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Fラン大卒の逆転人生  作者: へいたれAI
第一章:社内研修

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第3話 偶然のランチと、天才の冷やかし


 昼休みの『長嶋公開処刑事件』以降、社内では『長峰幸に告白未遂、撃沈の長嶋』という噂が瞬く間に拡散していった。

 社内SNSの陰のハッシュタグ『#撃沈将軍』まで誕生する始末だ。

 とはいえ、俺のようなモブ社員には関係のない話……のはずだった。

 研修後のある日、俺は社内カフェの前で、財布を落としたらしい女性とぶつかった。


「あ、ご、ごめんなさいっ!」


「いえ、大丈夫です……あ」


 拾い上げた財布から、IDカードがひらりと落ちた。

 そこに書かれていた名前――『長峰 幸』。


「え……あ、青島くん?」


 顔を上げた俺に向けて、長峰が小さく微笑んだ。

 その一言で、俺の心臓は跳ね上がった。


「え、俺のこと……」


「うん。あなた、いつも枦谷くんと一緒に食堂の隅っこにいるでしょ? なんか……安心して見てられるというか」


「えっ、いや、それは嬉しいような恥ずかしいような……」


「ふふ、別に変な意味じゃないよ。なんだか、リズムが違ってて面白いなって。ほら、ここの人たちって、みんな最初から“戦闘モード”じゃない?」


 長峰の言葉は、氷の女王というあだ名とは裏腹に、どこか柔らかく温かかった。


「青島くんって、なんというか……空気がゆるいよね。ちょっと猫っぽい」


「猫っぽい……?」


「うん。気まぐれで、でも、時々こっちをじっと見てる感じ」


 ――ちょ、待って待って待って。それって、褒められてるのか?

  いじられてるのか?


「えっと、つまり……気になっては、いた……ってことですか?」


 勇気を出して聞いてみると、心臓が爆発しそうになった。


「うん、そうだね」


 さらっと肯定された。

 え? ええ!? この世界、俺にだけパラレルワールドが適用されてるんじゃないのか?


 その時、後ろから咳払いが聞こえた。


「……おい、長峰。なんでそいつと仲良くしてんだよ」


 来たよ、長嶋。


「仲良く、って。青島くんとちょっと話してただけだけど?」


 長嶋の顔が引きつる。

 だが長峰は意に介せず、すっと俺の肩に手を置いた。


「また、話そうね、青島くん。あ、でもカフェで変なメニュー頼んじゃダメだよ? この前の“納豆マンゴースムージー”は伝説になってるから」


「うわ、バレてたのか……!」


 肩を震わせて笑う彼女の横顔が、妙に眩しかった。

 その日から、俺と長峰の距離はほんの少しだけ、近くなった気がした。

 たまにすれ違うと、目が合って微笑んでくれる。

 そんな「予感」のようなものが、灰色だった俺の毎日に、ほんの少しだけ色をくれた。


 ——そして、その翌週の昼休み。

 新人研修が始まって一ヶ月半。

 安宅興商の空気にも少しだけ慣れてきた。

 とはいえ、慣れるのは“苦しみに耐える力”だけで、能力も人脈も、まるで成長していない気がする。


 そんなある日、昼休みの食堂での出来事が、俺の灰色だった毎日に、一滴の色を落とした。

 その日は、午前のグループワークが少しだけ上手くいって、俺の気分もほんのわずかに浮上していた。


 たった三行のデータ要約を褒められただけだったけど、それでも十分すぎるご褒美だった。


「よし、今日は……ちょっと豪華に親子丼にしよう」


 ちょっとした自分への労いとして、俺は食堂のメニューの中でも“中級クラス”の親子丼を選んだ。

 普段はカツ丼一択だが、今日は違う。


 トレーを持って食堂を歩いていると、視界の端に見覚えのある姿が入った。


 ——長峰幸。

 あの氷の才媛が、一人でテーブルに座っている。

 スマホを片手に、静かにサラダをつついている姿は、相変わらず絵画のように整っていて、話しかける隙間がない。


 ……だが、チャンスは今しかない。

 気がつけば、俺は彼女のテーブルに足を運んでいた。


「……あの、ここ、いいですか?」


 長峰は一瞬だけ顔を上げた。そして、軽く頷いた。


「どうぞ」


 心臓が跳ねた。

 落ち着け、俺。

 これはただの“相席”だ。ただの偶然。ただの昼飯だ。


「……ありがと」


 座ったものの、会話は続かない。

 俺が親子丼の鶏肉をモグモグしている間、長峰はスマホを見ていた。

 数分の沈黙。


 ……気まずい。

 その時だった。


「青島くん、さ」


「は、はい!?」


 いきなり呼ばれて、箸を落としそうになる。


「この前のグループワーク、資料まとめてくれたでしょ。……ありがとう。見やすかった」


「え、あ……う、うん……! いや、俺なんて、全然……!」


 緊張のあまり、語彙が消し飛んだ。

 だが彼女は、珍しく微笑んだように見えた。


「……その謙遜、嫌いじゃないよ」


 この一言だけで、心の中に春が来た気がした。

 そのまま、自然と会話が続いた。

 話題は業務アプリの使い方、Excelの便利なショートカット、さらには地元の話題まで。 長峰が神奈川出身で、意外にもラーメンにうるさいことを知ったとき、俺は完全にやられていた。


「こってりは好き?」


「うん、背脂チャッチャ系とか最高」


「意外……!」


「失礼」


 小さく笑った長峰に、完全にノックアウトだった。

 そんなこんなで、気がつけば30分が経過していた。

 まさか、彼女と、こんなに普通に会話ができるなんて。


 ——このランチは、俺の人生の宝物だ。

 だが。


「おやおや、お熱いことで」


 その声が、背後から降ってきた。


「うわっ……」


 振り返ると、そこには案の定、長谷川浩紀がいた。

 トレーを片手に、いつものニヤニヤ顔でこちらを見ている。


「まさか長峰さんが、こんな落ちこぼれにご飯付き合うなんて……世の中、分からないねぇ」


「ちょっと、長谷川くん」


 長峰が、ほんの少しだけ睨んだ。

 その顔に、一瞬、俺が救われた。


「……ごちそうさま。じゃあ、午後もがんばって」


 長峰はそう言って席を立ち、去っていった。

 その背中が遠ざかるのを、俺は見送った。

 そして——


「いや~、お前、やるじゃん。進展、進展!」


「や、やめろって……!」


「いいねぇ、庶民とお姫様。まるでラノベだ」


「ほんとにやめてぇええ……!」


 昼休み終了のチャイムが鳴る中、俺は顔を真っ赤にして、長谷川に追い回されながら廊下を逃げた。

 でも。

 その日、俺の歩幅は、ほんの少しだけ大きくなっていた気がした。


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