第28話 奇妙な血縁関係
ブカレストでの『仮設事務所長』という、奇跡的ながらもどこか虚しい肩書きを剥奪され、南米コロンビア、ボゴタへの転出という辞令を受けた俺は、まず日本に連絡を入れる必要があった。
本社への凱旋、という華やかなイベントは訪れず、ただルーマニアからコロンビアへと“横滑り”しただけだ。
俺のFラン大卒という経歴に、また一つ《《『迷子』という名のステータス異常》》が付与されたかのようだった。
俺は、繋がるかどうかも怪しいWi-Fiを頼りに、神戸本店の役員室情報部へレポートを送った。
件名はもちろん『ボゴタ仮設事務所、設営完了のご報告』。
中身は、スラムの治安状況や、道端で見かけた変なフルーツ売りの情報、そして『パトロン・エルネスト』という謎の顔役との出会いなど。
我ながら、一体何の部署に報告してるんだ、という内容だったが、これが俺なりの『情報収集』だ。
俺の仕事は「何もない中から、何かを見つける」ことなのだから。
数日後、日本から返事が来た。
電話口の声は、人事部の高梨さんだったか。
「青島くん、ご苦労さま。現地仮設事務所、できたんだってね、ご苦労様」
言葉は丁寧だが、内容はまるで『君の仕事は、存在自体が曖昧な、情報収集目的の事務所長として、なんとなく頑張ってくれ』という、 これが、安宅興商のやり方なのか?
俺は、心の中で「やれやれだぜ」と呟き、ため息をついた。
仕事らしい仕事もないまま、俺はボゴタの仮設事務所(またもや仮設だ)で、今後の人生というゲームの攻略法を練っていた。
その時、ふと、ルーマニアに置き去りにしてきたイオナのことを思い出した。
彼女は、俺が日本に転属されることになった時、「私、行く。どこへでも」と宣言してくれた娘だ。
ルーマニアのエリートと結婚した母親のエレナとでは、生活は安定していても、どこか肩身が狭いだろう。
俺は、すぐにイオナに連絡を入れた。
ルーマニアでの滞在が終わり、日本から追い出された形になった俺が、それでも日本の大学に行きたいかと尋ねたかったのだ。
メールで現状を伝えると、驚くほどすぐに返事が来た。
「日本なんかより、ナオトの元に来る」
その言葉に、俺の胸は少しだけ温かくなった。
なんて健気な娘なんだ……いや、娘じゃない、「行く、どこへでも」と宣言した、俺の数少ない“仲間”だ。
その後の状況を聞くと、なんとパスポートはすでに準備できたらしい。
エレナの再婚相手であるヴァシレのコネを使ったのか、恐るべしエリートの裏技だ。
残るはコロンビアへの入国ビザだ。
ルーマニアでの経験から、この手の役所仕事は地獄だと知っている。
俺一人ではとても無理だ。
そこで、俺は地元の顔役、パトロン・エルネスト――通称『ラファ』に協力を仰ぐことにした。
彼なら、この街の裏も表も知り尽くしている“生きた攻略本”のはずだ。
ラファは、俺がイオナをコロンビアに呼びたいと話すと、葉巻を燻らせながらニヤリと笑った。
「お前が連れてたあの娘、イオナって言ったか……彼女と母親のことを、さっき部下から聞かされた。……あれは、兄貴の――つまり、エレナの旦那の娘だったんだな」
俺は、その言葉に思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
ラファがルーマニア人であることは知っていたが、まさか、イオナの父親が、ラファの兄の「元雇い主の義理の弟で父とも親戚」で、しかもその兄が「現ギャングの大ボス」だったとは。
何だこの、複雑すぎる家族関係は!?
まるで『隠された血縁クエスト』が発生したかのようだった。
つまり、ラファはイオナの父親の『元雇い主』であり、彼自身とイオナは遠からず血縁関係にあるということになる。
「知らん。兄貴はとっくに音信も絶ってたし、まさか死んでいたとは思わなかった。ましてや、兄の女房の娘が異国で別の人生を歩みたいとは……」
どうやらエレナのことも知っていたらしい。
“隠し要素”アンロックされていく感覚だった。
自分の血族を呼ぶという名目で政府を動かし、入国ビザはあっという間に下りた。
地獄のような役所仕事だったビザ発給が、ここではまるで『クエスト報酬』のように簡単に手に入ったのだ。
まるで『チートコード』を使ったかのように。
さらに、ラファはイオナのコロンビアまでの航空チケットまで準備してくれた。
「この恩は必ず返す。もし、君がコロンビアに来ることがあれば、必ず声をかけてくれ。どんなことでも力になることを約束する」
と言われた言葉は、その通りだった。
彼は、本当に義理堅い男だ。
俺は、感謝と同時に、この男とあまり深く関わりすぎない方がいいという直感が働いたが、今は背に腹は代えられない。
俺はラファから届いた電子メールでチケットをイオナに送りつけた。
まるで、遠隔操作で新たなパーティーメンバーを召喚する感覚だった。
数週間後、ボゴタ空港の到着ロビーに、イオナの姿を見つけた。
「迎えに来るの、遅い。一時間待ってた」
やれやれ、この娘も変わらないな。俺は心の中で、また新たな『ドタバタコメディー』の幕開けを予感した。
こうして、俺のコロンビアでの冒険に、新たな“仲間”が加わったのだった。
これでまた、俺の『エスプレッソより濃い人間模様』が始まる予感しかしなかった。




