第24話 波乱の帰国と、不穏な人事(と予算)
ルーマニアでの奇妙な生活を経て、「安宅興商ルーマニア駐在員事務所」の所長(仮)という、いかにも胡散臭い肩書きを背負って帰国した俺、青島直人。
まさかあのFラン大卒の俺が、海外事務所長に任命されるなんて。
だが、特例での所長任命も今回のことでその任を解かれるので、特例での昇進も、その意味もなくなり降格されることになる。
しかし、その降格だが社内規定で、組合員である社員の降格は一階級までと決まっているらしい。
つまり、どういうことかというと、もともと海外事務所長は普通部長待遇で、最低でも課長は必要らしい。
俺が任命された(仮)所長も、本来なら課長待遇だが、異例の措置として俺が所長(仮)の間だけ係長待遇になっていた。
そもそも部長格の必要な海外事務所の所長に、どういう経緯か知らないが俺を就ける必要があったらしく、会社の方でも頭を悩ませて、仮設の事務所ということで、最低でも課長職の格が必要とされていたものを無理やり係長でも付けるようにと解釈を拡大させたようだ。
そして、その「仮」が外されれば、特例措置も解除されてルーマニアの事務所の所長は本社から部長が送られてきた訳だし、俺はというと降格となるが……一階級降格で「主任」になるというのだ。
入社三年目にして、すでに係長待遇を経験し、そして主任に降格。
一般的なエリート社員でさえ、この時期にやっと一人前と認められ、自ら仕事を取りに行く段階だ。
主任になるのも最短で五年目、場合によっては十年以上かかる。
俺は異例中の異例、まさしく規格外の出世(と降格)を経験したことになる。
帰国早々、本店に呼び出された俺は、人事部で信じられない言葉を突きつけられた。
「係長待遇での事務所長は仮のものだったので、降格です。主任へ」。
「……主任!?」。
俺は思わず叫んだ。
主任!
たった一階級の降格とはいえ、ルーマニアでの死闘を乗り越え、文字通り泥を啜りながら勝ち取ったはずの「所長」の座が、特例措置の解除で「主任」だなんて。
俺は今、人生という壮大なRPGの、どこかのダンジョンで手に入れたレジェンド級の装備を剥ぎ取られ、初期装備の布の服一枚に戻された気分だ。
人事部の井上課長がニヤリと笑って辞令を渡してきたが、その目は完全に“こいつマジか”の色だった。
それでも主任は入社二年では異例らしく、社内規定的には“減点方式”ではあり得ない処遇だと総務部でざわついたらしい。
彼らのざわめきが聞こえる。
「青島が主任だって!?」
「あいつ、何やったんだよ」
「いや、むしろよく残れたな」
「……あの、なんで俺、主任なんですか? ルーマニアであんなに頑張ったのに」
俺が恐る恐る尋ねると、人事の人間は困ったように顔を見合わせた。
「いや、その……君の職位は、海外事務所長(仮)の間だけ係長待遇だったんだ。それで、仮が外れたから、規定に則って一階級降格で主任になった。これ以上は、組合規定で無理なんだ」。
つまり、俺は「海外事務所長」という部長待遇に匹敵する職位が(仮)だったからこそ、係長に任せたが、それも解除されるので、規定により一階級降格の主任で済んだ、ということらしい。
普通の社員なら、いきなり係長になった時点で周囲から白い目で見られるようなことだ。
それが、一時的とはいえ、所長(仮)を務めていた。
この時点で俺のキャリアパスは、会社の常識から逸脱しまくっている。
この奇妙な昇進(仮)と降格(正式)のせいで、社内では俺を受け入れる部署がどこにもなかった。
海外事務所長は、本来なら東京本社の傘下にある海外事業推進本部が取りまとめている。
だが、俺がルーマニアで立ち上げた仮設事務所は、あまりにも唐突で、型破りな経緯で設立されたため、どの部署も「うちの管轄じゃない」と受け入れを拒否したらしい。
結局、俺の作った事務所(仮)は、その経緯からどこも相手にされずに、人事が一時預かりとして受け持つという、いわば「人事部の預かりで、本来の部署としては知らぬ謎の存在」になっていたのだ。
しかも、ブカレスト仮設事務所の運営予算も、俺が羊毛取引で稼いだ利益から、人事が国内営業本部から無理やり吸い上げて経費としていたらしい。 本来、海外の事業所は独立した予算を持つのが常識だ。
