到達するだろう」
その言葉に、レオンは眉を寄せる。
「周辺の住民は要塞内へ避難させている。だが、さらに南へ送る時間はない。現地の騎士団は魔物を抑えることで手が離せなくなるだろう」
「こちらの出発は」
「三日後だ。兵と物資を伴う本隊の到着には一カ月ほどかかる。グランツは第一騎士団の騎馬隊と先行し、半月で要塞へ入れ」
レオンは、ガルシオンから南へ続く道を見た。
いくつもの街や村を通り、王都へとつながっている。
「俺は、要塞で壁になるということですね」
「そうだ。住民を安全に下がらせる。ただし、お前ひとりで持ちこたえろというわけではない」
グレインは周りの騎士たちへ目を向けた。
「兵を交代させ、傷ついた者を下げ、城壁を直す。勇者が魔王城へたどり着くまで、一年ほどを見込んでいる。ヴァルガの力をどこで使えば守りを保てるか、我々も把握しておかなければならん」
「「はっ!」」
騎士たちの声が重なる。盾を握る手に、力がこもった。
一年。今朝、ユリウスが消えていった道が浮かんだ。
あいつも、その長さを知って出発したのだろう。
「到着するまでにも、部隊との連携を確かめる。ヴァルガを使っていて、気づいたことは全て報告しろ」
「はい」
会議を終えると、レオンはすぐに騎士たちと訓練場へ向かった。
ヴァルガの使い方は、初めて持った時から分かっていた。
魔力を流すと銀の光が広がる。
けれどどこまで広く守れるのか、どれほどの攻撃に耐えられるのか、まだ自分でも確かめきれていない。
騎士が放つ魔術を盾で受けた。
魔力に集中すると、背後の騎士の動きへの反応が遅れ、どうしても守りから外れそうになる。
ユリウスなら、もっと器用に扱うのだろうか。
剣に魔力を流して戦っていた姿を思い出す。
「負けらんねぇ」
盾を構え直す。星を一つ欠いたヴァルガが、銀色に輝いた。
ユリウスが魔王を倒すまで。
どんな数の魔物が来たって、あいつの帰る場所を守り続けよう。




