第二試験
闘技場の歓声は控室にいても聞こえた。
候補者たちは支給された訓練着に防具をつけ、緊張した面持ちで出番を待っている。
ユリウスは落ち着かず、剣の柄を何度も握り直す。
「......人多くね」
「そりゃ公開するって言ってたし、今さらだろ」
そう言ったレオンも、立ったまま落ち着かなそうにしている。
壁の向こうで誰かが候補者の名前を叫んでいる。
それに応えるように、別の声が上がった。
「レオン、決勝まで上がって来いよ」
「お前こそ」
お互い顔を見合わせる。
その時、扉の向こうで係の騎士が候補者たちを呼んだ。
通路を抜けると、歓声が一気に近くなる。
石造りの観客席を埋め尽くすほどの人々。
頭上では王国の旗が風にはためき、正面の高い席には王族の姿も見えた。
候補者たちは闘技場の中央に整列させられ、その前にグレインが立つ。
「試験前の話を忘れるな。止められたら止まれ」
今日使用する剣は刃が潰され、防具には衝撃を弱める魔術がかけられている。
それでも、痛くないわけではない。
グレインの声に、候補者全員がそろって返事をした。
それから、候補者の名前が一人ずつ読み上げられていく。
「ユリウス・アルヴェイン!」
ユリウスの名前が呼ばれると。拍手に交じって聞き覚えのある叫びが届く。
観客席を探すと、カイルが立ち上がって手を振っているのが見えた。
隣には同級生たちや教師も座っている。
ユリウスは少しだけ手を上げて応えた。
「レオン・グランツ!」
また同じ一角から声が上がる。
「二人とも負けんなよー!」
「どっちかは負けるだろ」
「カイルにそこまで考えさせるなよ」
ユリウスが笑うと、レオンも少しだけ口元を緩めた。
久しぶりの友の顔に、やっと二人の肩から力が抜けた。
勝負は有効な一撃、降参、または審判による続行不能の判断によって決まる。
ユリウスは自分が当たる候補者を見た。
皆が強いことは、この一カ月の訓練で嫌というほど分かっている。
この勝敗だけで、聖具に選ばれるかどうかが決まるわけではない。
けれど、勇者に選ばれたなら、魔王と戦うのだ。
魂を奪われずに帰るためには、今勝たなければいけない気がした。
「第一試合、前へ!」
剣を握る手に力を込め、ユリウスは歩き出した。
**
最初の相手は、長剣を使う騎士家の青年セインだった。
剣だけで向き合えば、間合いに入る前に止められる。
魔術を放っても、セインは焦らずに避けてユリウスの踏み込む場所へと剣を振った。
「どうした!騎士学院生!」
相手に近づくことができないユリウスに、観客席から声が飛ぶ。
ユリウスの眉が動いた。
――今、考えてるっての!
風魔術で軌道をずらした炎も避けられる。
ユリウスは魔術を撃つのをやめ、剣を握り直した。
セインは攻撃が止んだ隙を逃さず、踏み込んでくる。
「ユリウス!」
カイルの叫び声が聞こえた。
目の前で長剣が振り下ろされる。
その瞬間、ユリウスが光魔術をまとわせた剣を振り上げた。
長剣の腹を捉えた瞬間、鋭い音が響き、セインの手から離れた剣が宙を舞う。
セインの目が剣から戻るより早く、光る剣がセインの面前に向けられた。
「そこまで! 勝者、ユリウス・アルヴェイン!」
割れんばかりの歓声が闘技場を包み込んだ。
ユリウスが観客席の方を見ると、カイル達が騒いでいる。
控えの場所で試合を見ていたレオンの方を向けば、少し嫌そうな顔をしていた。
「っぷ!」
以前、レオンの剣も弾いた一撃だ。
その時を思い出しているようなレオンの反応に、ユリウスは思わず吹き出した。
**
レオンの対戦相手は、土魔術で足場を変えながら戦うヴァルドという男だった。
レオンが踏み込むたびに地面が盛り上がり、剣先の届く位置をずらされる。
けれど、レオンは止まらなかった。変えられる足場さえ有効に活用していく。
一歩退く代わりに、盛り上がった土を蹴ってレオンが跳ぶ。
高い位置から振り下ろした剣が、ヴァルドの肩を捉えた。
攻撃を受けた防具に、衝撃を和らげる魔術紋が浮かぶ。
「勝者、レオン・グランツ!」
戻ってきたレオンは、ユリウスを見て口角を上げた。
さっきと違ってその表情はどこか得意げだ。