国内営業本部にしてみれば、俺のような「訳の分からない海外の出戻り社員」のために、自分たちの稼ぎから予算を捻出するのは、色々と面倒だったに違いない。
「……なんだ、このポンコツ感、前回の海外赴任は!」
俺は心の中で絶叫した。
まさに「功も無し」だ。
いくら成果を出しても、会社的には「規格外の異物」扱い。
「とにかく、俺の未来はまたもや海外勤務」。
「今度は、南米コロンビア。ボゴタね」。
――え、ボゴタ!?。
俺は、自分の運命がもはや自分ではコントロールできないところにあることを悟った。
まるで、誰かのゲームのセーブデータがバグって、次のステージに強制ワープさせられているかのようだ。
今回人事で聞いたのだが、俺が立ち上げた事務所はただのアンテナだけならばここまでややこしいことにはならなかったらしい。
商社、特に総合商社は情報が命で、とにかく各地に人を派遣して生の情報を持ってくる。
どこにお宝が潜んでいるかわからないからね。
そういえば前に岡山の所長からも言われたことで、とにかくポイントを探せとあった。
魚が大物でも構わないから、釣り上げるのは別な者がするから俺のような者にはポイントを探すのが仕事と言われたことを思い出す。
現に俺が引っ張ってきたガス田プロジェクトのような例もある。
ただし、このアンテナ事務所は本店役員室直下の管轄で、エリート社員ではないが、現地社員や、それなりの帰国子女など現地に詳しいものに作らせるらしく、その場合には現地採用社員が一人か二人は居る場合があるが、ほとんど一人駐在が基本だそうだ。
そう、俺の作った事務所はまさにこれに近い。
何が違うかというと、そこは商取引をしない……いや、させない。
情報収集が目的なので、商取引に時間を足られる訳にはいかないらしい。
何が言いたいかというと、次の俺の勤務地がまさにこれ。
流石に今度は俺にも上司ができるらしい。
本店役員室長がそれらをまとめている部署を預かっていると聞いた。
辞令を貰ってから俺は人事の課長に連れられて、役員室を訪ね挨拶をしたけど、あの人本当の役員だった。
秘書課の様に役員室という部署があってそこの職員かと思ったが、人事本部の中で役員室長という役員待遇の部長がそれにあたるらしい。
今度はきちんと予算もでるようで、そのあたりの説明を役員室の一般社員の一人からされた。
原則一人事務所なので、住居兼事務所となるとその場で説明を受けた。
後は自分の裁量でどうとでもしてくれとかなりおざなりの説明だった。
それもそのはず、そう言うアンテナ事務所って、自然発生的にできるので、そう簡単に作られない。
今回の場合、俺の扱いをめぐって東京本社がとにかく目障りなのでルーマニアからどかせと人事に言ってきたことが始まりで、俺の職場を人事が探したが、先に上げたような理由からどこにもなかった。
岡山の事務所での戻してもらえれば良かったかなとも思ったのだが、それを本店の国内営業本部が嫌い、実現できずにほかを探すことになったらしい。
そこで、白羽の矢が……要は誰が思いついたのかわからないけど、俺に合わせて職場を準備したようだ。
その職場というのが、安宅が弱い中南米にでもアンテナ事務所を作らせておけとなり、今回の仕儀になった訳だ。
しかし、聞けば聞くほど頭にくる社内政治だ。
どうも社運を賭けるようなビックプロジェクトがFラン大卒の落ちこぼれ社員からなんて、あのT大卒派閥のプライドが許せなかったらしい。
そもそも今回の一連の話は、そのT大卒派閥が嫌い断った案件を岡山の所長が無理やり本店役員の押し込んで実現したもので、はじめから異例尽くしの案件だ。
あれ、それなら……
でも、その後は国内営業本部も俺が送った羊毛で倉敷繊維の取引を通じて、ライバル商社傘下のアパレル会社ともわずかだが取引を始めることができたと聞いているから、相当恩恵もあっただろうに、それなのに……
とにもかくにも神戸の本店に本部を置く国内営業と東京本社の海外営業とでは水と油。
とにかく仲が悪い。
下手をしなくとも別のライバル会社よりもお互いが嫌っているといわれるくらいなので、どういう経緯にしろ敵である海外派閥の仕事をしていた俺を受け入れられないというのが神戸本店の国内営業の総意……らしい。
それで、同じ神戸本店内の人事が苦労して持ってきたのが今回のお仕事だ。
この会社にある、国内営業と海外営業との確執が生んだ被害者が俺のようだ。




