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Fラン大卒の逆転人生  作者: へいたれAI
第六章 異国に地での大立ち回り

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第32話 市場での騒動




 カリでの最初の夜は、あっという間に明けた。


 時差ボケと長旅の疲れ、そして最高級ホテルのふかふかすぎるベッドにやられたのか、親友の枦谷はまだ夢の中である。


 やれやれ、気持ちは分かるが、今日からが本番だというのに、この男は相変わらずマイペースだ。


 俺はというと、ルーマニアでのサバイバル生活のおかげか、どこでも眠れるたくましい神経を手に入れてしまったらしい。

 すっきりと目覚め、部屋のバルコニーからカリの街を眺める。

 アンデス山脈の麓に広がる街は、朝の光を浴びて活気に満ち溢れていた。


「さて、どうしたものか」


 枦谷が起きるまで、俺は今日の行動計画を練る。

 隣のスイートにはラファが、そしてその周辺の部屋にはマリアとイオナが滞在している。 

Fラン大卒の元落ちこぼれ商社マンと、恋に悩む日本のエリート商社マン、謎のルーマニア系大富豪、その才色兼備の秘書、そしてルーマニアから俺を追いかけてきたお嬢様。


 なんだこのカオスなチームは。

 もはや商談というより、ハリウッドのB級アクション映画の撮影でも始まりそうだ。


 しばらくして、ようやくもぞもぞと起き出してきた枦谷と合流し、マリアとイオナも交えて4人で朝食をとった後、俺たちはカリの街へ繰り出すことにした。

 まずは現地の空気を肌で感じることが重要だ。ドブ板営業の基本である。


「す、すごいな……」


 タクシーを降り、セントロ(中心街)の市場に足を踏み入れた枦谷は、目を丸くして呟いた。

 色とりどりの果物や野菜、香辛料の匂い、飛び交うスペイン語の怒声にも似た活気。


 日本の整然としたスーパーマーケットしか知らない彼にとって、この猥雑なまでのエネルギーは衝撃的だったらしい。


「青島、見てみろよ、あのバナナの大きさ!」


「ああ、こっちじゃ普通だ」


 はしゃぐ枦谷の隣で、俺は周囲への警戒を怠らない。

 そして、その警戒はすぐに現実のものとなった。


 原因は、俺の隣を歩く二人の美女である。プラチナブロンドの髪をなびかせるマリアと、東欧系の整った顔立ちを持つイオナ。

 この二人が揃って歩けば、当然ながら、嫌でも目立つ。


 市場の男たちの視線が、面白いように突き刺さってくるのが分かった。

 そして、ついにその時が来た。

 道の真ん中でだべっていた、見るからに柄の悪い地元の若者グループの一人が、俺たちの前に立ちはだかったのだ。


「おい、チーノ(中国人)」


 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、男は俺の顔を覗き込む。

 やれやれ、またこのパターンか。

 東アジア系の顔立ちは、彼らにとって十把一絡げに「チーノ」なのだ。


「何の用だ?」


 俺が面倒くさそうに答えると、男は俺の肩をドンと突いた。


「威勢がいいじゃねえか。お前ら中国人は、最近このカリで随分と偉そうにしてるらしいな。おまけに、そんな綺麗なチャンネーを二人も侍らせて、いいご身分じゃねえか」


 男の仲間たちがゲラゲラと笑う。

 どうやら、最近この地で羽振りを利かせている中国人と俺たちを混同し、嫉妬とやっかみから因縁をつけてきた、という構図らしい。


 全くもって迷惑千万である。

 俺の人生、どうしてこうもテンプレートなトラブルに巻き込まれるのか。


「人違いだ。俺は日本人だ」


「ああ? 日本人も中国人も同じだろうが!」


 ダメだ、話が通じない。

 完全に酔っ払いに説教するのと同じレベルの不毛さだ。

 俺の後ろで、枦谷が完全に怯えきっているのが気配で分かる。

 マリアとイオナは冷静な表情を崩さないが、その瞳には警戒の色が浮かんでいた。


「金を出せよ、チーノ。そしたら見逃してやる」


「断る」


 俺が即答すると、男の顔色が変わった。


「なんだと、てめえ!」


 男が拳を振り上げた、その瞬間だった。


「何をごちゃごちゃやっている」


 野太い声と共に、俺たちと若者グループの間に、新たな集団が割って入ってきた。

 屈強な体つきの男たち。

 その顔つきは、明らかに地元の人間とは違う。

 鋭い目つき、統制の取れた動き。

 そして、その中心に立つ男の顔を見て、俺は息を呑んだ。


 こいつら、本物だ。

 若者グループのリーダーが、一瞬怯んだように見えた。

 だが、彼もここで引くわけにはいかないと思ったのか、虚勢を張って怒鳴り返す。


「なんだてめえら! こいつらは俺たちの獲物だぞ!」


 その言葉が、最悪の引き金となった。

 後から現れた男たち――本物の中国人マフィアであろう連中――は、一斉に若者グループに襲いかかった。


 市場のあちこちで悲鳴が上がり、果物や野菜が宙を舞う。

 あっという間に、ただのチンピラのいざこざが、本格的な大乱闘へと発展してしまった。


「うわあああ!」


 枦谷の情けない悲鳴が響く。

 彼は完全に腰を抜かし、その場にへたり込んでいた。


 いや待て、お前エリート商社マンだろ!


 少しは戦え!


 無理か!


 俺は咄嗟にマリアとイオナを自分の背後にかばう。

 マフィアの男の一人が、獲物を見るような目でこちらに近づいてきた。

 万事休すか。

 俺が腹を括った、その時だった。


「そこまでだ!」


 市場の入り口から、今度はスーツを着た屈強な男たちが、雪崩れ込むように現れた。


 その手には鈍く光る何かが見える。まずい、銃か!?

 いや、違う。彼らはマフィアたちを鮮やかな手際で取り押さえ、あっという間にその場を制圧してしまった。


 呆然とする俺たちの前に、スーツ集団のリーダーらしき男が進み出て、深々と頭を下げた。


「青島様ですね。ラファ様より、お迎えに上がるよう申しつかりました。ご無事で何よりです」


 ……ラファ。


 この騒動の真っ只中に、なんというタイミングで現れるのか、あの男の手下は。

 もはや神出鬼没というレベルを超えている。

 俺は天を仰ぎ、深く長いため息をつくしかなかった。


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