「俺とやってなかったら、足元に気を取られて負けてただろ」
「はっ!お前より小賢しくはなかったな」
「なんだと?」
「お前は視線すら相手の誘導に使うからな。ま、逆に視線外しすぎて分かりやすい時あるけど」
レオンがにやりと笑う。
「......試合前に教えるなんて、親切なことで」
「今から直せるもんなら直してみろ」
腹が立つ。
ユリウスは次の試合を待ちながら、さっきの自分の目線を何度も思い返した。
**
試合が進むにつれ、闘技場の歓声はどんどんと大きくなっていった。
それに反して、候補者たちの口数は減っていく。
悔しそうに剣を見つめる者や、次の試合に向けて精神を集中させている者もいる。
ユリウスも勝ち続けてはいたが、余裕はなかった。
魔術師の名門出身の相手には、火を水で消され、風を風で押し返された。
予定よりも魔力を多く使ってしまい、最後は魔術を放つ瞬間を狙ってどうにか剣を届かせた。
レオンも守りの堅い相手に長く足を止められた。
剣を受けられても急がず、魔術で守りをどうにか崩し、最後には正面から剣を当てた。
二人とも戻ってくるたびに息が荒くなる。
ユリウスは、自分の指を一本ずつ開いた。
魔力の流れは、まだ乱れていない。
「疲れたか?」
レオンが剣の柄を拭きながらユリウスに聞く。
「お前こそ」
「お前よりマシ」
準決勝に上がる候補者の名前が呼ばれた。
ユリウスが立ち上がる。
「ふん、決勝で確認してやるよ」
**
ユリウスの準決勝の相手は、エリシアだった。
「全力でいきますよ」
「ふふ、私もそのつもりよ」
挨拶を終えた瞬間から炎が闘技場を走り、観客席から悲鳴が上がった。
前髪をかすめ、ユリウスは身を低くする。
エリシアは動きながら、正確に魔術を重ねていった。
「教えすぎたかな......!」
呟きながら、風で炎を逸らす。その向こうでエリシアが笑ったのが見えた。
炎を逸らした隙に間合いを縮めようと考えていたのを止める。
そのすぐ後、ユリウスが踏み込もうとしていた場所に、火柱が上がった。
――さっきの魔術師との戦いを見ていたのか。
魔術だけでの戦いになれば、魔力量で負けているユリウスには分が悪い。
ユリウスは呼吸を整え、エリシアの手元に集中した。
炎が放たれる瞬間、水魔術をぶつける。
必要なのは炎を消せるだけの量で、大きな術を作る必要はない。
水魔術をぶつけるたび、ユリウスは次の術を組む時間を縮めていく。
次の炎が生まれる手元へ、ユリウスが風魔術を放った。
風を受けた炎が、向きを変えてエリシアを襲う。
エリシアの目が見開かれた。
炎を避けようと横へ退いたその先へ、ユリウスは一気に踏み込む。
次の瞬間には、ユリウスの剣先がエリシアの喉元で止まった。
「そこまで!」
エリシアは息を切らしながら、ユリウスを見た。
「……惜しかったわ」
「本当に。魔術で戦おうなんて、ずるいですよ」
「よく言うわ。その魔術で勝ったくせに」
歓声が響く中、二人は互いに礼をする。
控えの場所に戻ってから、エリシアが声をかけた。
「決勝、頑張って」
「はい」
「こう言っては何だけど、レオンよりあなたを応援しているのよ」
エリシアが片目をつむって笑う。
すぐ側で聞いていたレオンは、露骨に眉をしかめていた。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、レオンの顔見て。まるで魔王よ」
「あいつとはずっと競ってきてますから」
「……そういうことにしておきましょうか」
「?」
エリシアはそれ以上、何も言わずにその場を離れていった。
「見てろよ、ユリウス」
レオンはそれだけ言い残し、闘技場へと向かった。
開始の合図とともに一気に距離を詰めて、相手が魔術を放つ隙も与えない。
相手も容易には崩れなかったが、レオンは重い剣撃を重ねていく。
ついには相手の剣を叩き折った。
「勝者、レオン・グランツ!」
ユリウスは思わず口を閉じた。
「……何をそんなに怒ってんだ、あいつは」
ともあれ、これで決勝の相手が決まった。
長くなってしまったので、決勝は次回に続きます!




