第37話 コロンビアでの戦いと、それぞれの恋の結末
翌日、神戸空港。
慣れ親しんだ空港の匂いを嗅ぎながら、俺は深い息を吐いた。
ここからコロンビアへ旅立つ。
出発ロビーで搭乗手続きを終え、ゲートへ向かっていると、不意に視界の隅に見慣れた顔が映った。
枦谷、そして彼の上司にあたる係長だ。
まさか同じ便だとは。
流石に昨日の今日で、大沢は枦谷とまともに会えないだろうし、そんな大沢に付き合ったのか、今回は長峰のお見送りが無かった。
いつもの賑やかなお見送りがないことに、俺はほんの少し寂しさを感じた。
そのまま三人で機上の人となった。
コロンビアまでの長い移動だ。
だが、今回少しだけ良いことがあった。
なんと今回の移動に際して、ビジネスクラスのチケットが用意されていたのだ。
いつもは予算の関係でエコノミークラスだけでもかなり予算的にきつかったのだが、今回の移動ではその予算が国内営業本部から出ている。
前に一度経験したが、あの贅沢なビジネスクラスでの移動となった。
あの時には隣にラファが座っていて、かなりきつかったが、今回は枦谷が隣だったので、本当にあの時とは気分的も楽なたびになる……はずだった。
広々としたシートで足を伸ばし、美味しい機内食とワインを堪能する。
枦谷も係長も、その快適さに驚きと喜びを隠せないようだった。
しかし、どんなクラスでもやはり移動時間と乗り継ぎの多さには大した効果はなく、コロンビアに着いた時にはへとへとの状態になった。
やはり、中米は遠すぎる。
この距離は、十分に暴力だと思った。
ボゴタの空港には、今回はマリアが出迎えに来てくれた。
彼女の笑顔に少しだけ疲れが癒される。
俺はまず、枦谷と上司の係長を一度ホテルに案内し、チェックインを済ませた。
彼らは時差ボケと疲労でぐったりしている。
翌日、事務所に二人を招いた。
ラファと面会させ、いよいよコーヒーの輸入について本格的な相談を始める。
ラファは、俺が東京での戦いを潜り抜けてきたことに驚き、そして喜んでくれた。
コロンビアからの輸出について、まずは関係政府機関の紹介状を貰うことができた。
しかし、コーヒーの買い付けについてはカリまで出向かないと埒が明かないという。
今回も、みんな揃ってカリに向かうことになった。
ラファは今回は別便にて先に向かうことにしてもらい、俺たちは一度日本大使館に挨拶をさせてからFNC(コロンビアコーヒー生産者連合会)本部にも顔を出した。
担当者からの説明は前回とそう変わらない。
世界的需要の増加とアフリカでの不作の影響で新たなまとまった輸出先を作るのは難しいとのことだ。
FNCの説明ではアメリカ向けが相当高い割合を占めているが、ヨーロッパ向けもそれに負けずと多く、日本向けがそれに続いているが、最近特に東南アジアや、それ以上に中国向けがものすごい勢いで伸びてきており、日本向けに新たに枠を設けるのは難しいとまではっきりと言われていた。
その説明を聞いて事務所に帰るとき、係長が心配そうに俺に聞いてきた。「本当に、コーヒーの輸入先に心当たりがあるんだよね」
枦谷も相当心配そうな顔をしながら、「カリって、俺が襲われた場所だろう。そこの本当に(輸入先が)あるのか、ないなんて冗談では済まされないぞ」と顔色を失っている。
俺は、二人を安心させるように説明を始めた。
「今、小さな集まりなんだが、それをまとめてもらっているから、名称は無いが、その集まりで団体ができるはずだからそこからの輸入になる」
俺の説明を聞いた二人から「「『はず』ってなんだ」」と、見事にハモった突っ込みが入る。
FNCの説明が絶望的だったこともあり、カリに向かう途中でも心配そうに俺に色々と聞いてきた。
数時間後、カリの空港に着くと、ラファがお友達の二人を連れて待っていた。
俺は二人を紹介して、ラファたちが用意してくれた高級バンに乗って、二人が作っている団体の事務所に向かう。
事務所は三県のうちで比較的日本人農園主が集まる地域の都市にあり、どうもこの辺りの顔役だった人の元事務所を改装中だそうだ。
改装中の事務所で、今回分だけでも輸出ができるかと聞くと、二つ返事でできると答えられ、量を聞いてきた。
「すぐ用意できるのは40フィートコンテナで1~2個だけだがどうする」 と聞かれたので、俺が二人に聞いて、40フィートコンテナ一つ分の買い付けをその場で行った。
支払いなどについて、アメリカの銀行発行の小切手で支払う約束をして、すぐに契約に入る。
