決勝
残す試合は決勝だけとなり、闘技場はどこも興奮した空気に包まれていた。
通路の先には、レオンが立っている。
盛り上がる会場を下から見上げていた。
「早いな」
「お前が遅いだけ」
ユリウスが隣まで行くと、レオンがちらりとこちらを見る。
「決勝だな」
「ああ、今日は勝つ」
「いや、俺が勝つよ」
二人は拳を突き合わせた。
目の前のこいつに勝つことだけを考えて、剣を交える。
そんな時間は、今日を最後にしばらく持てなくなるかもしれない。
歓声の響く闘技場へ、二人は並んで歩き出した。
「決勝、ユリウス・アルヴェイン! レオン・グランツ!」
二人の名前が続けて呼ばれる。
観客席の一角から、とびきり大きな歓声が上がった。
「本当に二人が残った……!」
カイルは立ち上がったまま、何度も手を叩いている。
「ほら、孫の代まで自慢できるぞ!」
「いや、まだ決まってねえよ!」
それに合わせて同級生たちも大騒ぎだ。
教師は横でなだめながらも、闘技場から目を離さない。
「二人とも、よくここまできた」
教師の震える声を、カイルは横で聞いていた。
「がんばれー! ユリウス!レオンー!」
**
中央でユリウスとレオンが向かい合う。
いつもの訓練場よりも広い。観客の声が、上からも横からも降ってくる。
ユリウスは大きく息を吐き、剣を構える。
レオンも、腰を落とした。
幻の中の光景が浮かぶ。
涙を流し、ユリウスの胸に剣を突き刺したレオン。
――大丈夫。
俺が勇者になって、帰ってくる。
だから、この先も競い合える未来を待っていて。
「負けても恨むなよ」
「お前こそ」
開始の合図が響く。
先に動いたのは、レオンだった。
剣がぶつかり、重い一撃にユリウスの足が後ろへ滑った。
「っく……!」
受けた腕に痺れが走った。
すぐに次の一撃が振り下ろされる。
ユリウスは身体をひねって避け、横から剣を入れた。
レオンが剣で受け止めたことで、刃が擦れ、耳元で嫌な音がした。
「馬鹿力が!」
「褒め言葉だな!」
もう一歩踏み込んだレオンの足元に穴が空く。
けれど、その足はもうそこにない。
「目線、ずらしてんじゃねえよ!」
「お前こそ、気づいてんじゃねえ!」
ユリウスが風を放つ。
レオンは身を低くして抜け、そのまま距離を詰めた。
急に近づいた間合いに、火を放とうにも自分まで巻き込みかねなかった。
ユリウスは魔術を撃つ手を止め、剣で受ける。
脇へ回るために軌道を横に逸らそうとするも、レオンが先に身体をこちらに捻った。
逃がすつもりはないらしい。
「お前、しつこい!」
「逃げるからだろうが!」
剣を押し返し、ようやく距離をとる。
息を整える暇はなかった。次はレオンが動く前にユリウスが踏み込む。
「……あいつら、ここでもあれかよ」
カイルが呟く。隣の教師は、二人の足運びを追っていた。
「本当に。それでも口が動くうちは、まだ余裕がある」
「あるんですか、あれで?」
答える代わりに、教師は身を乗り出した。
カイルも慌てて闘技場へ視線を戻す。
ユリウスの刀身に、光が宿る。
レオンは踏み込む速度を落とした。
以前やられたあの一撃は、まともに受ければ剣ごと弾かれる。
だが、光を維持している間、ユリウスは別の魔術を使えない。
レオンは横へ大きく動き、剣先を外へ誘う。
ユリウスが合わせて腕を動かしたその脇へ、一気に踏み込んだ。
「もう、それは効かねえよ!」
次の瞬間、足元を風が払った。
気づけばユリウスの刀身はもう光っていない。
「っ!」
レオンの体勢が傾く。そこへユリウスの剣が迫った。
「そんなこと分かってるよ!」
辛うじて受け止め、力任せに押し返した。
二人の間にまた距離が開く。
「……いつの間にそんな速く切り替えられるようになったんだよ」
「隠してた」
