第25話 岡山での“凱旋”(と恋バナ)
ボゴタへ発つ前、俺は岡山に立ち寄った。
俺を海外赴任へと引きずり込んだ元凶である紡績会社と、かつての配属先。
そこには、俺を厳しく、かつ適当に育ててくれた先輩の木下さんと、怒らせると非常に怖いということが初めて判明した謎の多い所長がいた。
事務所のドアを開けると、そこには瀬戸内の凪のような、相変わらずのんびりとした空気が流れていた。
だが、俺の顔を見るなり、その静寂は奥の所長室から響いた地響きによって粉砕された。
「お前、何さらしとんじゃァァァ!!!」
デスクが悲鳴を上げ、所長が噴火した。
顔面は熟れすぎたトマトのように真っ赤で、鼻息で書類が舞っている。
「係長から主任に降格? 南米へ左遷!? 本店の連中は、脳みそが腐りおったんか!」
受話器をひったくり、本店へ殴り込みの電話をかけようとする所長。それを俺と木下さんで、ラグビーのタックルのように制止する。
「所長、落ち着いて! タイルが剥げますから!」
「落ち着けるか! ルーマニアでガス田を掘り当ててきた男を、格下げしてコロンビアへ放り出す? 俺の顔に泥を塗るどころか、泥を食わせる気か!」
傍らで木下さんは、これ見よがしに紫煙をくゆらせていた。
「まあ、お前も懲りねえよな。出世街道のレールを自分で爆破して歩く奴があるか」
その言葉とは裏腹に、細められた目には「よく生きて帰った」という安堵の色が透けて見える。
その後、地元の取引先を一軒ずつ回った。
どの社長も、俺の降格とコロンビア赴任の話を聞くや否や、一様に絶句した。
「あの安宅興商も焼きが回ったな」と首を振る彼らの反応を見ていると、自分が会社から放り出された「不良品」であることを改めて突きつけられる。
だが、最後の一軒で浴びせられた言葉は、左遷のショックよりも俺を狼狽させた。
「おい青島くん、あの後楽園で連れとったお嬢ちゃんとはどうなった。長峰ちゃん、言うたかな」
…終わった。
まさか、スーツ姿で取引先の社長から恋バナの進捗を詰められるとは。
俺と長峰さんの庭園デートは、岡山の経済ネットワークに組み込まれていたらしい。
「いや、それは……その……」
俺の返答を待つ社長の目は、ビジネスの商談時より鋭い。
これ、ひょっとしたらルーマニアでのエレナやイオナとの一件まで筒抜けなのではないか。
背筋に嫌な汗が流れる。
岡山は平和だ。
だが、その情報網はKGB(ソ連国家保安委員会)より恐ろしい。