価格も初めての取引であることもあり若干の割引をしてもらい、その場で仮契約をして、すぐに本店の営業本部長に決済を求めた。
とんとん拍子に契約が終わる。
その後は実際のコーヒーの確認だが、俺はすぐに終わらせた。
集積所はすぐ傍にあるので、その場で確認を行い、出荷のための準備に入ってもらった。
次に輸出のための諸々な手続きだが、ここからカリまでのコンテナ輸送についてはラファの息のかかった輸送会社とすぐに契約が終わり、カリからについての船の手配についてが、少々難儀した。
一度首都まで戻り、大使館と相談して、大使館の紹介で四丼商事の余っている枠を借りて手配ができたので、もう一度カリに戻り、最後の手続きを終えた。
ここまで済ませて、インボイスなどの書類をもって、枦谷と上司の係長はカリから日本に帰っていった。
彼らの顔には、安堵と、かすかな興奮が浮かんでいるのが見て取れた。
しばらくすると、珍しく岡山事務所から連絡が入った。
木下先輩からの電話だ。
「元気にしているようだな」
「珍しいですね、木下先輩」
「聞いたぞ、この間東京と揉めたようだな」
「ええ、実は……」
簡単な世間話というには先の役員会議室での辞表の強要の話というややキナ臭い話をしていると、所長に電話が変わった。
「またあいつら、懲りてないな。まあ、今回もお前が成果を出しているので、相当不味い立場になりそうだから、面白いがな」
次期社長を目指している副社長は、どうも俺との相性が悪いらしく、辞表を強要すること自体、組合に所属している平社員の俺に対しては十分に問題になるが、それ以上に、コーヒー豆の輸入について国内営業からの要求を断り、しまいには「自分らでできるのならばやってみろ」とまで言うものだから、自分らの無能を俺が証明してしまったようなのだ。
実際には俺ではなく係長の名前で、添え書きに枦谷までサインしているから、二人の功績は動かしたくないくらいの快挙だと言える。
何せ、岡山の所長までコンテナがカリから日本に向け出されたのを知っているのだ。
これにはカラクリがあり、伍星商事に前に借りたコーヒーのことがあり、伍星の専務から所長に問い合わせがあったようだ。
財界というのは何処で繋がっているのあ俺には雲に上の存在なので想像すらできないが、どうも俺たちが借りた四丼商事のコンテナ枠の件で、四丼から伍星に「安宅がコーヒー豆をコンテナ一つ緊急で輸入したそうだぞ」という話が流れたようだ。
伍星からしたら、岡山の所長の顔を立てるためにかなり苦労してまで20フィートコンテナ分をやっと融通したばかりなのに、その倍の豆を入手したことが不思議でならないようだ。
「なんで、40フィートコンテナで豆が買えるんだ」と。
そこで、所長は詳しく情報を知りたくて俺に連絡してきたのだ。
俺は、先の役員会議室での件も併せて、大立ち回り辺りから説明しておいた。
すると、所長は「そのうち伍星もしくは四丼から連絡が入るかと思うが、そこに向けにいくらか豆を手配できるか」との問い合わせがあった。
俺が、「俺からは無理ですが、紹介はできそうです」と答え、お付き合いしているこの集まりについても説明しておいた。
すると所長は、「またつまらないことで……」なんて言っていたが、俺の置かれている状況については理解しているようで、俺からの説明に納得してくれた。
岡山との懐かしい人たちとの話は済んで、数日後に今度は長峰からSNSがあった。
「なんと枦谷が、本部長から褒められたとかで、その日の夜に長峰の前で大沢に告白して見事にまとまった」とあった。
俺は、大沢と長峰宛に「おめでとう」と返事を返して、枦谷には冷やかしを入れておいた。
そんなほほえましいやり取りがあり、今回は本当におめでたい話でまとまったと思っていると、ひっそりと大沢からのSNSが入る。
「枦谷さんも男らしく告白したのに、青島さんはできないのかな~」
なんて送ってきた。
いったい誰に告ればいいのだ。
体だけの関係ならばすでに二人もいるのにと、俺は苦笑いで適当に返事を返して、しばし少し昔と言っても最近の話だが、ルーマニアでのことを思い出す。
ルーマニアではエレナのおめでたい結婚話があったが、コロンビアでは枦谷と大沢さんか……あ、あの後事務所ができたり、かなり大ごとになったけど、今回は東京が絡んでいないから、そこまで大ごとにはならないかな。
そんなことを考えながら、俺は日本に思いを馳せていた。