「は?」
「お前に初めて見せたくてな!」
いたずらが成功したみたいな顔をするユリウス。
レオンの口元に笑みが浮かんだ。
初めて見せるのがこの場でだなんて、本当にやってくれる。
「そうかよ!」
ユリウスはまだ強くなっている。
嬉しくて、それ以上に悔しかった。
「……楽しそうですね」
カイルが呟く。教師は二人から目を離さず頷いた。
光を使うユリウスも、剣を振るレオンも、学院で何度も見てきた。
以前なら目で追えた動きに、今は何度も置いていかれる。
それでも、剣を交えながら笑う顔は、よく知っていた。
「二人とも成長したな」
教師の言葉に、カイルは自分が褒められたように嬉しくなった。
何度目かの剣のぶつかり合い。
二人とも息が荒い。
ユリウスが風を放ち、レオンの力を押し返した。
指先が少し震えている。
魔力はまだ残っているが、集中が途切れれば制御が乱れそうだった。
一方、レオンも肩で息をしていた。
剣を握る腕が、最初よりわずかに低い。
「レオン。いい加減、終わりにしようぜ」
「俺は、まだまだ続けてもいいぞ」
「はっ!続きはまた今度だ!」
ユリウスが剣を構えた。レオンも腰を落とす。
二人にはもう、観客の声は聞こえていなかった。
ユリウスの剣にまた、光が宿った。
レオンは正面で受けずに、半歩横へずれ、刀身を外へと流す。
すぐに光が消え、次には風が放たれた。
それを土魔術で足場を作り、飛び越えて避ける。
レオンが着地した先で、ユリウスの左手がこちらを向く。指先に火花が散っていた。
――火が来る。
レオンが横へ跳ぼうと足に力を込めたその瞬間、ユリウスの剣が手元へ迫った。
予想していた魔術は飛んでこなかった。
「――っ!」
レオンは体勢が整わないまま、剣を戻す。
刃がぶつかり、辛うじてユリウスの剣を押しとどめた。
押し返すために力を込めたその時、ぶつかった刀身に電撃のように光が走った。
レオンの目が見開かれる。
いつもの大きく振り抜く一撃ではない。
剣が触れ合ったその一点にだけ、ユリウスは魔力を集中させていた。
腕が押し開かれる。
レオンはすぐに足を動かし、身を捩った。
――距離をとれば、まだ間に合う!
一歩下がった瞬間、また、光が消える。
短い風がユリウスの背を押し、開いた一歩が一瞬で詰まった。
レオンの喉元で、剣が止まる。
「そこまで!」
審判の声が、闘技場に響く。
「勝者、ユリウス・アルヴェイン!」
割れんばかりの歓声が上がった。
**
ユリウスは剣を下ろした。
レオンは自分の手を見つめたまま、動かない。
二人ともあちこちに小さな傷があり、顔も服も泥だらけだった。
「……お前らしい勝ち方だな」
「ずる賢いって?」
「いや、器用な奴ってこと」
「はは、それはちゃんとした褒め言葉だな!」
二人は向き合い、礼をした。
観客席に向かって手を振るユリウスを見る。
勝負に負けたことは悔しいはずなのに、ユリウスが笑う姿を見ると自然とレオンの口元も緩んだ。
今日ここで、全てが決まることを考えると焦る気持ちはある。
それでも、いつも競い合ってきた二人で、こんなにぼろぼろになるまで全力をぶつけ合えたことが嬉しかった。
「次は俺が勝つ」
「今日は『もう一回』はなしだろ?」
「ああ、だから世界が平和になったらだ」
「……何回でも受けて立つよ」
観客席を見上げると、同級生たちが立ち上がって声がかれるほど叫んでいる。
カイルは顔を真っ赤にして飛び跳ねていた。
「なんであいつが泣いてんの?」
「知らん」
ユリウスは最後にもう一度観客席へ手を振ってから、レオンと歩き出した。
こうして第二試験はユリウスの優勝で幕を下ろした。
ついに、アステリアの前に立つ時が来る。
もうすぐ決まる未来に、ユリウスの肩が少し震えた。




