第三試験
候補者たちは控室で各々治療を受け、服は白い正装に着替えさせられた。
闘技場にはすでに、厳かな台座に飾られた聖剣アステリアと聖盾ヴァルガが並んでいる。
先ほどまで歓声で包まれていたのに、今は皆、静かにその時を待っていた。
「これで、全部決まるな」
レオンは、隣に立って声をかけてきたユリウスに目を向ける。
「……なあ、ユリウス」
「ん?」
「もし、二人とも選ばれなかったら、」
――ずっと一緒にいられるんだろうな。
言葉を飲み込む。選定を目前にして、レオンの瞳が揺れた。
「……は?」
「……いや、その時は、また同じ部隊で勝負するんだろうなって」
少しの沈黙。いたたまれなくて目を逸らした。
「なんだよ、お前らしくない。選ばれたって、するだろ。さっき約束した」
「……」
「世界が平和になったら、何回でも」
その言葉に、レオンは拳を握った。
それを望んで、ここまで来たんだ。今さら弱気になってどうする。
ユリウスは遠く、開いた扉から見える並んだ聖具を見つめていた。
この時、ユリウスが何を考えていたのか。
聞かなかったことを後悔する日がくるとは思わなかった。
**
『二人とも選ばれなかったら』
そんな未来、考えたこともなかった。
だってお前は、聖具に選ばれる素質を持っている。
最初はレオンを勇者にさせないためだけに、自分がなると決めた。
けれど聖域で、勇者を討つあいつの苦しみを見せられて、分かった。
ゲーム通りにレオンが守護者になったとしても、傷つかずには済まない。
自分でも、他の誰かでも、勇者が魔王に取り込まれれば、最後に剣を振るうのはレオンだ。
お前に誰かを討たせる未来ごと、変えてしまいたい。
もしもが起きて、同じ部隊でまた勝負する未来があるのなら、どれほどいいだろう。
けれど、今はその願いに縋るのが怖かった。
ユリウスは聖剣を見つめる。
――頼む。お前が選ぶのは、俺であってくれ。
**
「候補者は全員、中央へ」
呼び声に従って闘技場の中央へ出ると、台座の剣がレオンの目に入る。
鍔に刻まれた金の太陽。アステリアだ。
その隣、銀の月と星が目に留まる。
――聖盾ヴァルガ。
肌が微かに粟立った。
嫌な予感を振り払うように、すぐに聖剣へ目を戻す。
「……かっこいいな」
ユリウスも聖剣を見ていた。その横顔に、試験前夜に話した姿が重なる。
――ちゃんと国守れよ。
嫌だ。聖剣に選ばれれば、自分が行ける。
ユリウスを国に残せる。
レオンは拳を握り、アステリアを見つめた。
「名を呼ばれた者は、聖具の前へ。手をかざし、その答えを待ちなさい」
神官からの説明はそれだけだった。
魔術を放つ必要も、剣を振るう必要もない。
ここまで積み重ねてきたものを、今さら見せることはできなかった。
それから、何人の名が呼ばれたのか覚えていない。
「レオン・グランツ」
名を呼ばれ、顔を上げる。
聖剣も聖盾も、未だどの候補者にも応えていなかった。
ユリウスもまだ隣にいる。
「行ってこい」
そうかけられた声にも、返事ができなかった。
一歩、二歩と聖剣に近づく。
「手を前へ」
アステリアの前に立ち、手をかざした。
来い。俺を選べ。少しだけ指を伸ばす。
――頼む。
アステリアは静かだった。
焦りで視界がぼやける。
アステリアの後ろで神官たちが顔を見合わせた動きだけが、妙にはっきり見えた。
ゆっくりと瞬きをした時、隣で銀の光が灯る。
顔を向けると、聖盾の中央に星が浮かび上がっていた。
光が紋章をなぞり、盾全体へ広がっていく。
神官が息を呑んだ。
「グランツ殿、聖盾の前へ!」
待ってくれ。
背を押され、一歩横へ動いた。
レオンの視線はまだアステリアにある。
まだ、少ししか待っていなかった。もう一度手をかざせば、アステリアが金色に光ったはずだ。
「グランツ殿。こちらを」
神官が横に立ったことで、聖剣に向いていた視界がさえぎられる。
指された方を見れば、銀の光がすぐそこにあった。
ヴァルガが自分を待っている。
伸ばしたくない手を、銀の光へかざした。
「聖盾ヴァルガが……!」
銀の輝きが増し、中央の月が存在を主張する。
闘技場から歓声が沸き起こった。
「聖盾ヴァルガが主を選ばれた! 守護者、レオン・グランツ!」
神官が促すままに、レオンはヴァルガを持ちあげた。
見た目は大きく重厚なのに、重さをほとんど感じない。
腕の動きを妨げず、身体の一部のように馴染んだ。
その事実が、自分が守護者で間違いないと言われているようだった。
「続いて、ユリウス・アルヴェイン!」
聞こえた名前に、そちらへ視線を向ける。
ユリウスは真っ直ぐに聖剣の前に進んだ。
手をかざす前、一度だけレオンの方を向いて腕に収まった聖盾を見た。
ユリウスの口元が嬉しそうに緩む。
それからレオンの顔へ目を上げると、口元に笑みを残したまま頷いた。
――待て。
ユリウスの手が、アステリアへ伸ばされる。
せめて、ユリウスは選ばないでくれ。アステリア。
「ユリ――」
金の光が、聖剣から溢れ出した。
刻まれた太陽が輝き、ユリウスの髪も、頬も、その光に照らされていく。
見慣れた横顔がまぶしい。
「聖剣アステリアが、主を選ばれた!」
闘技場は歓声でうるさいはずなのに、何一つ届かなかった。
ユリウスは恐る恐る、聖剣の柄を握る。
唇がわずかに動いたが、何と言ったのかは聞こえない。
こちらを向いた時の顔は、勝負に勝った時とは違う静かな笑顔だった。
「勇者、ユリウス・アルヴェイン! 守護者、レオン・グランツ!」
二人の名前が、高らかに告げられる。
視線を上げれば、カイル達が立ち上がっていた。
誰かが両手を振り、誰かが肩を叩き合っている。
隣に並ぶユリウスは何も言わない。
こういう時、いつも声をかけてくるのはユリウスからだった。
似合わねえとか、調子に乗るなとか、何か言えばいい。
それだけでユリウスは、いつものように笑うかもしれない。
けれど、聖剣を握る手が目に入るたび、言葉は喉で止まった。




