第6話 片想いは、トンカツ定食のあとで
「……よし、今日は“あの”作戦、実行する!」
昼休み、俺――枦谷優斗は、食堂の入り口で小さく気合を入れた。
目指すはただ一つ。
この会社のミス太陽、大沢葵さんと、ランチを“偶然”一緒にすること!
『偶然』という名の“段取り”を、俺は昨日から細かく練っていた。
――正午ちょうどに食堂へ向かう
――入り口のドリンクディスペンサー前で“ばったり”を演出
――相手がパスタを選べば、俺はカツカレーで“おいしそうだね!”を狙う
――その後、勇気を出して「一緒にどう?」と切り出す
脳内では百回以上シミュレーションしてきた。
だが現実は、いつだって俺の上を行く。
「……あれ?」
ディスペンサー前に葵の姿はない。
もしかして、もう食べ終わった!? いや、待て、慌てるな――!
その時、背後から声がした。
「……はせたにくん?」
「はひっ!?」
(あかん、変な声出た)
振り返ると、そこにはまさに、噂の太陽娘・大沢葵がいた。
しかも、なぜかタピオカミルクティーを持ちながら、やや困り顔で立っていた。
「大丈夫? そんなにビクッとして」
「あ、いや、その……」
「まさか、待ち伏せしてたとかじゃないよね?(笑)」
「ちがっ、ちがいますっっ!!」
うわああああーーーああ終わった! 誤解された!
だが葵はクスッと笑って、
「冗談だって。ふふ、かわいいなあ、はせたにくんって」
……か、か、かわい……ッ!?(脳内崩壊)
「ところで、今日のランチまだなんだけど……一緒にどう?」
「いっ、いいんですか!?」
「うん。実は、青島くんと幸ちゃんがふたりで食べているらしくて、ちょっと放置されたの(笑)」
(青島……お前、やりおる……)
◆◇◆
俺たちはトレイを持って、食堂のやや奥、窓際の席に座った。
葵はナポリタン。
俺は予定通りカツカレー(想定通り!)。
「ここのナポリタン、昔ながらって感じで好きなんだよね。あ、でもトマト多いから、白いシャツだと跳ねるんだよな~」
「は、跳ねたら、俺が洗濯しますっ!」
「え、うそ、家政夫志望?(笑)」
「い、いや、そういうわけじゃ……って、なんか俺また滑ってます?」
「うん、ちょっとだけ。でもそういうとこ、安心する」
そう言って笑う葵の顔は、ほんとうに太陽みたいだった。
話しているうちに、俺の緊張もだんだんと解けてきた。
「……私さ、意外とこう見えて、あがり症なんだよ?」
「えっ!? うそ、信じられない……」
「いやほんと。面接の時も手汗がやばくて、ハンカチがしぼれるレベルだったし。あと、最終面接で自己PRが全部吹っ飛んで、“あ、こんにちは!”しか言えなかったの」
「……それでよく受かりましたね!?」
「でしょ? でも社長が笑って、“面白い子だ”って。それだけで通っちゃったの」
すげえ……この人、天性の“陽”属性だ。
「でも……」
葵の表情が少し曇った。
「たまに、自分でもよくわかんなくなるんだよね。“明るくいなきゃ”って思ってるだけなんじゃないかって。……疲れるときも、あるよ」
その一言が、なんだか胸に刺さった。
(この人も、戦ってるんだ)
「俺、いますよ」
「ん?」
「どんな葵さんでも、“あ、今日ちょっと曇り気味なんだな~”って思いながら、横でナポリタン食べてます。無理しないでください」
「……ずるいなあ」
「えっ?」
「そういうの、ずるいって言うんだよ」
葵は少しだけ、目を潤ませて笑った。
「ありがとね、枦谷くん」
その言葉だけで、俺はもう一週間くらい生きられそうだった。
◆◇◆
午後、オフィスに戻ると青島がこっそり近づいてきた。
「おい……枦谷、お前ら昼なに話してた?」
「別に、ナポリタンの話とか……」
「なんだよそれ、青春かよ!?」
「お前こそ、長峰さんとあんな距離近づいて……この裏切り者」
「え? なんで裏切り扱いなの!?」
「俺たちは一緒に“日陰者同盟”だったろ!」
「違うよ。もう“仮卒業”くらいにはしてくれよ!」
そんなくだらない会話を交わしながら、俺たちはまた、安宅興商の地獄の研修階段を登っていく。
でも今は、もう少しだけ前向きに登れそうな気がした。
だって、光が見えてきたから。
それが恋かどうかはまだわからないけど――
「次の休み、どこか行こうよ。ナポリタン以外の味も知りたいな」
葵からのその一言で、俺の心の中に、初めての“デート”という言葉が浮かんだのだった。




