第11話 出張とデート?
数ヶ月に及ぶ岡山のドブ板営業修行の末、ついに俺にも来たんだ。
――海外出張。
いや、正確には「出張の準備のための神戸出張」だ。
え、何それ?ってなるだろ?
俺もそう思った。
でも、上司の木下さんが言った。
「パスポートないなら、まず神戸行け。あっちの総務が書類まとめてるから」
……ってなわけで、俺の人生初めての“出張”は、岡山から鈍行でガタゴト2時間、神戸市役所前のロータリーにて幕を開けた。
「おまたせ、青島くん。書類、持ってきた?」
振り向くとそこには、私服姿の長峰幸。
淡いベージュのワンピース、軽やかに揺れるスカート、そしてなぜか駅前のハトまで祝福してくれている気がした。
マジで鳩がホロホロ鳴いてた。
「あ、はいっ! ……これ、全部まとめてあります!」
テンパった俺の声は、たぶん半オクターブ高かった。
「お礼は、あとでコーヒー奢ってもらうってことでいいわ。ね?」
にっこり笑う長峰。
その笑顔が、春風とエスプレッソの香りを同時に纏っているようで、俺の理性は一瞬ブラックアウトしかけた。
◆書類という名の小宇宙
その日の俺たちのミッションは、パスポート取得に必要な書類関係の手配。
市役所に始まり、証明写真撮影、外貨両替、スーツケース選びまで……長峰は、まるでツアーガイドのように俺を引っ張っていった。
「青島くん、身分証のコピーある?」
「えっと……あ! スマホに撮ってました!」
「スマホの写真じゃだめなのよね……ふふ、はい、近くにコンビニあるからコピーしよっか」
笑顔で俺をリカバリーする姿、まじ天使。いや、女神。いやもう、運命か?(違う)
◆コーヒー奢りはデート案件
すべての手続きが終わった頃、俺はもうヘロヘロだった。
「じゃ、次はコーヒーね?」
「へ? あ、もちろん!」
案内されたのは、神戸元町の洒落たバル風カフェ。
カフェの扉を開けると、店内はアンティークの木製家具に包まれた、どこか懐かしくて、それでいて異国感ある空間。
店員は帽子を被ったバリスタ風男子で、注文すらオシャレ。
「うわ……俺、なんか場違いかも」
「じゃあ、冒険して“ナットウ・マンゴー・スムージー”頼む?」
「やめてください! それ、研修の伝説じゃないですか!」
思い出したくもない、社食の暴走メニュー 事件だ。
「でも、今日の青島くん、前よりずっと頼れる感じだったよ」
「え?」
「なんだろ、岡山行ってから……自信出てきた感じ。顔つきが、少しだけ変わった」
「いやいや、それはきっと、木下さんの圧に慣れただけですって……」
「ふふ、そういう謙虚なところも、嫌いじゃないよ」
ほわぁああ!?
嫌いの否定形って、好き寄り!?
心の中の俺が、校舎の屋上から花火打ち上げてるんだけど!?
◆同期再会はドタバタの予感
その夜、さらにサプライズが。
「青島ー! 祝・初出張だな!」
バルに現れたのは、枦谷優斗と、手を引くように連れてこられた大沢葵。
「乾杯、青島くん! 岡山とルーマニア、遠距離だけど負けるなよ!」
「何と戦う前提だよ!」
「あと、枦谷くんは毎日カプチーノと格闘してて、カフェラテに浮かぶハートの形に泣いてたよ」
「……葵、それ言わなくてよくない?」
ふたりの掛け合いが妙に息ぴったりで、俺は密かに「枦谷×大沢ルート」誕生の予感を感じていた。
◆さよならの前に
店を出て、石畳の道を歩く帰り道。
長峰が、俺の隣に並んで、そっと囁くように言った。
「……青島くん、ちゃんと帰ってきてよね」
「え?」
「ルーマニアって、遠いし、何が起きるかわかんない。……あんまり無理して、帰ってこられなかったら……私、許さないから」
夜風と一緒に届いたその言葉は、甘くて、ちょっとだけ切なくて。
俺はその瞬間、確信した。
――この世界には、“帰りたい”と思える場所がある。
岡山のぼろ事務所も、神戸の港町も、こうして笑い合える仲間も。
そして……ときどき、心臓を跳ねさせる誰かも。
次の舞台は、遥か東欧。
だけど、このドタバタ成長物語は、まだまだ終わらない。
ルーマニアにも、きっと“何か”が俺を待っている――そんな予感を胸に、俺は旅立つ準備を整えた。




